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第133回 株式会社ナナシフードサービス 代表取締役社長 平 英樹氏
update 10/06/08
株式会社ナナシフードサービス
平 英樹氏
株式会社ナナシフードサービス 代表取締役社長 平 英樹氏
生年月日 1962年11月、札幌市生まれ。
プロフィール 父両親の仕事の関係で幼少期は夕張で過ごし、中学入学時に札幌に戻る。高校で器械体操を始め、市大会にも出場。大学では物理学を専攻するもののビジネスへの興味が強まり、2年でスピンアウト。ハンバーガーショップで店長を務めたほか、ラーメン店でも修行を行い飲食業の基礎をつくっていく。その後、友人から共同経営の話を持ちかけられ中華料理店を9年間、運営・経営する。しかし、意見が食い違い別々の道を歩むことに。その時、現在の常務・河口に出会い、意気投合。二人三脚でらーめん店「七志 とんこつ編」をスタートする。
主な業態 「七志 とんこつ編」
企業HP http://www.nanashi-food.com/
渋谷道玄坂、高田馬場をはじめ、都内に6店舗、神奈川に8店舗のラーメン店を展開しているのが「七志らーめん」の「株式会社ナナシフードサービス」である。この「七志らーめん」は1997年5月8日にらーめん店「七志 とんこつ編」を横浜市青葉区青葉台駅近くにオープンしたのが始まり。以来、スープはもちろん角煮・タレ・チャーシュー・麺のすべてにこだわり、人気店に成長している。今回は、この「株式会社ナナシフードサービス」の代表取締役社長 平 英樹に話を伺ってみた。

札幌、生まれ、夕張、育ち。

1962年11月、平は札幌に生まれる。4人兄弟の3番目で、姉と兄、弟がいる。両親は夕張で衣料品の販売を行っており、平も中学に進学するまでは夕張で過ごす。家族6人、さぞにぎやかな家庭だったに違いない。「大人しくはなかったが、活発な少年でもなかった」と平は小学生時代を振り返る。少年野球部に所属。学校の成績は中の上。ただ、のちに平は「物理学を専攻」するようになるのだが、この頃から推理小説を読み「物事の謎」を追いかけるのが好きな少年だった。中学になると、叔母が暮らす札幌に移り住む。夕張が田舎町だったこともあって同じ教育を受けるならという両親の配慮だった。その高校で器械体操を始める。「市大会に参加する程度のレベルだった」と平。大学で、初めて北海道を出た。進学したのは神奈川県の東海大学。のちに、東京と神奈川を拠点にするのは、この時、神奈川の大学を選んだことと無縁ではないだろう。

大学2年で中退。友人が起業した会社の飲食部門を任される。

さて、物理学を学ぶために選択した大学だったが、勉強よりもアルバイト三昧の生活を送るようになる。飲食店のアルバイトを通し、平は次第に「経営」に興味を傾けていく。2年生で中退。微分・積分より、「ビジネス」を考えるほうがたのしくなってきたからだ。100円バーガーショップの社員として1年、その後、ラーメン店で2年間修行した後、友人が起業した会社の飲食部門を任され、役員として勤務し始めた。業態は、中華ラーメン店。平の修行が実る。だが、「1年間、休みはなし、それどころか満足に寝た記憶もない」。立ち上げ早々の、厳しさが平にのしかかる。それでも、この会社に勤務した9年間で、平は店舗数を7店舗まで拡大している。35歳になった時、一つの区切りだと退職した。友人と意見が食い違うようになっていたのも事実である。

「みんなが勤めたいと思えるような会社」をつくろう。

35歳といえば年齢的にギリギリだと思っていた。ただ9年間のキャリアも評価されるだろうと。いま思えば甘い考えだった。キャリアもなかなか評価してもらえず1次試験さえパスできなかった。大卒でないこともハンディになった。「経営には興味があったもののリスクを取りたくなかったので、経営に参画できそうな大手の飲食店に応募したんです」と平。平が受けた大手の場合、キャリアよりもむしろ若手採用に重きを置いていたのだろう。そんな時に一緒に勤めていた現常務の河口が声をかけてきた。「みんなが勤めたいと思えるような会社を一緒につくりませんか?」と。資金は平がすべて調達。神奈川県の青葉台に1号店を出店する。これが1997年のことである。

初期投資2000万円。もう後には引けない。

らーめん店「七志 とんこつ編」。青葉台に1号店がオープンした。14坪。月商600万円を想定してのスタートだった。だが、当初は、500万円いくかどうか。2000万円の初期投資が重く、運転資金にまわすお金も残っていなかった。ギリギリの状況が続く。それでも、4ヵ月後には法人登記を完了。多店舗化も視野に入れている。このようにして「有限会社ナナシフードサービス」が誕生した(現在は株式会社)。ところで、この「ナナシ」にはいろいろな意味があるそうだ。「ナナシは七つの志と書いて『七志』といいます」。たしかにホームページをみれば七つの志が明記してある。しかし、もう一つ由来がある。というのも、名づけに苦労した平が、「名前に関係なく支持される会社」をつくろうと、名無し(ナナシ)と命名したというのだ。名は体を現すという。であれば、「名無し」という名前もまた、「企業の幹」を表現しているはずだ。店名やブランド名に依存しない強い「個」が、各店に根付いてほしい、という思いがあったのではないだろうか。

お客様が感動する店づくりを実現する、仲間を募る。

「スタッフにとっても、いごこちの良い店」を平は追求してきた。プライドが持てる店づくりはもちろんである。接客サービスも磨いてきた。「飲食のプロ」に育ててやろうという気持ちからだ。ユニフォームもいつも綺麗にした。店内のクリンネスにもチカラを注いだ。だが、店舗数が4〜5店舗に増えてくると、徐々にスタッフとの関係が希薄になっていく。創業当時の濃い人間関係が、徐々に薄まり、拡散を始めたのである。想いが伝わらない。強い人間関係を補うために悩んだ平が設けたのは「誰もがわかる、平等なルール」だった。「今後は、ラーメン業態以外もやってみたい」と平。だが、そのためには「もう少し、いまのラーメン業態の基盤強化が必要だ」ともいう。売上や利益のみを指しているのではないだろう。「人」という基盤が何より重要なはず。ちなみに、社名の基となった「七つの志」の1番最初には、「お客様が感動する店作り」が挙げられている。この想いに共感してくれる人がいま求められている。20年以上、飲食にかかわってきた平が志す「お客様が感動する店」。その店とは、お客様だけではなく、はたらくスタッフ一人ひとりの心も揺らす店に違いない。

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