叔父が料理人で、祖父が肉屋。そんな家系に育った私は、幼少の頃から料理に対して特別な好奇心を覚えていました。だから15歳の時、一般高校へは行かずに5年制の料理学校へ進学することに大きな迷いはありませんでしたし、将来、私自身も料理人になるのだとこの頃から考えていたわけです。ただ当時から、スペイン料理のプロフェッショナルになろうと考えていたわけではありません。コズモポリタンな街・パリでそんなことと考えてもナンセンス。オリエンタルな料理からアフリカ料理まで、人種の数だけ料理が存在する街ですから。三ツ星獲得の店から街場の店まで、10代の頃からオープン・マインドでいろんな料理に触れたかったわけです。
ところで話は少し逸れるのですが、サンパウの店内にはミロなどのカタロニア出身の芸術家たちの作品が数多く飾られています。これは「料理も芸術だ」というサンパウの哲学であり、料理と絵の競演をお客様に楽しんでもらいたいと考えているからです。たとえば絵画の世界では、絵の具の種類が多いといろんな組み合わせができ、創造性が高まるわけですが、その点では料理も同じではないかと私は思うのです。若い時からさまざまな料理に触れられた私の経験は、料理人としての切り札をたくさん用意してくれたのだと今は思います。
料理学校を卒業した後、パリの「Fauchon」「Lenotre」などで修行を積みましたが、1997年、スペインのバルセロナへ移住しました。昔から地中海側の料理に興味があったからです。当時のスペインは92年に開かれたバルセロナ・オリンピックの影響もあり、成長期の真っ只中でした。世界的にも食の国としてスペインが注目されはじめている中、私は五ツ星ホテル「ヒルトンバルセロナ」で腕をふるうことになりました。
料理にしても建築にしてもデザインにしても、スペインはクリエイターの心を揺さぶる土地でした。特にバルセロナは若者や新鋭的なクリエイターが集結しており、ここから世界を変えていこうとする創造の熱が立ち籠めていました。少なからず私も刺激を受けました。
料理人としてはフレンチからスペイン料理へ転向しましたが、スペイン料理の基礎はフレンチなので、特に大きな戸惑いはありませんでした。むしろバターの代わりにオリーブオイルを使ったり、ソースを用いずに素材の持ち味を生かす点など、スペイン料理のヘルシーな面はとても勉強になりました。スペインでは農家の人が自分の畑で獲れたこだわりの野菜を直接店に持ってきてくれたり、猟師さんが獲れたての魚介類を頻繁に店に運んできました。生産者と調理人の距離が非常に近く、良い食材を手に入れやすいのです。特に地中海沿岸ではその傾向が強く、スペイン人の人間的な魅力にも触れることができました。
こうしてスペイン料理に少しずつ魅了されてきた24歳のある日、カタルーニャ地方の料理コンクールに出場してみたらと周囲に勧められました。そしてそのコンクールが私の次の進路を決める運命的な出会いをもたらすこととなったのです。コンクールのテーマはアーティチョーク。私はそのコンクールで優勝することができたのですが、その時の審査委員長がミシュランガイドブック2006年度版で三ツ星を獲得したレストラン「サンパウ」本店のカルメ・ルスカイェーダさんだったのです。
彼女は私の料理に非常に興味を示してくれました。カルメさんから店に招待されて料理をいただいた時、今まで自分が食べた料理の中で一番好きな料理だと思いました。食材を大切にしている料理人の心が伝わってきたのです。私は心から尊敬できる彼女の元で働きたいと考えるようになりました。そして幸運にも「サンパウ」で働くことが出来たのです。「サンパウ」本店で働いた2年の間に、カルメさんの料理に対するエレガントさやスタイル、妥協しない姿勢など、多くを学ぶことができました。カルメさんはよくこう言います。「いつもポジティブに。絶対にあきらめるな。どこかに必ず解決法はあるはずだから」と。
2006年に来日し、「サンパウ」東京店のエグゼクティブシェフを任されてからは、本店から食材を自社輸入して、繊細で芸術的な一皿を完璧に再現しています。「サンパウ」の哲学をこわさないように努めているのです。一方で、スペインとは違った日本の食材にも挑戦しているところです。例えばあんこうは、地中海のものと日本のものでは味が違うので他の魚で作れないかと探してみることもしばしば。海苔・わさびなどの日本ならではの食材を調査するために、築地に出向いたりもします。インスピレーションの浮かんだ食材は必ず買ってみて、調理して試しているところです。
日本は世界的に見ても食の水準の高い国のひとつ。日本で働けることは自分にとってすごくいい経験になると思っています。料理人は毎日違うものをクリエイトする仕事。だからいつも新しい発見があります。料理は私にとって、24時間、夢の中でも考え続けられる、絶対に退屈はしないものなのです。