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第131回 株式会社マークフィールド 代表取締役 市原克俊氏
update 10/06/01
株式会社マークフィールド
市原克俊氏
株式会社マークフィールド 代表取締役 市原克俊氏
生年月日 1971年7月24日、大阪堺市生まれ。
プロフィール 3人姉弟の末っ子長男として生まれ育つ。小学校の時に東京目黒区に転居。大学卒業後、大手ゼネコンに就職し28歳で大手不動産会社に転職。売買仲介営業で実績を残し、大手飲食コンサル会社に転職。SV、マネージャー業務を経て独立。2004年マークフィールド設立。現在、直営飲食店『炭金』『スコッチバンク』『黒瓢箪』、FC店『高田屋』『とり鉄』を運営する他、飲食店向け業務改善コンサル業も行なっている。
主な業態 「炭金」「スコッチバンク」「黒瓢箪」など
企業HP http://www.markfield.jp/
大手ゼネコン、不動産会社から飲食の世界へ。 一見の斬新さよりも「ここでしか味わえない」本物の味にこだわり追求を続ける。 そこには必ず自分の仕事人生の在り方をイメージし、実現に向けて力強く歩むスタイルがある。

母と姉と、たまーに親父

「RVF750に乗っている時と、『スコッチバンク』の東京展開についてあれこれイメージしている時がいちばん楽しい」。飲食事業で会社を起こそうと決意した際"3年で3店舗、3億円の年商"を目標とし、それを通過した今最も市原氏がワクワクする時間だという。
『スコッチバンク』とは、70年代にアイビールックブームを作ったVANヂャケット(創業者は石津謙介氏)が、「大人が楽しめるかっこいい店を作ろう」をテーマに飲食事業部を立ち上げ作ったレストランバー。大阪に1号店を出店し銀座、そして全国に10店舗を展開した。
その運営を任されたのが市原氏の父親で、後に起業した市原氏は正式にお店を買い取り、現在も銀座店と仙台店の経営を行なっている。音楽と美味しい料理とお酒。「大人のためのレストランバーを東京に増やしていきたい」。“スコッチバンク第二期構想”は市原氏の中で現実味を増してきている。
1971年7月、大阪堺市に生まれた市原氏は、クラブ経営をする父、専業主婦の母、そして歳の離れた二人の姉(11歳と7歳年上)の家庭で育つ。父親は仕事柄留守が多く、いわゆるサラリーマン家庭にあるような家族団欒の経験は殆どなし。その代わり母、姉の女性群に可愛がられ元気に成長していった。
父親の仕事の都合で東京に転居したのは小学校の時。市原氏は成長と共に自分の父親が他の家のお父さんたちとはかなり違うことに気付いていったという。「美食家でお洒落。外にいる父はいつもたくさんの人に囲まれていました」。お札を裸で持ち歩く気風のいい父親は、人気者でいわゆる常識人とは一風違っていた。もちろんお世辞にも家庭的とは言えないが、その存在は少年にとって大きなインパクトであり、飲食の世界を志したきっかけにも何らかの影響を与えたのかもしれない。

上場企業への就職、そして転職

大学を卒業した市原氏は、一部上場の大手ゼネコンに就職。理由は「営業になれば億単位の仕事ができる」だったが総務部事務課に配属されてしまう。35歳にならないと営業職に就けないと知った市原氏は転職を考えるが、知り合いの外国車のトップセールスに諭され留まったという。「まずは社会人としての基礎、人脈を作るべき」。市原氏は上場企業という大組織で、礼儀や上下関係を学び、実務力をつけていくことにした。
その決断は奏功した。ある上司に可愛がられた市原氏は総務課に移り、創業者のお世話係というめったにできない経験をする。第二次世界大戦経験者の創業者と、戦車や戦闘機が好きで400以上のスケールプラモデルをコレクションしている市原氏は、年の差はあれ話が合った。お酒や美術品など桁違いの楽しみ方、セレブの生活を覗かせてもらったことは貴重な経験になったという。
そして“石の上にも3年”を全うした市原氏は、念願の営業職に就くため集中力で取得した宅建を武器に大手不動産会社に転職。これまでの思いを一気に注ぎ込むような夜討ち朝駆けのハードな営業活動で、たった入社半年でベスト30に食い込んだ。「休みは2カ月に一度。例えば手書きのオリジナルチラシを作り人の3倍まきました」。結果がすべての一匹狼の世界。売上げが立てば立つ程、周りからの風当たりは強くなり、社員同士の火花散る戦いも激しくなっていく。
そんな市原氏のキャリアに転機をもたらしたのは、父親から一本の電話だった。「スコッチバンクの仙台店を見てきてくれないか?」。

一匹狼から組織力を生かす発想への転換

「飲食業の面白さに目覚めました。親父の店を引き継ぐのではなく、いずれ自分で独立してこの世界で会社を興そうと考えるようになりました」。レストランバー『スコッチバンク』の店長となって経営の立て直しを図るうち、市原氏は元来の音楽好き、食への興味が刺激され、自分の進むべき道を確信したという。これまでの業界とまったく異なるサービス業での起業。しかしそれを実現するにはまだ学ぶべきことがあると思っていた。
1年間、仙台で店長を勤め東京に戻った市原氏は、飲食業界のコンサルティングを行なう新進気鋭の企業に転職。独立の準備と心している市原氏に任されたのは、SVとして和風居酒屋15店舗を黒字化することと、自社組織のマネージャーとしてメンバーの管理育成をすることだった。
「狂気になれという言葉が僕は好きです。成功のためには普通ではダメなんです」。蓄積したノウハウを元にこうすれば成果が上がるという手法を各店舗におろして実現させる仕事は、過去のどの仕事よりもハードだった。数値管理を元に店長やスタッフに飴と鞭を使い分けると同時に、経営側に対するプレゼン力も養わなければならない。一匹狼だった市原氏がはじめて組織力、チームワークの大切さを実感したのもこの時期だったという。
「飲食という仕事が好きだからやり切れたし、周りにも受け入れられたのだと思います」。やはりここでも半年で担当店15店舗の黒字化を実現。ついに2004年2月に独立を果たし、株式会社マークフィールドを立ち上げた。

3年・3店舗・3億円を越えて、その次へ

『炭金』などの直営5店舗、『高田屋』『とり鉄』などのFC5店舗、そして飲食店の業務改善を支援するコンサルティング事業。マークフィールドは現在、この3つを軸に事業を展開し順調に業績を上げている。
起業を決心した際「3年で3店舗、3億円の売上げ」を目標にした市原氏だったが、そこを通過した時点でより大きな事業規模を実現する使命を感じているという。「企業には“クワダテ”という文字が使われています。マークフィールドという会社に関わるすべての人満足度アップのためにも、やはり上を目指し、クワダテは大きくしていかなければならないと感じます」。
例えば社員が成長しそれに相応しいポジションを任せるには新規店舗が必要であろうし、経験・年齢を重ねれば収入アップの期待にも応えたい。より組織スケールの大きな会社に向かうのはトップとしての責任と言い切る。
そのために大切なことを聞くと「こうあるべきという姿をイメージすること」だという。ある日突然会社は大きくならないし、運だけで成功することは絶対にありえない。そこで冒頭の『スコッチバンク』東京展開のイメージに行き着く。
市原氏は、今現在展開している店舗の業績で強固な基盤を作り、オープンに1店1億円はかかるであろう『スコッチバンク』の拡大に着手したいと考えている。「カッコイイ店を成功させるというのは簡単じゃないけれど、だからこそやり遂げたい。歴史のあるお店でもありますから」。客単価5000円〜6000円で本物の音楽と料理、お酒を楽しめる店。東京に住む落ち着いた遊びを楽しみたい大人に『スコッチバンク』が身近な存在になるのは、そう遠い日ではないかもしれない。

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