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第307回 ファンクリックス株式会社 代表取締役 木月浩平氏
update 12/08/21
ファンクリックス株式会社
木月浩平氏
ファンクリックス株式会社 代表取締役 木月浩平氏
生年月日 1982年9月29日
プロフィール 神奈川県相模原市に生まれる。2人兄弟の次男坊。中学卒業時、ニュージーランドの高校への進学を選択。サッカーで同国内の大会にも出場する。大学進学時に帰国。大学卒業後は、不動産会社を皮切りに(株)リクルート、アデコ(株)と移り、2009年6月23日、26歳で起業。2012年8月現在、「水炊き 炭火焼鳥-AKARI-」を含め全5店舗を展開している。いずれも人気店だ。
主な業態 「灯 -AKARI-」「らい燈」「イタリアン酒場 25 ‐NIGO‐」「ペスカーラ 綱島イタリアン酒場」
企業HP http://www.fancrix.com/

15歳の決断。

外資系に勤務する父は、海外出張も多かったそうだ。木月が生まれたのは、神奈川県の相模原市。小学校に上がる頃に東京都八王子市に転居。サッカーが好きで、これは高校生までつづけている。兄弟は3つ離れた兄が1人。秀才で東京大学に進学し、現在は某テレビ局で番組ディレクターをされているそうだ。
「兄とは性格がまるで違う」と木月は笑う。中学から中高一貫の私学に進学。エレベーター方式で高校に進学することもできたが、15歳の木月はまったく違う道を選択した。「修学旅行で渡った海外へ、もう一度、行く」。そんな思いに駆られたからだ。
「いろいろ考えたんですが、結局、修学旅行で行ったニュージーランドの高校に進学しました。中高一貫校だったので日本での高校進学資格を取得し、1年間はもしもの時のために選べるようにしておきました。帰りたくなった時の保険みたいなものですね(笑)」
保険は1年で解約。まったく帰りたいとは思わなかったそうだ。
「最初は、さっぱり会話も分からなかったんですが、半年で聞き取りができるようになり、1年で生活するのにも不自由しないレベルまで到達しました。そうなると『帰る』という選択肢はなくなります。ニュージーランドでも好きなサッカーに熱中し、全国大会にも出場しました」。ニュージーランドの仲間たちとピッチを駆け回る。少年の適応性の豊かさに改めて驚かされてしまう。
ちなみに、同校にはおなじ日本人が15名程度いたそうだ。ただし推測だが、木月の周りにはニュージーランドをはじめ、異国の生徒が数多いたのではないだろうか。
15歳の少年の決断は、何を彼にもたらしたのだろう。

独立心、芽生える。

「大学時代にはもう起業しようと思っていました。ちょうどライブドアがメディアをにぎわせていた時代です。友人のなかにはITで起業した人間もいましたが、私は、参入が比較的簡単なフードに目をつけました」。何が何でも飲食で、という思いではなかったそうだ。
ただし、学生時代は、飲食やカラオケなどサービス関連のアルバイトに従事する。どこかにサービス業という人と接する仕事に憧れる、そんな思いがあったのかもしれない。もちろん、一足飛びに開業というわけにはいかない。 「自らを試すつもり」で、ある不動産ディベロッパーに就職する。
「120名程度のベンチャー企業です。毎日、決められたエリアにローラーをかけ、しらみつぶしに家のドアをノックし顧客を探します。営業力を身に付けるのが目的でしたから、いちばん高価で売りにくいと思った不動産の販売をはじめたのですが、運がよかったのでしょう。いきなり数件の契約が取れて、半年の間に月間賞を3回獲得しました」。
もともと人を惹きつけるチカラがあたったのだろうか。それとも誰よりも多く扉を叩き、足を運んだからだろうか。ともかく新人としては異例の成績を残すことになる。

法人営業、労務、経理…、起業に必要な知識を、実践を通して修得する。

個人宅への営業では成績を残せた。次は法人営業だと、リクルートに転職。求人広告サイトを扱う事業部に配属される。「個人とは違って、数より提案力が問われました。リクルートに在籍したのもわずか1年ですが、提案するチカラはもちろんですが、起業を志す仲間たちとも出会えて、実りある1年になった気がします」。個人、法人、量と質の営業を経験する。「その次に人材派遣のアデコに転職するのですが、そちらでは営業であるものの、労務や経理などの知識も修得することができました」。アデコでは2年ぐらいだろうか。このアデコを最後に木月は、起業する。26歳の時だ。
思い通りというか、狙い通りというのか。そうそう巧い具合にいかないのが普通だろう。だが、木月の場合、トントン拍子で駒を進めているように伺える。才能か、それとも緻密な計算か。木月の話を聞いていると、そのどちらでもあり、どちらでもない気がする。
ともあれ、真価が問われるのは起業後。ファンクリックス株式会社の設立は、2009年6月23日1号店開店はそれより4ヵ月遅れた10月のことである。

3年で5店舗。目標は50店舗。

「今いちばん勢いのある経営者は?」そんな質問をすれば、誰の名前が挙がるだろうか?
木月の同年代にも有能な経営者が数多く、すでに表舞台に登場している経営者も少なくない。そんなタレントに恵まれた世代のなかでも、木月は異色の光を放っている。
「飲食の経験がないんです」。そう言われるとなるほど、と合点がいく。木月にいわせれば、「飲食は起業する方法の一つ」にすぎなかった。
「いつか格好いい店を出すことを考えていた」という一言にも、当時の思いが凝縮しているように思える。
しかし、1号店オープン以来、3年で5店舗の人気店を育てるなかで、木月の考えも少しずつ進化してきた。
「最初は、格好いいことをするためだったんです。そのための資金と信用を獲得するのが1号店、2号店出店の目的だったんです。でも、それだけじゃ従業員もついて来ない。信用も付かない。それが分かって、考え方を改めました。私が飲食を通してしたいことって何だろうと。そう考えると、格好いい店をつくることでも、私が格好いい経営者になることでもなかったんです」「どこまでできるかわかりませんが、日本の優れた食文化やサービスを海外に移植し、グローバルスタンダードにすることだったんです」。もちろん、その一方でスタッフのことも全力で考えている。「みんなのためにもちゃんと出店していこうと。それで今、みんなで目標を立て、5年後50店舗を目標に掲げているんです」。
言葉だけじゃなく、9月には6店舗目もオープンする、他社の店舗も研究し、「いいものがドンドン取り入れていきたい」と貪欲だ。
まだまだ若く、キャリアは3年にしか過ぎない。それでも木月は、高い可能性を感じさせてくれる。先ほどの質問を少しかえて「いちばん期待したい経営者は?」そんな質問にすれば、間違いなく木月の名も上がるはずだ。
「50店舗」「海外」、この2つのワードをどのように実現するか、そのプロセスまで楽しみにしたいと思えるような、若き経営者であることは間違いない。木月はどんな、彼らしいスタンダードを私たちにみせてくれるのだろうか。

思い出のアルバム
 
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