株式会社ホノルル コーヒー ジャパン 代表取締役社長 藤尾英雄氏 | |
生年月日 | 1980年6月12日 |
プロフィール | 天神橋商店街でも有名な大阪市の天満生まれ。株式会社フジオフードシステムの創業者であり、現代表取締役である藤尾政弘氏の長男。大学卒業後、株式会社フジオフードシステムに入社。2012年2月、株式会社ホノルルコーヒージャパン設立時に、同社社長に就任する。 |
主な業態 | 「ホノルルコーヒー」 |
企業HP | http://honolulucoffee.co.jp/ |
藤尾は1980年6月12日、大阪市天満に生まれる。姉と弟の2人姉弟。父はすでに述べた通り、(株)フジオフードシステムの代表取締役、藤尾政弘氏である。
「もともと父の実家が、大阪の天満で『大衆食堂』を営んでいたんです。父は小さい頃から、この店で育ちます。昭和54年、1979年『藤尾実業』を設立し、キッチンバー『エスカール』を大阪梅田のお初天神にオープン。正確には、この店がグループ1号店です。今年、2013年で34年目になります」。
(株)フジオフードシステムといえば、「まいどおおきに食堂」や「串家物語」などが有名だが、「まいどおおきに食堂」の1号店、「森町食堂」が生まれたのは昭和63年、1988年のことである。ホームページをご覧いただければわかるが、それまでの9年間に政弘氏は実にさまざまな店舗をリリースされている。
藤尾が生まれたのは1980年だから政弘氏が独立起業して1年目のことである。父、政弘氏がもっとも多忙な時期に生まれたと言ってもいいだろう。幼い当時の様子を伺ってみた。
「「生まれて3歳まで天満で育ちました。小さな頃の私は、大人しく目立たない少年でした。コツコツと勉強するようなタイプです。幼少の頃には、母が運転する自転車の後ろに乗って商店街を回っていたのを覚えています。父は、仕事中は厳しい人ですが、家では優しく怒られた記憶はほとんどがありません。良くキャッチボールをしてくれました。物心ついた頃には、もう20軒くらいになっていて毎日現場に立たれていましたから、忙しくてしかたなかったはずですが、時間の合間をぬって私との時間を作ってくれていたのだと思います」。
忙しい日々を送る父のもと、藤尾も日に日に大きくなっていく。 「高校からサッカー部に所属し、毎日、ボールを追いかけていました。大学に入学した後もサッカーを続けようと部活に入ったのですが父から『プロのサッカー選手を目指すか、家業を継ぐか考えろ』と言われるまでになりました。家業を継ぐことは小さな頃から頭にあったんですが、まだ大学生になりたての頃ですから『なんで好きなサッカーを辞めなあかんねん』と、はじめて父に反発しました」。
プロのサッカー選手になるのはハードルが高いし、むろん現実的ではない。とはいえ与えられた選択肢が極端すぎる。反発したくなる気持ちはわからないでもない。ただし、このとき藤尾は父の意図をくみとり「家業を継ぐ」という現実的な道を選択することになる。後悔はしていない。アルバイトではあったが「早くから現場に入ったことが、いまの財産になっている」とも言っている。
政弘氏から教わったことはなんですか。そんなインタヴュアーの問いに藤尾は、間髪入れずに「自分で出来るようになる必要はない。出来る人を近くに惹きつけられるような人になれということ」と答えている。そのためには人の気持ちが分かるような人になれという事を教わりました。その教えは今も変わっておらず、「どんなメンバーにも良いところが必ずある。それを見つけて力を発揮できるステージを与える」ということを常に言われております。
政弘氏が、(株)フジオフードシステムを創業したときと、当然状況はかわっている。政弘氏自身は、子どもの頃から店のカウンター内で料理をつくり、創業時には自ら包丁を持っていたにちがいない。しかし、藤尾にとって料理づくりは、ある意味、不要である。
料理人の気持ちは理解しなければいけないが、自ら包丁を持つ必要はないというわけだ。
サッカーでいえばプレイヤーになる必要はないが、戦略・戦術を組み立て、チームを勝利に導くために各プレイヤーを動かす監督の役割ということになるのだろう。その経営学のイロハを政弘氏は、藤尾に叩き込もうとしていたはずだ。
自ら包丁を握ることなく料理人の気持ちを理解し、自らホールに立つことなくホールスタッフの気持ちを理解する。これは困難なことだ。学生時代のアルバイトが財産と藤尾はいうが、たしかに学生時代の4年間がなければ、藤尾は現場を知らない裸の経営者になっていたかもしれない。政弘氏が、早くから経営者の意識を植え付けつつ、現場を体験させた意図もそのあたりにあるのだろう。
さて、大学を卒業し、藤尾が(株)フジオフードシステムに入社するのは、2003年のことである。(株)フジオフードシステムは前年の2002年に大証ヘラクレスに上場。大手フードカンパニーとしての体制を整えている。
「現在、直営、FCはおよそ半々」というが、FCビジネスを展開したことも同社にとって成長の大事な要因となっている。
いまや企業力はもちろん知名度も群を抜いた存在の(株)フジオフードシステムである。自らFCビジネスを展開してきたことはあるが、逆に「ジー」として、FC契約をむすぶとは思っていなかったのではないか。
そのきっかけになったのが、ハワイ旅行である。藤尾家では、毎年のように海外旅行にも出かけていた。ハワイは定番だったようで、年末年始は常夏の島で過ごすのが例年の行事になっていた。そこで出会ったのが「ホノルルコーヒー」である。そのおいしさにすっかり魅せられた。
「15年前になりますが、父がハワイに行ったとき惚れ込んだのが、ホノルルコーヒーです。それ以来、ハワイに行くたびに現地のホノルルコーヒーを訪れました。そして、日本でホノルルコーヒーが出来る事を待ち望んでいる人がたくさんいる。という信念のもと、展開の権利を求めて何度もアプローチをしたのですが、なかなか実現にはいたりませんでした。そんな中、色んなタイミングが重なったこともあり、ついに日本での展開の権利を獲得することができました。実に15年越しの夢が叶った瞬間でした」。
日本でFCビジネスを展開してきた(株)フジオフードシステムが、日本でのエリアフランチャイジーとなり、ホノルルコーヒーを展開することになったのは、このとき。正式にマスターフランチャイズ契約を締結したのは2012年1月のことである。
すでに入社して10年あまり、(株)フジオフードシステムで地位を確立していた藤尾が、このビジネスの指揮を執ることとなった。
「ホノルルコーヒーは、子会社として本体とは切り離してスタートしました。『まいどおおきに食堂』に代表されるような日本食と一線を画した展開を想定していたからです」。
むろん100%子会社である。
ところで、ホノルルコーヒーとの契約では、わりあいと自由度があるようだ。
「コーヒーはすべて向こうとおなじメニューで展開しています。ただ、フードに関しては、向こうにもケーキがあるんですが、日本流にローカライズさせてもらっています。パンケーキなどが良い例です」。
パンケーキにはいろいろな種類があるらしく、グルメサイトでも高得点を獲得している。個人的には「マカダミアナッツクリームパンケーキ」1000円に食指が動く。
ともあれ、先を急がず契約締結後に話を戻せば、その年の、つまり2012年の2月に株式会社ホノルルコーヒージャパンを設立。その年の4月、東京・お台場にホノルルコーヒー1号店がオープンする。2013年4月には大阪にも1号店をオープン。2013年7月現在では、26日に渋谷区神宮前にオープンする表参道店が7店舗目となり、これが最新の店舗となる。当面の目標は5年後までに東京・大阪・名古屋各エリアへ80店舗出店するということだ。
「コーヒー」のマーケットを考えれば控えめな数字と言えなくもないが、一方で競合が多いのも事実である。このあたり藤尾はどのように考えているのだろうか。
「いまの日本には、海外発のコーヒーショップが数多くあります。そのなかで後発のホノルルコーヒーが成功を収めていくには、他店との差別化がカギになります。ホノルルコーヒーには、ハワイというわかりやすいコンセプトがある。ハワイは日本人にとって非常に身近な存在という事もあり、コンセプトが他に比べて伝わりやすい。その分、いわゆるハワイアンの店はたくさんありますが、ホノルルコーヒーは店づくりやメニューだけでなく、店のトータルバランスとしてコンセプトを追及しております」。
たしかに店舗をみればハワイが前面に打ち出されている。コナコーヒーはもちろんパンケーキに至るまでが、ハワイという南国を想起させる重要なアイテムとなっている。ともかく店内に入れば、南国の気分になれるから不思議だ。キーカラーとなっている濃いグリーンもいい。ロゴとなる、オリエンタルな雰囲気の女性のイラストにも南国ムードが漂う。その女性が髪にさしている赤い花は、「ハワイ州の花ハイビスカス」ということだ。
さて、(株)フジオフードシステムのなかにあっても、(株)ホノルルコーヒージャパンの役割は大きいようだ。「子会社化したことで、ホノルルコーヒー独自のブランディングが可能なことはもちろんなんですが、今後の海外戦略においてもメリットがあると思っています。グループという観点からみれば、相乗効果を期待することもできるのではないでしょうか」。
(株)フジオフードシステムにおいて、藤尾は次期社長という存在であり、現在は、営業本部長という肩書である。だから、いまは両睨みという立ち位置である。
大阪の天満という人情味あふれる小さな街から生まれた、大きな企業。やがて海外にも大きな花を咲かせるに違いない。その花が割烹着のような大衆の花であっても、赤いハイビスカスであっても、いずれでも気持ちのいいことだと思う。
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