高校時代の3年間アルバイトをしていた都内の洋食店に卒業と同時に就職。その後、複数の飲食店で経験を積み、鉄板焼レストランの老舗『瀬里奈』に入店。六本木、横浜、新宿、ニューヨーク店勤務を経て、1997年にウェスティンホテル東京 ・鉄板焼レストラン「恵比寿」に招かれる。現在、料理長として活躍中。
 

厳選された肉、旬の魚介や野菜を、目の前で料理人が調理する。鉄板焼の醍醐味は食材の姿形や色、焼きの工程での音や香り、料理人のパフォーマンスなどを五感で楽しめる点にある。ゆったりした肘掛けつきの椅子でくつろぎ、目と耳と鼻で調理工程を楽しんだ後、いよいよ熱々の料理を舌で味わう。仕上がりを待つ間に想像していた味と、実際に食した際の味の合致が、より美味しさを引き立てる。店内は茶とベージュを基調としたシックな内装。窓からは美しい夜景も楽しめ、晴れた日のランチタイムに見える富士山も絶景。

東京都目黒区三田1-4-1
ウェスティンホテル東京22F

 
 
 

 鉄板焼というのは、味はもちろんですが料理人のパフォーマンスが味を引き立てる特徴を持つ料理のスタイルです。お客様に料理工程をお見せしながら、時には会話を交わしながら一皿に仕上げていく。しかし私は元来口下手ですし、人見知りするタイプ。対面型の鉄板焼の世界に入るとは、想像したことすらありませんでした。きっかけはキャリアの節目に必ずアドバイスをくださった先輩がた。現在の私の料理人としてのスタイルも、その先輩たちによって導かれたものなのです。
叔父の影響で小学生の頃から乗馬が好きだった私は、高校時代に府中と中山の両競馬場にお店を出してる洋食店でウェイターのアルバイトを始めました。何せ競走馬を見るのも大好き。この飲食店でのバイトは好都合でした。3年間で休んだのは修学旅行の3日間のみ。お店のやり方を熟知していた私は、高校卒業を控えたころ、そのお店から就職を誘われました。「教えてやるから調理場に入れよ」。
コールスロー用のキャベツを目にも見えないような早さで切っていく先輩、業務用の大きなフライパンを見事に操る先輩。「カッコいいなぁ」「自分もこうなれたらいいなぁ」。美味しい料理をいつも食べられることも魅力となって、料理人になることを決めました。
しかしそろそろ1年が経とうとする頃です。先輩が「お前このままでいいのか?」と言うわけです。いわゆる本格的なレストランで働いて確かなキャリアを積まなきゃダメだよ、ということなんですね。当時、先輩の言う事は絶対でしたし、私は世間知らずの青年です。先輩との信頼関係も強かったので、薦められるままにフランス料理の世界に入っていきました。

 街の洋食店からフランス料理店へ転身した斉藤青年は、勤めたお店の倒産など紆余曲折を経験しました。しかしその都度道を示し、つなぎ役となってくれたのが職場の先輩でした。そうして出会ったのが鉄板焼の老舗『瀬里奈』です。
高級感あふれる内装と一流のサービス、そして厳選された食材をお客様の目の前で調理していく料理人の技術。『瀬里奈』はこれまで経験したことのない世界でした。調理場という裏舞台で黙々と料理をするのと異なり、お客様にプロの料理人としてのパフォーマンスをお見せしながら、時には会話を交わしながらお食事を楽しんでいただきます。「人見知りする口下手な僕ができるんだろうか」。入店当初はドキドキでした。
しかし仕事現場が私を変えていきました。「早く一人前になって先輩の期待に応えたい」。使命感を抱えた元来負けず嫌いな私は、人が10分かかるなら8分でできるようになろう。そんな気持ちのみで一生懸命に働きました。すると次第に仕事を任されるようになり、結局、六本木店の他、横浜、新宿のお店も任され、ついにはニューョークの出店に際して料理長を勤めることになりました。
本音はニューヨークには行きたくなかった(笑)。到着後すぐに、街中で銃撃戦を見てしまったのでそのまま帰国したかった(笑)。しかし結果的にはとても貴重な経験をすることができました。日本から連れていった10名の料理人では足りずに、同じく鉄板焼で有名な『紅花』さんにスカウトに出掛けていった時のこと。ダメモトでマネージャーに「あの料理人を雇いたい」と掛け合ったところ「どうぞ本人と交渉してください」とおっしゃる。日本では考えられないことです。料理を通してアメリカの文化、雇用契約の違いなどを学びました。非常に面白い経験をさせていただきました。

 鉄板焼というのは日本が生んだ食文化です。発祥は関西のお好み焼きで、それをグレードアップさせたものと考えていいと思います。もちろんアメリカでも“テッパンヤキ”と呼ばれています。ただ、アメリカはどちらかというと料理人のリズムカルなパフォーマンスを楽しむ色合いが濃く、40ドル前後の比較的リーズナブルな料金で食事をすることができます。私が勤めていた『瀬里奈』や、現在の『恵比寿』とはコンセプトから異なります。
さて、料金もグレードアップする日本の鉄板焼にいかに満足していただくか。それは店内の雰囲気であり、スタッフによる最高のサービスであり、食材であり、料理人の技術です。
例えば私が立つ鉄板の前には、マックス12名のお客様がお座りになります。個々により異なるオーダーが入っても、みなさんが一斉に召し上がれるようなタイミングで料理を仕上げていかなければならない。また鉄板焼というのは、料理人が食材を扱う手元(技術)を楽しんでいただくものであり、焼く音や香りもすでに味わいなんですね。それがいよいよ口に入った時に想像通り、あるいはそれ以上の味でなければならない。それではじめて費用対効果が生まれ、お客様に満足していただけると感じています。様々な要素をすべて把握して逆算しながらフィニッシュに持っていく。そこがお客様にとっての醍醐味であり、私たち料理人にとっても鉄板焼という仕事の醍醐味と言えるわけです。

 「料理人なんだから料理ができればいいじゃないか」。これが通用しないのも、この鉄板焼という領域です。対面するお客様は料理人と話をしたいという方もいらっしゃり、時には食材や料理の話しを越え、政治の話題に及ぶこともあります。また逆に、同伴された方との会話に割り込まないでくれという状況もある。瞬時に状況を把握して、お客様個々のニーズに相応しい対応を心掛ける。ある種サービスマンの要素も兼ね備えることがこの仕事には必要なんですね。
しかしだからといって難しく考える過ぎることはありません。なんと言っても大切なことは“笑み”です。目の前の料理人が穏やかな笑みを浮かべて作っていれば、お客様はリラックスして料理を楽しんでくださるでしょう。多少不器用でも、失敗しても、笑みでコミュニケーションできれば必ず私たち料理人を、『恵比寿』というお店を好きになってくださいます。
ホテル直営のレストランで働くということは、ホテルのコンセプト、戦略に基づいて働くということで、多額の宣伝などとの連動もありメニュー改定などにもそれなりの時間がかかります。しかし目的を持って予約をくださり、ウェスティンホテルの22階まで足を運んでくださる。そうしたお客様とお会いできることは何物にも変え難い喜びです。しかも料理人としての仕事を間近でお見せすることもできる。私は先輩の導きによって、ある意味偶然に鉄板焼の世界に入ったわけですが、そのことに今では深く感謝しています。