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第347回 民権企業株式会社(四川飯店) 代表取締役社長 陳 建一氏
update 13/02/05
四川飯店
陳 建一氏
民権企業株式会社(四川飯店) 代表取締役社長 陳 建一氏
生年月日 1956年1月5日
プロフィール 日本の四川料理の父と言われる陳建民と日本人の母の間に生まれる。幼少の頃から父の背中をみて、料理人に憧れる。東京中華学校、玉川大学文学部英米文学科卒業後、父建民の下で本格的に四川料理の修行を開始。1993年から放映された「料理の鉄人」に登場し、お茶の間でも話題の人となる。ちなみに、「料理の鉄人」では17連勝の記録ホルダーである。現在は、四川飯店グループのオーナーシェフとして後進の指導にあたっている。
主な業態 「四川飯店」「スーツァンレストラン 陳」「陳 建一の麻婆豆腐店」
企業HP http://www.sisen.jp/

TVで出会った「鉄人」。

陳さんに初めてお会いしたのは、もう20年ほど前。黄色いコスチュームで身を包み、決まって片手に中華包丁を握っていた。「料理の鉄人」というTV番組で、「中華の鉄人」役はずっと陳さんだった。調べてみると94戦68勝23敗3分、勝率72.3%というスコア。改めて、陳建一の実力を知ることになった。だが当時は、勝ち負けとは違ったところで陳さんに魅了されていた気がする。勝負に勝って、ホッと胸をなで下ろすシーンや、たとえ敗れたとしても相手の勝利を喜んでいる様子に、何度も接したからだろう。
今回、改めて陳さんにお会いし、お話を聞くことで、ブラウン管のなかの人柄が造られたものでないことがわかった。「愛嬌がある」、一言でいえばそうなるのだが。さて、今回は、中華の鉄人、陳建一氏にご登場いただき、その言葉に耳を傾けた。

父は、魔法使い。

陳氏が生まれたのは1956年1月5日。父はご存知の通り、日本の四川料理の父と呼ばれた陳建民氏である。建民氏が考案したエビのチリソースや麻婆豆腐は、いまや私たちの食卓をにぎわすようにもなっている。
「父の仕事場が、遊び場だったね」と陳氏。
父が中華鍋をふる。もくもくと湯気が立ち上る。中華包丁の音が小気味いい。食材が煮られる音。揚げられる音。料理人たちが交わす言葉。少年は、調理場の喧噪のなかで、食材と会話し、盛り付けられる瞬間の、料理人の声なき歓声を聞いていたはずだ。
「ほんとうはいけないんだぞ」と言いながら、出来上がったばかりの料理の味見をさせてもらったことも幾度かある。食べるのが好きだったこともあったが、陳氏が料理に興味を持ち、調理場を離れなかったのは、大好きな父の姿を近くで観ていたかったからだろう。
「まるで魔法みたいだったよね」と陳氏は振り返っている。学校のどんな勉強より、「料理」が好きだった。とはいえ、「子どもの頃から、将来は料理人になると決めていたのですか?」と質問すると、「いやぁ、それは違う。あの当時はみんなプロ野球選手でしょ」とさもそれが当然のように答えている。ちなみに、「フカヒレの姿煮」は小さいながらに「旨い!」と思ったそうだ。「生意気なガキだよねぇ」と付け足すことも忘れない。

父の動きを観て、料理の匂いを嗅ぎ、食材の音を聞く。そうして、鉄人は生まれた。

父の跡を継ぎ、料理人になろうと思ったのは高校生ぐらいから。玉川大学文学部英米文学科を卒業し、すぐに建民氏の下で本格的に四川料理の修行を開始している。
「うちの父は手取り足取り教えてくれるわけじゃないんだよね。とにかく、観ろ、匂いを嗅げ、音を聞け、なんです。混ぜ方や調味料を入れるタイミングなど、観ることでインプットし、真似ながらアウトプットする。同じようにならなければ何が違うのかを考える。そうした繰り返し。昔から料理本はありましたが、理論で料理はできないんだよ。料理人は音を感じること、食べること、そして料理をすることで初めて実力が付いていくんだ。ぼくは、そう思っている」。
陳氏はまじめに父を、真似た。しかし、一方で料理人の縦割りの、ともすれば理不尽な世界に違和感もあったという。陳氏は37歳で「料理の鉄人」に抜擢されているが、大学を出て15年。料理の世界では、ほかにもベテランは大勢いる。だが、この時すでに料理人として実力は広く知られ、四川料理の名店「四川飯店」の経営者としても、名をとどろかせていた。だからこその抜擢なのだろう。すでに「四川飯店」の社長となっていたのは、1990年、父建民氏が永眠したからである。

日本の四川料理の総帥として。

「四川飯店」といえば、四川料理はもちろん中華料理を代表する名店である。1990年、父からこの名店を引き継いだ陳氏は、改革を始めた。違和感があった料理人の世界を陳氏なりにかえてみようという試みだった。まっさきに行ったのは、調理場の空気を入れかえることだった。
「いろんな考えかたの人がいる。だから、ぼくが正しいというわけじゃない。でも、なんでもそうでしょ。リラックスした状態じゃないといい仕事はできない。だからね。うちの店では、怒鳴っちゃいけないの。といっても、怒鳴っちゃうこともあるからさ。社長のぼくが怒鳴ると1万円の罰金。息子にも経営を任せているので息子も1万。料理長も責任者だから1万、あとは5000円(笑)」。
「だからって、気を抜いているわけじゃないよ。そりゃ、うちの調理場は緊迫していますよ。そうじゃなきゃ駄目です。でも、怒鳴り声ばっかりじゃ、みんな萎縮してしまっておいしいものなんてできっこない。だって一所懸命作っても、上司に怒られないように、怒られないように懸命に作った料理をおいしいと思いますか?」。
なるほどそうだな、と思う。
ちなみに、陳氏の店では調理場もフルオープンということだ。「見せて」といえば、ズカズカと調理場に潜入することができるらしい。
インタビューのあとに、「みるかい?」と言って案内してもらったが、調理場に入ったとたん、「いらっしゃいませ」という声のシャワーを浴びせられた。仕込みの最中にも関わらず、全員が笑顔でこちらを向いてくれる。「言うは安く行うは難し」。みんなが笑顔で仕事をしている。こういう風にいうと怒られるかもしれないが、調理場全体が陳氏とおなじ雰囲気を持っていた。

料理はセンス?

せっかくなので鉄人に、料理についても伺ってみた。「大事なのはセンスだね。センスがあるかないか、それはスグにわかる」。もう少し違った答えを期待していたが、「センスのあるなし」という言葉に陳氏のプロフェッショナルとして冷酷な一面をみた気がする。 
だからといって、陳氏はセンスのある人だけを求めているわけではない、とのこと。「すべての人が抜群のセンスを持っていたらたいへんだ。全員、凄いセンスの持ち主なら、うちの店からは、みんないなくなっちゃうよ」と笑う。
センスのあるなしで何かを測ろうとするこちらの意図が無意味なことだと教えてくれているようだ。
「センスの良し悪しは料理を作るうえでたしかに大事なことだけど、いちばん大事なのは、やっぱりお客様に喜んでもらえるよう、一所懸命、料理をすることなんじゃないかな。ぼくらはいいエンジンを持っている。でもガソリンがなきゃ走らない。そのガソリンって、ぼくはお客様が『おいしい』と言ってくださったり、笑顔で食べていただいたりすることなんだと思う。いくらセンスがあっても、それがなきゃ料理人は務まらないし、料理人じゃない。ぼくは料理人もすべてサービスマンだと思っているからね」。
「でも、喜んでもらうって難しいよ。ぼくだって、ずいぶんミスをする。最近はちょっとだけになったけどね(笑)」。

料理はギャンブル!

社長になって22年になる。店だけではなく、さまざまなシーンで料理を提供してきた陳氏である。
「出張で200人ぐらいのパーティーで料理することもあるの。そんな時、子どもがいるとするでしょ。すると子ども用の注文があったかどうか気になっちゃうんだよね。で、注文されていなかったら、子どものところにいって、『チャーハン食うか』って。そりゃ、うれしいよ。ジブンだけのオリジナルだよ。俺だったらうれしい。もちろんお代は取らない。その子の、そのお客様の笑顔がみたいだけだから」。
こんなエピソードにも陳氏の横顔が透けてみえる。
だからって、こちらが「良し」と思ってやったことが、すべて正解ではないそうだ。陳氏のいうミスのことである。だから、料理はギャンブルなのだともいう。「ギャンブルにたとえるのは良くないかもしれないけど、実際、どうすれば喜んでもらえるか。ぱぁーっと笑顔が咲くような瞬間ってあるでしょ。どうすれば、そうなっていただけるか。これはね。チームのみんなで考えなくっちゃいけないことなんだ」。チームとは調理もホールも、含めたスタッフ全員を指している。
「いくらおいしい料理だって、おおけりゃいいってもんじゃない。だから、たとえば料理を残されているお客様がいれば、ホールの人間はそれをすぐに調理に伝えてほしいんだ。そういうチームワークがあって初めて、店は機能する。じゃぁ、ちょっと量を減らそうか、となってね。まぁ、賭けみたいなもんだから、失敗もあるけれど、店全体がお客様のために機能する。これはとても大事だし、うちのお店ではそれを追及している」。
もちろん笑顔を勝ち取るための、ギャンブルに勝利することも。それが料理を提供する者たちの「志」ともいえるからだ。

料理人の「志」。

もう息子の代だと陳氏は言う。まだ60歳手前で、料理人としては引退を考える年代ではないが、店の経営は委ねていきたいということなのだろう。
とはいえ、まだまだ行動力は抜群だ。インタビューをさせていただいた日のスケジュールを聞いて唖然とした。
「今日は、3時半に起きたんだよ。それで5時からゴルフして、8時に終わったでしょ。それにさっきまで撮影が入っていて、このあと宴会が入っている」と、それが日常のように口にする。
ちなみに、ゴルフは大好きで、自ら「うまいよぅ」というぐらいの腕前だ。
「息子には、それほど多く注文する気はないんだけど、2つだけ守ってほしいと言ってある。ひとつは味をかえないこと。うちは調味料ひとつ、親父の代からかわっていないから。でも、時代によって、これは少しは、かえないといけないかもしれない。だけど、『志』は忘れないでやってもらいたいね。これだけは絶対、大事なことだから」。
「志」。これは、たぶん息子さんにだけに対する注文ではないだろう。料理を生業にするすべての人に向けられたメッセージに違いない。
料理人といえば、ストイックな人をイメージしていた。陳氏とお話をさせていただいて、その思いはいっぺんした。「相手を喜ばせようと言うサービス精神」。これこそが料理人の魂であり、武器でもあり、「志」だと教えられた気がする。
すべてのお客様に満足して帰ってもらう。料理人の本来のミッションはそれに尽きる。

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