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第222回 株式会社ファンゴー 代表取締役社長 関 俊一郎氏
update 11/06/28
株式会社ファンゴー
関 俊一郎氏
株式会社ファンゴー 代表取締役社長 関 俊一郎氏
生年月日 1967年5月29日
プロフィール 長野県の諏訪市に生まれる。サラリーマンの父と美術館の館長を務める母。4人家族の長男で、2つ下に弟がいる。中学の頃に太鼓を観に行ったことがきっかけで、太鼓にハマり、高校では海外公演に出向いたこともある。カルフォルニア大学に進み、約6年間、海外で生活。海外で食べたサンドイッチをもとに、日本でサンドイッチ店を開業。オープン前からマスコミの取材が殺到し、初日から客単価1600円で日商65万円という記録的な売上げを達成。鮮烈なデビューを果たす。現在(2011.5)、株式会社ファンゴーは<FUNGO三宿本店>を旗艦店に、<FUNGO DINING西新宿店><FUNGO BUNGALOID東麻布店>を展開。暮らしの舞台を提供している。
主な業態 「FUNGO三宿本店」「FUNGO DINING西新宿店」「FUNGO BUNGALOID東麻布店」
企業HP http://www.fungo.com/

日本の文化「太鼓」を叩く少年。

今回、ご登場いただく株式会社ファンゴー代表取締役社長 関俊一郎が生まれたのは1967年。万国博覧会が開かれ、日本にマクドナルドやケンタッキーなどアメリカ育ちの外食文化が輸入される少し前だ。出身の諏訪市は、諏訪盆地のほぼ中央に位置する都市。この地で父はサラリーマンを、母は画商をしながら主婦をしていた(後に美術館の館長に就任する)。2つ年の離れた弟がいたが、小さな頃の記憶を辿っても、家族はバラバラで全員が好き勝手なことをしているとしか思い浮かばない。そんななか、関は小学校で野球、中学校ではバスケットボール部に所属。スポーツ少年に育っていく。一方、母に薦められ観賞した御諏訪太鼓に参加。高校時代には海外公演にも行っている。「進学校に進んだのですが、高校にはいかず太鼓ばかり叩いているような高校生でした(笑)」と関本人も語っている。

海外留学。アメリカカルフォルニアへ。

「朝まで討論会」というTVに出演していた東大出身の著名な経済学者、西部邁氏がいた。彼の本『蜃気楼の中へ 遅ればせのアメリカ体験』を読んだのがきっかけで、海の向こうに渡る決心をする。「英語の先生に、ダメだしされたのがカチンときたこともあって留学してやろうと。最初の1年は語学学校に通い語学を学んだのちにコミュニティーカレッジに入学し、カルフォルニア大学バークレイ校へ編入しました」。「とにかくアメリカ時代は貧乏でした。寿司屋のバイトや、母親の画廊のやり取りの手伝いなどをして生活資金をねん出しました。商売に興味を持ち始めたのはこの頃からです」。当時は、治安も悪く、銃撃事件や校内で殺人事件が発生したりしていたそうだ。そんななか少年、関は、文化の違いに戸惑いながらも、そのカベを乗り越え、強い意志を持った青年へと育っていった。ところで関が通っていたカリフォルニア大学バークレイ校は、カリフォルニア州バークレイ市にある州立大学である。バークレーは、サンフランシスコのベイエリア内にあり、サンフランシスコ湾東岸に位置する都市。この自由を象徴するような街で、関は独自の感性を育てあげていく。

サンドイッチは日本でいう寿司だ。

海外でも数社から内定をもらっていたが、関は帰国する道を選んだ。およそ6年間のアメリカでの生活が終了する。将来、独立するという志を持ち、最初に入社したのは経営コンサルティング会社だった。「まずは2年間」と関は戦いを開始した。この2年間で起業の構想が固まった。「私は日本食党なんですが、海外にいた時は毎日サンドイッチを食べていました。サンドイッチは、日本でいえば寿司のようなものなんです。ところが日本では、コンビニなどで売られているだけ。これは!というお店がなかった」。「また向こうではあたり前のようにあった、犬もいっしょに連れて来られるようなテラスのあるお店もなかった。それで、これを日本で展開しようと思いついたんです」。海外経験のある関ならではの着想である。

オープン当日の売上、65万円。

東京都世田谷区三宿に出店した。関、28歳の時である。海外で出会ったコックを迎え、公募で採用したほぼ同年代の3名でスタート。オープン前からマスコミの取材が殺到した。オープン当日、1000円以上のサンドイッチがが飛ぶよう売れた。結局、初日にも関わらず65万円の売上を記録した。関の時代の風を読む感性が、ズバリ的中したといえるだろう。ところがこの記録的な成功が、波乱の幕開けとなる。

ビッグネームに踊らされる。

「有名なファッションビルからオファーがあり出店しました。投資額は1億円です。ところがオープンしてもなかなか採算が取れない。有名なビルだったんですが、営業時間も限られていて、予想外の展開になりました。それでも周りの店と比較すると健闘していたんですが、結局、6年ぐらいで撤退しました。ビルの改装などが進まないこともあって撤退を決意したのですが、違約金を支払う羽目になりました」。ビッグネームに踊らされた格好となる。時を同じくして、信じた仲間にも騙された。仕組まれた罠にはまりかけた。「3店舗あったお店のうち2つを切って、リストラしました。それ以外に方法がなかったからです」。さまざまなことが絡み合い、濁流となって押し寄せてくるなかで関は必死に今にしがみついた。そんなとき、ひとつのアドバイスをもらった。「藁にしがみついてもダメだ。底まで落ちる、覚悟と勇気が大事だ。そうすれば底を蹴って浮上できる」と。

浮上。神がかったエピソード。

2002年ITバブル崩壊、2003年、記録的な冷夏。取り巻く環境は厳しさを増した。孤独な戦い。だが、それでいい、と関は思う。底までいけばいい。「どこまで落ちればいのかわかりませんが、底があればそこが新たな出発点になると考えることができたからです」。ただ、がむしゃらに働いた。70キロあった体重が、いっきに53キロに落ちた。体重減でいえばそこが底。蹴った。「もう神がかっていたと思いますよ。一心不乱でしたから(笑)。そんなとき、1000円のランチを食べていただいたお客様から手紙をいただきました。『これほど素晴らしい店に出会ったのは初めてだ』。ありがたい一言でした。お食事で、5万円のチップをくださったお客様もいました。3000円のお食事がお客様を驚かせたのですが、逆に私たちが驚かされた格好になりました」。このような出来事があって、業績は浮上する。関の表情にも笑顔が戻った。

going to be fun! 社名に込めたメッセージ。

どうして、がんばれたんでしょう。そんな質問をしてみた。「母の厳しさのおかげです。厳しく育ててくれたおかげで、乗り越えられたんだと思うんです」「捨てる神あれば、拾う神ありです。脇が甘いんだ、と笑う人もいましたが、親身になって助けてくれる人もいました。そういう、すべての人にいまは感謝ができるようになりました」。快調に滑り出してから16年、さまざまな出来事、そのすべてを肥やしにした強い関がそう語る。2011年5月現在、関は、「FUNGO三宿本店」「FUNGO DINING西新宿店」「FUNGO BUNGALOID東麻布店」と3つの店を経営している。いずれも人気店だ。その秘密は、「食べ物屋をやろうと思ったことはありません。海外のカッコいいライフスタイルを輸入しているショップだと思っています」という一言に隠れている気がする。社名の「ファンゴー」は、going to be fun(楽しくいこう)という意味。楽しくいこう! ビジネスもゲームのように楽しもうということだろうか。社名に、関の、人生のメッセージが込められている。

思い出のアルバム
思い出のアルバム1 思い出のアルバム2 思い出のアルバム3
太鼓のステージ(真ん中)。 母校バークレイ校のフットボールのゲーム。 卒業式。母と。
   
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