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第299回 株式会社シャルパンテ 代表取締役 藤森 真氏
update 12/07/17
株式会社麺食
中原 明氏
株式会社シャルパンテ 代表取締役 藤森 真氏
生年月日 1972年11月10日
プロフィール 東京都板橋区生まれ。3人兄弟の長男。多感な少年期に両親の離婚と再婚を経験。周囲の人たちに助けられ、成長し、高校時代には自ら選択し、留学も経験。専門学校でホテル学科を卒業後は、フレンチレストランなどでバーテンダーを務め、日本を代表するソムリエ田崎真也氏(1995年の世界最優秀ソムリエコンクールで優勝)からも薫風を受ける。「スティルフーズ」で支配人などを経験したのち、独立。欧風ワイン居酒屋「VINOSITY」「VINOSITY magis」という2ブランドを展開。飲食店プロデュースも行っている。
主な業態 「VINOSITY」「VINOSITY magis」
企業HP http://www.societe-charpente.com/

ゲーセン通いの少年時代。

藤森には、妹と14歳下の弟がいる。「母が再婚して、生まれた弟です」。母は、藤森が小学3年生の時に再婚。義父からは、いまでいうDVを受けたそうだ。小学校でもイジメられたが、黙っていなかった。いつのまにか周りに子どもはいなくなった。悪ガキとまではいわないが、優等生でなかったのは事実。中学2年生からは、学校にも行かなくなった。ゲーセンに通って、補導されたのもこの頃だ。「勉強がキライだったわけじゃないんです。ただ、勉強する奴はダサイというイメージだったんです。だから、成績は悪く、高校進学も危なかったんです。小学校のときから通っていた学習塾の先生が、校長にかけあってくれ、それでようやく進学することができました」。救いの神の登場によって、無事、高校に進学した藤森は、悪友たちと連絡を絶った。高校ではマジメに勉強もし、2度交換留学でアメリカに渡っている。「高1の時に半年間アイオアで、高2の時に3ヵ月サンディエゴで暮らしました」。この海外生活によって、藤森の、心の国境はなくなったはずだ。藤森は、大学には進学せず、専門学校でホテル学科を専攻する。

バーテンダーになりたくて。

店長という要職を務めるアルバイターがいる。藤森も、吉野家でバイトながら店長職を命じられた。「私より年齢の高い人いましたが、どうなんでしょう。みんな店長はたいへんだから、なりたがらずにお鉢がまわってきたんだと思います」。それでも、いい勉強になった。大手資本で、マネジメントの勉強ができたからだ。「バーテンダー」としていつの日か、店を持ちたいと思うようになったのも、この頃のことである。「バーテンダー」を志した藤森は、フレンチの高級レストランに就職し、並行してバーテンダーの勉強も行い、街場やホテルでバーテンダーとして勤務するようになる。経験も積む。ある店のオーナーにスカウトされ、店を任された。グアムにある「TGIフライデーズ」も経験した。歌舞伎町のレストランでも勤務したが、その店は、半年間給料未払いのまま、倒産した。キャリアが長くなるにつれて、自信の一方で、漠然と将来に対する不安が生まれてきた。

ハイキャリアへの挑戦。

スペシャリストと呼ばれるには、才能も、根気も大事になってくるのだろう。バーテンダーも、スペシャリストに違いない。ただ、その道は、想像以上に長い。数年で覚えるには、レシピ一つとってもあまりに膨大な数があるからだ。「私のキャリアを改めてふりかえってみたんですが、カクテルがつくれて、それなりにお酒を知っている程度のレベルでしかないと悟ったんです。言い換えれば、何ひとつ誇れる強力な武器がなかったんです」。もっと広範囲な知識を修得しようと、藤森はビール、蒸留酒、日本酒、チーズに関する知識を勉強し、資格を次々に取得する。その先にワインという領域が広がっていた。「バーテンダーはさまざまな酒類の知識を持っていなければいけないんです。ただ、カクテルのレシピだけでも膨大な数があり、それで精一杯なのです。そのうえ、無数にあるワインを勉強するなどとてもできないと思っていたんですが、ビール、蒸留酒、日本酒とくればワインも避けて通れないと思うようになったんです」。めざすはソムリエ。利酒師やビア・アドバイザーなどの資格を取得したことで、つぎの、避けては通れないステップがみえてきたということなのだろう。ハイキャリアへのチャレンジが始まった。

ターニングポイント、男の分かれ道。

藤森は、人を惹きつけるチカラを持っているのだろうか。それとも何かのチカラが、藤森という青年に、折につけ手を差しのべたということなのだろうか。偶然、出会った人がいた。「ソムリエの資格をめざしている頃です。ワインのセミナーや勉強会に、時間をつくっては参加していました。ある時、ある授賞式で私に声をかけて下さる人がいたんです。『君が藤森か』、正直にいうと誰なんだというのが最初の印象です。まさか日本のソムリエの重鎮、勝山研二氏とは思いも寄りません。ただ、短い間でしたが、お話をさせていただきました。すると、後日、勝山氏から直筆の手紙が届いたんです。いまでも、その手紙は、残しています。こう書いてありました。『男には、人生のなかで3回ターニングポイントがある。何回目かはわからないが、君は、いまたしかにそのターニングポイントの一つにいると思う』。この手紙を読んで、心が決まりました」。ホテルを辞め、バーテンダーからソムリエに舵を切った。中学時代の塾の教師につぐ恩人の登場である。

永遠に追いつかない背中。

勝山氏はソムリエを志す藤森に、偉大なソムリエを紹介する。そう、1995年の世界最優秀ソムリエコンクールで優勝経験もある、日本のソムリエの代表者田崎真也氏である。TVで観たことはあった。だが、田崎氏の下ではたらくようになってからは、ブラウン管の向こうよりも更に遠くに田崎氏がいるように思えてならなかった。永遠に届かない背中を追いかけて藤森は、駆けだした。田崎氏がTV出演の時には駆り出され、アシスタント的な仕事を任された。食事にみなで連れられると、末席に座りオーバーアクションで「旨い」と唸った。ハッキリと口にする人間を田崎氏が好んだからである。むろん、仕事では息つく暇もなかった。「田崎さんは、田崎さんと同じレベルを要求するんです。できっこないですよね。でも、なんでできないんだって」。追いかければ、追いかけるほど、田崎氏との距離は離れていくばかりだった。ところで、田崎氏の下ではたらいているスタッフは全員ソムリエの資格取得者。圧倒的なチカラに、ただため息がでることもあったはずだ。ちなみに、ウイキペディアで調べてみると、田崎氏は、意外にも居酒屋好きで、レモンサワーが大のお気に入りだそうである。この庶民的な嗜好も、藤森が田崎氏に惹かれた理由の一つではないのだろうか。藤森のイメージとどこか重なるような気がする。この時期のことを藤森はホームページで、「ワインの世界に引き込まれた時期」と書いている。

チーム、藤森。

その後、藤森は田崎氏の下を離れ、株式会社スティルフーズに入社する。スティルフーズは、お台場にイタリアンレストラン「ブルスケッタ ピックス カフェ」をオープンし、お台場ブームの火付け役となったことで有名だ。このお台場「ブルスケッタ ピックス カフェ」をリニューアルしたワインダイニング&イタリアン「エノグストお台場」を藤森は任された。ただ、入社前のその店の業績はそれほど良かったわけではない。藤森は、自らの息がかかったメンバーで組織を再構築した。チーム、藤森の誕生である。「夏はいいんです。でも、真冬になるとね。そもそも人がなくなるもんですから(笑)」。それでも、冬も、もちろん夏も、いままで以上の数字を残した。だが、やがて閉店の指示が下りた。「最初は、買い取ろうと思ったんです」。TVでも有名な実業家・投資家でもある『マネーの虎』の安田久氏から声をかけられたこともある。「ただ、私たちチームの頑張りは高く評価してくださったんですが、今回は見送ろうということになって」。もはや藤森の城ともなっていた店である。閉店は「悔しい」という一言では語れないだろう。だが、この「エノグストお台場」時代にさまざまなことを学んだのも事実である。店の管理手法もその一つだ。ソムリエというスペシャリストから、ゼネラリストへ。いつのまにか、もう一つのターニングポイントを通り過ぎていたのかも知れない。

ワインは楽しい。

2010年10月26日。37歳になった藤森は、株式会社シャルパンテを設立する。この時点で、藤森は、誰の下でもなく、誰の指示も仰ぐことができない「経営者」という孤高の高みに登ったことになる。現在、藤森を父のように慕う、14歳離れた弟も店で仕事をしているという。「母の再婚」「独立、独り暮らし」「海外留学」「バーテンダー」「師との出会い」「ソムリエ」、そして「もう一度の独立」。その一つひとつが、藤森という人間をカタチづくってきたような気がする。ソムリエ、藤森。その人生が、さまざまな波乱とさまざまな歓喜に彩られているからこそ、彼が選んだワインは、お客様の舌を裏切らないのだろう。今後の目標を伺うと「ワインを特別な飲み物にしないことだ」という。ワインは、美味しくて、楽しい。着飾って飲むのもいい。普段着で、安くて美味しいワインを愉しむのもまたありだ。楽しみ方も、また奥深い。ワイン好きにしてみれば、そんなワインの愉しみ方を、更に広げてくれることに大いに期待したいところである。

最後に、プロフィールの一つとして資格取得の時期と受賞歴を記す。2000年、ビア・アドバイザー、スピリッツアドバイザー、利酒師の3つの資格を取得。翌2001年、チーズコーディネーター、ソムリエの資格取得。2003年、ドイツワインケナーの資格取得。2005年シニアソムリエの資格取得。2011年、フードアナリストの資格を取得。
2002年日本ドイツワイン協会連合会主催/ドイツワインコンテスト関東大会第2位、2003年日本ドイツワイン協会連合会主催/ドイツワインコンテスト全国大会第3位。

思い出のアルバム
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