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第255回 株式会社ティオスグループ 代表取締役 石橋隆太郎氏
update 11/11/29
株式会社ティオスグループ
石橋隆太郎氏
株式会社ティオスグループ 代表取締役 石橋隆太郎氏
生年月日 1969年10月14日生まれ
プロフィール 生まれてまもなく東京都大田区に引っ越す。母一人に育てられ、その母の仕事が忙しく、朝食抜きで学校に通った。朝ご飯はいまだ食べるのが苦手だという。青山学院大学を卒業し、株式会社高島屋に3年間勤務。料理の専門学校に通ったのち、銀座の京料理割烹で3年間修業する。子育て同様に母が育てた株式会社ティオスグループを2007年に引き継ぎ、代表取締役に就任。現在、下町かっぽう<しゃぶしゃぶ「だら毛」>などの飲食店を、創業の地である大森に8店舗、銀座に2店舗、また福島に温泉旅館を展開するに至っている。
主な業態 「大森西洋館」「下町かっぽう だら毛」「走り長屋」「ぐらばー亭」「ビアパブ330」他
企業HP http://www.tios-group.com/

親子2人の旅の始まり。

まだ1歳の頃だった。石橋は母に連れられ、東京都大田区の大森のアパートに引っ越した。両親が離婚し、離婚した石橋の母を厳格な母方の祖父、祖母が勘当したからだ。「当時は理由はともかく離婚なんて、考えられなかったんでしょうね。一応、名家だったこともあったんだと思いますが」。
親子2人。石橋を保育所に預け、母は飲食店で朝から晩まで働いた。「私が小学校に上がる頃に、母は自分の店を開きました。<クラブ ラ・ジョロナ>です。モーニングから、ランチは名物のハンバーグランチ、夜は夜でラテンギターの弾き語りがあるようなお店です。当然、母はずっと店にいますので休みの日以外は夕食も私一人です。学校から家に帰るとテーブルに千円札が置いてあって、それで中華、とんかつ、そばをローテーションで食べていました」。
すれ違ってももちろん親子。心はつながっていた。自分のために母ががんばってくれている。そう思うと無理もいえなかった。朝は母を起こさぬよう、一人準備して学校に向かった。朝ご飯はどうしたんですか? と聞くと、「食べたことがない。だから、いまでも朝飯は苦手」との答え。「ホテルに泊まったときに朝食が出てくるじゃないですか、すると、どうしたもんかなと思っちゃうんです」と石橋は笑う。

1店舗の経営者から法人企業の社長へ。母の選択。

石橋が小学5年生になった頃から、母は事業拡大を始めた。いまも主力業態の一つである「だら毛」をまずオープンする。「複数店の経営を始めた頃からだと思います。私の心が少しずつ母から離れていくんです。それまでは私のためにがんばってくれている、そんな気がしていたんですが、複数店舗を経営するようになると、もう社長じゃないですか。私には、そこまでしなくてもいいじゃないかという思いがあったんでしょう。オレのためじゃなく、仕事が好きだからがんばっているだけなんだ、と思ってしまったんです」。
思春期ということもあったのだろう。ある意味、母を母として唯一認めていた心の絆が消えた気がした。だからというわけではないが、中学生になると、一人で何でもできる優等生ではなくなった。不良仲間たちともつるんだこともあった。
とはいえ、何かが石橋をとどめていたのも事実である。
勉強だけはした、と石橋。母が付けてくれた2人の家庭教師に教わりながら、学業は常にトップクラスだった。そのおかげもあって、都立の進学校へ進んでいる。

アメフトとバイトと猛勉強。

高校に進学するとアメフト部に入った。意外にアメフト部のある高校は多く、都内だけでも80校はあるそうだ。部の成績は悪くはなかった。このアメリカンフットボールとバイトに明け暮れた。ほんとうは上智大学に進みたかった。だが、1浪の末、青山学院大学に進学する。アメフトを辞めたこともあったのだろう。「大学1年、2年の時がいちばん自分を見失っていた」と石橋。漠然とした危機感からか、資格取得をめざすようになる。「大学の勉強よりそちらの勉強ばかりして、宅建や簿記の資格は取りましたが、代わりに1年留年するハメになってしまいました」。
余談だが、石橋が順調に、つまり浪人も、留年もしなければ1991年卒となる。バブルが弾ける少し前だ。ところが、2年の足踏みがあったため1993年卒となる。この2年の違いは大きい。もっとも、それがのちの人生にどう影響したかまではわからないが。
ともかく大学1年、2年と燃えるものがなく、1年留年して3年生になって、突然、自分が大学生なのだと、気づいた。「大学生なんだから、大学生らしく勉強しなくっちゃ、と思ったんです。それでいちばん厳しいと言われていた経営学のゼミに入りました。もう、朝から晩まで生徒たちで議論です。結論が出ないから、真夜中まで議論をつづけることも少なくありませんでした」。大学ならではの猛勉強。答えは社会で出すしかないのかも知れない。ただし、石橋が卒業する年は前述した通りバブルが弾けたあと。つるべ落としのように、採用枠は激減した。母親が教授を訪れたのも、就職を心配してのことだろう。

恩師の一言が親子を救う。

もともと母の事業を継ごうとはいっさい考えていなかった。母もまた同様で、子に託すつもりはなかったようだ。何かにつけ、子育てよりも事業を優先してきたという負い目があったからだ。
ところが、石橋の恩師である教授は、母に一言、「なぜ、家業を継がせないのか」と問うた。その一言が、親子の間にあった見えない壁を壊した。改めて、そういう選択が2人にあることを示したのである。石橋は店を継ぐ意志を固め、母もまた息子に継がそうと腹を固める。「でも、卒業すぐはダメだと思い、サービス業を勉強するために高島屋に就職しました。いま思えば、この高島屋時代の3年間が最もたのしかったかも知れない。趣味・玩具を担当し、2年目からは売り場のレイアウトまで任されるようになりました。社会に出たての若造が、業者と折衝もします。自分の一声で億単位のお金が動きます。マネキンさんの面接も任されていましたから、やりがいはありますよね。それでいて、責任は取らずに済むんですから。これほどラクでたのしいこともない。評価も貰っていましたから、このままズルズルいってもいいんじゃないか、と正直、そういう風に思いました(笑)」

初志貫徹、イタリアへ、息子の旅が始まる。

あの時があったから、という分岐点が人生には何度かある。この時、石橋が3年で高島屋を辞めるという初志を貫いたのは、彼の人生のなかで大きな分岐点になった気がする。思い切って高島屋を退職した石橋は、半年間イタリアに渡った。「イタリア業態の店もあったので、イタリア料理を少しは勉強していたほうがいいだろうと思ったんです。特に母はイタリア料理という人でもなかったですから。それで、息子のオレがと勇んでイタリアに向かうんです。ところが、イタリアに行って改めて和食に惹かれてもどってきてしまうんです。和食って、すごいやって」。
「それで帰国していきなり、和食の専門学校に通い始めたんです。卒業後は、銀座の京料理店で仕事をさせていただきました。もう30歳近くなっていた頃です。上下関係が厳しいお店でした。もちろん新人なので年齢に関係なく、洗い場からスタートです。洗剤で手が荒れ、お箸も持てなくなりました。朝9時から夜の12時まで。おせち料理の時になると、1日の睡眠時間が1〜2時間、それが3日続きました。それでいて、月5万円です」。
すでに結婚もしていた。家にもまともに帰れない日々。だが、これらの選択はすべて、石橋が母の事業を引き継ぐために自らに課した課題。逃げるわけにはいかなかった。なぜなら、それは己で決めた、新たな旅の始まりだったからである。

京料理店で3年間修行し、ついに母の下にもどる。

息子が帰ってくる。その時の母の気持ちはどうだったのだろうか。諸手を挙げて喜ぶ、その一方で、ほんとうにやっていけるのかという不安を抱えていたに違いない。社長という立場に立てば、厳しい選択をしなければならない時もある。だから、なおさらだ。
だが、母親の不安をよそに息子は社内で足場を固めていく。そして企画室室長や専務などを経て2007年、見事、母の椅子を譲り受けるまでになった。
それから4年があっという間に過ぎた。バブルの頃に借りていた借財もほぼ返済し、いよいよ次の戦略も動き始めている。海外も視野に入り始めた。
最後に、今後の展開のうえでどんな人が必要なのか尋ねてみた。すると「人と話すのが好きな人」という答えが返ってきた。「うちのお店のスタッフは、お客様のお名前を全部、覚えているんです。スタッフもお客様のことが好きだし、お客様もうちのスタッフのことが好きなんです。そういう関係だったから、しんどい時も乗り越えることができたんだと思います。いまも大森に8店舗を構えています。地域の人たちとのつながりを創業以来大事にしてきた証拠だと思っています。そういう風に、人を大事にするお店でありたい。だから人が好きで、話が好きな人を、これからも求めていきたいと思っています」。
時代によって、店の有り様も、サービスも変えていかなければならない、これは飲食業にとって一つの定石だ。だが、変えてはいけないものもあるのだろう。石橋の話を聞いて改めてそう感じた。創業36年(2011年現在)、母が育てたもう一つの宝物を大切に引き継ぎながら、いよいよ次世代に向け、石橋は力強く歩み進めようとしている。

思い出のアルバム
思い出のアルバム1 思い出のアルバム2 思い出のアルバム3
高校生時代 大学生時代 高島屋時代
思い出のアルバム4 思い出のアルバム5 思い出のアルバム6
イタリア留学時代 板前時代 国際会議にて
   
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