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第176回 株式会社ROS 代表取締役社長 野村卓人氏
update 10/10/12
株式会社ROS
野村卓人氏
株式会社ROS 代表取締役社長 野村卓人氏
生年月日 1975年12月、東京、蒲田で生まれる。
プロフィール 大学受験に失敗し、そのまま社会人に。初めて就職した会社では若くして事業部長などの要職に就いたが、会社が倒産。その一部の店舗で、「刻」を開業。友人と2人でフーディーズの前身となるストアーオペレーションを設立。外部から社長を招き入れ、フーディーズに社名変更。専務の椅子に座る。担当した飲食事業部は好調に伸び、一時はFCを含め40店舗まで広がっている。このときの直営店を数店買い取り、2008年、野村自ら起業したのが「ROS」。社員の輪のなかに溶け込み、社員たちの自主性を重視しつつ、彼らをリードする。野村流のスタッフ目線のマネジメントが、「飲食」で働くスタッフの環境も変えていく。
主な業態 「刻」
企業HP http://www.ros-net.jp/

目立ちたがり屋の少年は、運動神経にも恵まれ、勉学もできた。

1975年12月、東京、蒲田に生まれる。父は従業員20名程度の鉄鋼関連の会社を営んでいた。母は専業主婦。お金には不自由しない暮らしだった、そうだ。5歳下に双子の妹がいる。愛らしい妹2人は、3歳の頃からモデルを始め、幼稚園の時には不二家のCMに出演したこともあったという。野村自身は目立ちたがり屋の少年だった。女の子を泣かせたり、教師のいうことを聞かなかったり…。手のかかる少年でもあった、そうだ。小学校3年生からサッカーを始めた野村だったが、中学のサッカー部は丸坊主と知り、それが嫌で辞めてしまった。代わりにバレー部に入部。もともと運動神経に恵まれていたのだろう。中学卒業時には、スポーツ推薦がもらえるまでになっていた。だが、この推薦を断り、通常の私立高校に入学。偏差値60点程度というから、進学校だ。ここでもバレーを続け、部長も務めている。

大学受験に失敗。予備校に通った回数、たった2回。

大学受験に失敗。人生初の躓きともいえたが、新たな人生の扉ともなる1年を過ごす。猛勉強…したわけではなかった。予備校には2回しか行かなかったそうだ。スキーにハマり、インストラクターの補助を始め、スキーに行くために、あるスポーツ用品店でアルバイトを開始した。スキーとアルバイト、勉強する時間はなくなった。大学受験を断念し、今度はカラオケ店でアルバイトを開始。1年後には正社員になっている。この会社で、初めて飲食店の仕事を経験。店長も務めた。23歳でカラオケ店の店長に。25歳で居酒屋業態のエリアマネージーに。カラオケ店では、当時、業績ナンバー1を3ヵ月連続で獲得し、社内で表彰を受け、26歳でカラオケの事業部長に昇格した。だが、この会社が倒産してしまった。野村は、2002年、友人と2人で事業を興し、「刻」を2店舗同時に立ち上げた。友人が代表になり、野村は取締役に。「ストアーオペレーション」を起業した。この会社が後のフーディーズとなる。このフーディーズで野村は専務を務め、主に飲食事業を管理し、FCを含め、店舗数を40店舗まで伸ばしていった。結局、7年間、務めた。

独り立ち。ROS、設立。

フーディーズから直営店数店舗を買い取り、いよいよ独り立ちの時がくる。2008年のことだ。社名は、「ROS」。レストラン・オペレーション・システム、飲食の運営組織と言う意味だそうだ。店舗は「刻」。野村が、大事に育ててきた業態である。フーディーズではFC展開も行なっていたため、ROSとフーディーズが本部機能を分担するというWフランチャイズ本部制を取ることになった。ROSは主にメニュー開発などを受け持っている。2010年6月現在、ROSは、時の居酒屋「刻」を新橋本店、五反田店、池袋東口店の3店舗、酒蔵「くら」、やきとんと黒おでん「酒家」を合わせ合計10店舗出店している。ところで主要業態である「刻」で新たな試みを開始した。それまでどちらかといえば高級業態だった「刻」の単価を一気に引き下げたのである。メニューも300円前後(新橋店380円、五反田、池袋各店280円)で統一。一品あたりの価格も相当、引き下げた。いまの時代を反映させてのことである。この価格帯に切り下げた初月だけ、客足も落ちたが、それ以降は逆に伸び、客数およそ1.45倍に。売上も1.3倍になった。低価格でも利益を出せる戦略も、立てた。メニューを入れ替え、オーダーをシステム化することで、人件費のカットも実現。店舗あたりのスタッフ人数を減らし、店長のマネジメント業務の負担も軽くした。効率化、それは野村の新たな命題でもある。

スタッフがやる気をだす、システムづくりにも着手している。

人がイキイキと働けるように、社内の体制にも野村はメスを入れた。もともとフーディーズから買い取った店舗である。評価制度なども踏襲してきたのである。そこに切り込んだ。「インセンティブ制度を完全なものにしようと思っています。具体的な数字は言えませんが、売上達成率と完全リンクするような制度にするつもりです。給与が上がることがあれば、下がることもある。店主の疑似体験とも言えますね」「のれん分けを念頭においているわけではありませんが、店長には店長業務以外の経理なども教えています。いい店長だからといって、独立して成功するわけではありませんから」。店長会議では、社員たちに考えさせるような工夫を行なっている、と野村。自主性を育て、経営者の視点を持つ人材を育成するためなのだろう。野村の教育は机上で終わるものではない。実は、野村自身、いまも店舗に出ている。「飲食が好きなんでしょうね。50歳までは、店舗に出ていようと思っています」。部下に対する影響も考えている。「僕もやる。だから、みんなもついてこいよ、と。そんな距離間で社員たちをひっぱっていきたいんです」。社長、自ら、現場にでているからなのだろうか。アルバイトの定着率もすこぶるいい。

株式上場は視野に入れず。

株式の上場は考えないのか、と尋ねた。すると次のような答えが返ってきた。「上場すれば、経営陣であるぼくらは徳をするというか、経営の幅も広がるんでしょうが、社員たちにはあまり関係がないじゃないですか。逆に社員たちを苦しめてしまうことにもなりかねない。だから、いまはしようとは思っていません」。いまも現場に出る社長らしく、社員の目で物事を判断している。一方で、女性の登用にも積極的。「刻の3店舗は、すべて女性店長です」と野村。飲食を新たな目でみれば、女性たちの活躍の舞台が広がっている。ともあれ、野村の挑戦はまだ始まったばかり。お客様はもちろん、スタッフたちの幸福を、いかに実現していくか。その一点を追求している経営者であることは間違いない。

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