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第160回 株式会社カスタマーズディライト 代表取締役社長 中村隆介氏
rewrite 13/01/29 update 10/08/17
株式会社カスタマーズディライト
中村隆介氏
株式会社カスタマーズディライト 代表取締役社長 中村隆介氏
生年月日 1980年12月27日、東京都生まれ。
プロフィール 東京三鷹市生まれ足立区育ち。地元小中学校に通い、中学卒業と同時に建設会社に就職。2004年、24歳で独立し建設土木会社を経営。2008年飲食事業に参入。『琉球ダイニング“ちゅらり”』『ホルモン“みこし”』で自社業態に挑み『居酒屋“筑前屋”』で拡大・成長路線を進む。現在、直営店30店舗(FC店4店舗加盟)。フィリピン・タイ・ベトナム等の海外店舗も拡大中。
主な業態 「ちゅらり」「みこし」「琉歌」「鉄板牧場」「肉のはせ川」「筑前屋」
企業HP http://www.cs-delight.co.jp/

アジア進出

フィリピン・セブ島、タイ・バンコク、そしてベトナムに和食レストラン、居酒屋などを展開する(株)カスタマーズディライト。2013年以降はそのエリアを広げカンボジア、ミャンマーにも出店を予定している。「日本での経験体験を経済成長著しいアジアで生かしたい!」。社長の中村氏は日本を事業の基盤としながらも海外進出に積極的に乗り出している。
「インフラの未整備などリスクはあっても、それ以上の活気と大きなチャンスにあふれている」。今後目覚ましい経済発展を遂げる魅力的な市場にいち早く投資したいと考えている。それが(株)カスタマーズディライトの新たな成長ステージとなるからだ。

リーダー

1980年12月、東京三鷹市に生まれた中村氏は、中学の頃に両親が離婚し母子家庭で育った。サッカーを愛する活発な少年だったが、成長に伴い“発散”の場が徐々に変化していく。仲間や先輩と集まり夜な夜なバイクを走らせる。いわゆる暴走族の仲間入りをしたのだ。
現在の韓流スターのようなソフトなルックスと語り口からは想像もできないが、「バイクを走らせ殴り合いのケンカもした」という。しかし、ただうっぷん晴らしに乱暴な行動をとる事が好きだったわけではないようだ。「仲間との関係が楽しかった」。リーダーの周りに人が集まり、得意不得意をカバーし合いながらチームを運営していく。意外かもしれないが中村氏は、この時期暴走族という組織で人間個々が持つ個性、そして人間関係の大切さを学んでいたのだ。また、単身でカナダへ渡り、異国の地で様々な体験をした。
結局その仲間関係をいちばんにした中村氏は、高校進学はせずアルバイトでお世話になっていた建築土木関連会社にスライド就職。時の流れと共に暴走族からもフェイドアウトしていった。

24歳、会社経営

建築現場で働くようになった中村氏は、必要に迫られ大型特殊免許やクレーン運転者(国家資格)資格等を取得。そして元来のリーダー資質を早々に認められ、現場管理責任者に抜擢された。はじめはそれで面白かった。一所懸命に働き、汗を流し給与を得る。自分が稼いだお金で仲間と飲みに行く。それ自体が充実感だったのだ。しかし次第に「自分の力でもっと何かを成し遂げたい」という想いを強くする。
資格取得が自分を変えるきっかけにもなった。それまで学歴に関してはコンプレックスだけだった。しかし社会では“学べば知識がつき、知識がつくことできることが増えていく”。仕事が認められて現場管理者責任者となったように、やればやるだけ上を目指せることが分かり、中村氏は意欲を持つことができるようになったのだ。
働く充実感を知り、また更なる上昇志向を抱えながらの日々。5年を経た頃、仕事でお世話になったある人物が建設土木会社を解散することを知り譲り受けを申し出る。資本金の分割払いを条件にして会社を買い取った。若干24歳の社長が誕生した。

2008年、飲食事業参入

会社を引き継ぐ形でのスタートは奏功し、建設土木事業は比較的順調に仕事を得て利益を上げていった。しかし「より上を目指す思考」に拍車がかかっていた中村氏は、現状に満足できなかった。下請けは未来永劫下請け。そうした慣習の中だけで仕事をしていれば大転換は図れない。「会社を大きくするには、新しいことに常にチャレンジをし続けなければいけないのではないか…」。中村氏のアンテナは様々な角度に広げられた。
そこでアイデアをくれたのが飲食事業で成功している先輩だった。まったくの異業種だが、考えてみれば「自身が魅力的だなと感じる店が少なかった」のだ。「想いが伝わる店を運営できればお客様は獲得できるはず」。多数の視察を重ね『琉球ダイニング“ちゅらり”』の運営。建設事業に調理師免許を持つ社員もいたため2008年、初の飲食事業参入を果たす。
まず2008年に社名変更を果たし、建設業と飲食事業に分社化して出店を加速。琉球ダイニング、ホルモン店、ステーキハウス、居酒屋…。M&Aを主体に5年で国内28店(2012年12月末現在)を運営するまでになった。もちろんすべて黒字経営のお店だ。

日本からアジア、そして世界へ

2年前このインタビューをした時、中村氏は「2012年末には18店舗にする」と言っていた。しかし実際はその計画を大幅に越え、(株)カスタマーズディライトは国内28店舗を展開する企業へと成長していた。
しかも現在は日本を越えフィリピン、タイ、ベトナムでも日本の確かな味とサービスを提供している。そして今年2013年は民主化が進むミャンマー、発展著しいカンボジアにも出店を予定している。
これは日本人スタッフの活躍の場が増えるだけでなく、現地外国人の雇用を生むことにも繋がる。外国人スタッフを日本に呼び育て、帰国後故郷で頑張ってもらう。もしも日本での出店を望む外国人スタッフがいればそれも実現させるという。とにかく型にはまらない、立ち止まらない。それが中村氏の経営なのだ。
土木事業、飲食事業、そして海外進出。仕事を通して知識をつけ人脈を作りたくさんの素晴らしい経験をしたことは中村氏人生を豊かにし、夢をさらに膨らませている。
「僕が先頭を歩くだけでなく、道を作ってあげるのも経営者としての仕事だと思うようになりました」。中村氏は「大きな仕事を成し遂げたい」「海外で挑戦したい」、そうした野望を持つ社員、あるいは新規採用者に今後分社化した会社のトップを任せたいのだ。自分がゼロからここまで来たように、人は可能性を持っていると信じている。「社員に力があることを伝えたいし、適材適所で会社をもっと成長させたい」。やろうとすれば実現できる。確かな実績を作ってきた人の口から聞くと、それは本当に説得力を持つ強い言葉として響く。

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