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第177回 株式会社S.S.C 代表取締役社長 川口 洋氏
update 10/10/19
株式会社S.S.C
川口 洋氏
株式会社S.S.C 代表取締役社長 川口 洋氏
生年月日 1969年6月6日、兵庫県生まれ。
プロフィール 学生時代を通してスポーツに励み、神戸大学法学部に進む。1992年4月、外務省入省。アラビア語の専門家として中東第一課、経済協力局政策課、在シリア日本国大使館、在オマーン日本国大使館、邦人保護課、海外広報課等に従事。2003年に退職し飲食の世界へ。株式会社スパイスロード等を経て2004年に独立・出店。現在、自由が丘、六本木等、都内に4店舗のタイ料理レストランを運営、2010年は2店舗新規出店の予定)。
主な業態 「タイの食卓 クルン・サイアム」
企業HP http://www.sscy.co.jp/
外務省から一転、タイ料理店の店主へ。大通りから一本入った落ち着いた立地と、自宅に友人を招くようなおもてなしで『タイの食卓 クルン・サイアム』はファン増加中。単に食事をするだけでない異文化交流のためのレストランは、スタッフが明るく生き生きと働く姿もスパイスとなっている。

地べたを這う旅行にハマる

社名『SUU・SUU・CHAIYOO』は、タイ語で『頑張れ・頑張れ・万歳』と訳す。この言葉、勇ましい意味なのに発音してみるとタイ語独特のかわいらしい音がして“どこかミスマッチな雰囲気がいい”のだという。
何事にもそんなユーモアを大切にする株式会社S.S.Cの社長・川口氏は、名付けた社名だけでなく自身の経歴もユニークだ。
19歳で海外ヒッチハイク旅行にハマり、就職した外務省では中東を専門とする業務を経験。その後、11年間勤務した外務省でのキャリアをあっさりと捨て、タイ料理店を開いた。「パワーある海外の文化を日本に紹介し、異文化交流の場を作りたかった!」。役人としてではなく一事業者としての価値提供に、今は並々ならぬヤル気とこだわりを持っている。
1969年6月、兵庫県に生まれた川口氏は、サラリーマンの父、そして母、4つ上の姉に囲まれて育つ。スポーツ好きは小さい頃からで小学校では野球、中学からはバレーボールに打ち込んだ。
その後、神戸大学法学部に入学した川口氏は、2年生(19歳)の時にはじめて海外旅行を経験する。ニュージーランドに1カ月間滞在してのヒッチハイク旅行。日本では味わえない空気や景色、そして言葉や食事、現地の人々との交流など肌で感じる海外のパワーが忘れられなくなり、それからは車、列車、船を使い地べたを這うような貧乏旅行にあちらこちら出かけていった(これまでに旅した国は40を越える!)。
就職はちょうどバブルの時代。「まったく熱心に活動しなかった」という中、「旅行でよく利用したから」という理由で船会社のみ面接。また「海外に関れる」という理由で外務省の試験を受けた。そして1992年4月、外務省に入省。アラビア語を学び“中東”を専門とするキャリアがスタートする。

各国外交官を自宅ミーティングでおもてなし

外務省では、東京での勤務のほか、6年近くにわたりシリア、オマーンといった中東に勤務した。
「大使館でアラビア語を話す日本人職員は、私含め2名ほどでしたので、あらゆる業務に関わらせて頂きました。」というように、日々の政治経済業務や通訳のほか、例えば98年FIFAワールドカップフランス大会予選でオマーンを訪れた日本代表を迎えたり、日本紹介文化イベントの企画、政府奨学金留学生の選考、現地でトラブルに遭われた邦人の方へのサポートなど様々な業務を担当した。
中東では、その後、サービス業に進んだことがうなずけるエピソードもある。
アラブ人、アジア人、欧米人などその国の大使館に駐在する若手外交官のミーティングやパーティーを毎週、自宅で主催した。「ミーティングでは毎週議題を決めて、議論するのですが、私は冒頭話すのみ、その後は議論そっちのけで、どのタイミングでどの料理を出そうとか、どのタイミングでどんな音楽をかけようかとか、今日は誰それの食がすすまないなとか、そればっかりが気になっていました。ああでもない、こうでもないと議論が盛り上がって、テーブルの上が食べかけの食事で散らかって、なんだか場が盛り上がっている様子をちょっと引いた位置で見ることが至福でした。」。交流とおもてなし好きはその後さらに発展し、現在のタイ料理店のオープンへと繋がっていく。

研修企業で店長志願

国内勤務に戻っていた川口氏が外務省を退職したのは2003年7月、34歳の時。「自分で事業をやってみたい」と思いはじめていたことと、新たな辞令も転機になった。
独立を目指す事業として、タイ料理を選んだ。「あまり大きな声では言えませんが、実は外務省を辞める時点では、タイへは一度だけ、しかも短期間でしか行ったことがなかったのですが、なぜか、ふとタイ料理をやろうと思い、ほとんど迷うことはありませんでした。」
飲食業というまったく未経験の異分野で新たなスタートを切るため、タイ料理『ティーヌーン』を運営する株式会社スパイスロードに転職し“独立を目指す店長”として店舗運営を勉強させてもらうことになった。
「手を挙げて、新橋の店の店長にしてもらいましたが、当初は(じつは今もあまり変わりませんが)、グラスも割るし料理を運ぶのもふらふらして、危なっかしいものでした。店舗オペレーションなど理解出来ず、あっちにフラフラこっちにフラフラ、とにかくバタバタ動き回り、お客様に怒鳴られ、上司に怒られ、スタッフは冷ややかで、近くの公園で人目を憚らず悔し泣きもしました。」。
結果的には、店長になって半年あまりの間に大幅に売上げを伸ばした。「悔し泣きも多かったですが、商売はとにかく楽しかった。(会社には内緒ですが、)店が休みの日も妻と一緒に店に出て、店の掃除や飾り付けをせっせとやりました。店への愛着は人一倍だったと思います。下手くそな店長でしたが一所懸命やっていると本職ばかりのスタッフ達にも徐々に認めてもらえるようになり、そのうち店としての一体感も出てきました。そうすると面白いくらい簡単に売上が上がっていきました。
新橋は情に厚い街で、頑張っていれば、地元の方や会社勤めのお客様もよく見ていて下さって応援して下さいます。このような方々に独立に際しても助けて頂きましたし、いまだに私どもの店にお越し下さる当時のお客様もいらっしゃいます。」
さて転職から約1年、物件とスタッフに恵まれた川口氏は無事独立。自由が丘にタイ料理の店『タイの食卓 クルン・サイアム』をオープンさせる。

スタッフの楽しいオーラがお客様を楽しませる

『頑張れ・頑張れ・万歳』という社名、『自分のために頑張る!!』『皆のために頑張る!!』『日本、タイ、アジアのために頑張る!!』という企業理念。分かりやすくシンプルなこれらは、多国籍の仲間にも馴染み、また社員全員で共有できるよう決めたという。
また、川口氏は、かって中東で友人を自宅に招いたときのように、アットホームで、どこかすこし知的な空間創りも大切にしている。
20世紀初頭にバンコクに赴任した西欧人商社マンか外交官の家のように、アンティークのランプや棚、写真や絵画、書籍などを飾り、まるで大切な友人を家族が迎えるような雰囲気で、お客様に対し心づくしのおもてなしをする。その店舗コンセプトを表現するため、本格派の一流シェフを招き、自ら買い付けた家具や小物類、タイで注文生産している食器類なども各店舗に配置している。
そして今後、さらに店舗数を増やしたいとする川口氏は、対顧客という視点のみならずたくさんの雇用を生み、「働きたい」と言ってくれる仲間を迎え入れられる企業になることが夢でありビジョンだという。
「ゼロから事業をスタートして、まずは、しっかり給料を払い、しっかり休みもとれて、スタッフに安心して楽しく働いてもらえることを目標にしています(もちろん仕事は大変で当たり前、楽しく働くには、会社だけでなく各々のそれなりの努力も必要と思います。)。
その目標のためには、お客様や取引先様等に喜んで頂き、評価・支持され、その結果として、売上・利益をしっかり上げ続けていかなければなりません。
また、その循環の中で、タイのことを紹介し、少しでも我々と関わる人々の好奇心を刺激できればいいなあ、私が海外旅行したり中東で生活した際に味わった感動や刺激のようなものを気軽に味わってもらえればいいなあ、と思っています。」
川口氏は店長時代からこれまでの経験で、スタッフが一体感をもって楽しく仕事ができるようになると急速に売上げが上る(=お客様に評価・支持される)と実感している。スタッフの楽しいオーラがお店を良くし、ひいてはそれがお客様に伝わり、結果的に店の売上がアップしていく。スタッフがイキイキと働ける店であることはS.S.Cの優先事項。そうである限り、私たち顧客もお店を訪ねる楽しさをいつまでも持ち続けることができるだろう。

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