株式会社タカラダイニング 代表取締役社長 佐藤則益氏 | |
生年月日 | 1981年6月4日 |
プロフィール | 東京上野に生まれる。3人兄弟の長男。父は不動産事業を営み、現在も都内で多くのビルを所有している。東洋大学法学部を4年間通ったが早く飲食の道へ進みたいと、父の会社が経営する「海鮮居酒屋」に勤めたのが、飲食のスタート。以来、飲食一筋に生きる。「刀削麺」の旨さに衝撃を受け、現在「刀削麺荘 唐家」2店舗を経営。直営、FC合わせ、数年のうちに国内100店舗体制を整えていきたいと鼻息も荒い。2013年現在で、まだ32歳の若手敏腕経営者である |
主な業態 | 「刀削麺荘 唐家」http://www.kara-ya.com/ |
企業HP | http://www.takaradining.co.jp/corp1.html |
「刀削麺」が注目され、ブームのきざしが表れはじめたのはいつ頃からだろう。「ラーメン」でも「うどん」でもない、あたらしい食感と薬膳の香り豊かな味わいが、多くの人を魅了する。「『刀削麺』は、もともと中国の山西省が起源で、小麦粉のかたまりを特殊な包丁で削りとばし、一気に茹で上げる麺料理の一つです」と今回、ご登場いただく(株)タカラダイニングの佐藤社長。
「近年になって麺を削るロボットまで開発されました。中国では日本のヒーローを模したロボットもあるようで、麺を削って飛ばすパフォーマンもできますので、これはこれで一つのエンターテインメントだと思って導入しました。もちろん日本初です(笑)。もっとも、それで注目されても、味が2流だとダメ。薬膳とも言われるようにたっぷりの香辛料や漢方薬、胡麻が入り、健康にもいい。それが本来の『刀削麺』なんです。そこを追及してきたいと思っています」。
「刀削麺」は、TVで観かけた人もいると思うが、佐藤社長がいうように小麦粉のかたまりを「く」の字に折れ曲がった刀で、茹で釜に削りとばすエンターティナー性も高い麺料理の一つである。
この「刀削麺」は、1994年、香川県と陝西省が友好都市となった際に催された「日中麺文化交流会」で最初に紹介されたが、そもそも日中の麺の交流の起源ははるか昔にさかのぼる。
「日本にうどんを紹介したのは、空海(弘法大師)と言われています。遣唐使として、当時、中国の中心だった長安(現在の西安/陝西省)で学んだ弘法大師が持ち帰ったのが讃岐うどんの始まりと伝えられており、空海の出身地でもある香川県と陝西省が、友好都市宣言をする際、日中の麺文化の交流会を開催したというわけです」。
このとき、陝西省を代表し、日本に来た「刀削麺」の第一人者が、現在、佐藤氏のパートナーを務めているということだ。
「最近、『刀削麺』を出す店をみかけるようになりました。といっても、まだ全国で200店舗ぐらいですが、少しおかしな方向に向かっているような気もしなくはないんです。というのも、人気だからというだけでメニューに入れ、本来の味を追及していないお店が少なからずあるからです。なにより、うちのパートナーは『刀削麺』の第一人者ですから、どこで食べられるにしても、『刀削麺』を食べてガッカリされるのは、つらいんです」。
「だから『刀削麺って、いうほどおいしくない』と思われた人には、『ぜひうちに一度、いらしてください』と言いたいですね。『刀削麺』の薬膳の匂いが香り立つ本来のおいしさを堪能いただけるはずです。今年は、『冷やし刀削麺』もやっています。これも、おいしいですよ」と佐藤は笑う。では、佐藤は、どのようにして「刀削麺」に魅了されたのだろう。
佐藤社長と「刀削麺」の出会いは、それほど古くはない。
「あるとき、『刀削麺』を食べるチャンスがあり、食べてみると衝撃が走りました」と佐藤社長。すでに、大学を中退し、父の下で経営者の修業をしていた時のことである。
「父は不動産会社を経営していまして、自社で所有するビルに海鮮居酒屋を2店舗持っていました。企業経営を学ぶ傍ら、現場を知るためにその店でアルバイトをはじめたのが、私の飲食のスタートです。それ以来、飲食一筋にやってきた私が衝撃を受けたほどですから、『これは、いける』と。それで早速、いまのパートナーでもある『刀削麺』の第一人者とコンタクトを取り経営権を手に入れて、現在、秋葉原と錦糸町に『刀削麺荘 唐家』を出店するに至っています」。
ちなみに佐藤社長が生まれたのは、1981年6月4日。インタビューさせていただいた2013年で、まだ32歳の若き経営者である。
少し、佐藤社長のプロフィールに触れると、生まれは東京の上野。男ばかりの3人兄弟の長男である。小さい頃は「お山の大将」で、みんなを引き連れていたそうだ。スポーツも、勉強もでき、スポーツでは、小学の時に剣道、中学でテニス、高校から野球をはじめてレギュラーの座を獲得している。
「千駄木小学校という学校に通っていたんですが、おなじ登校班にあの北島康介選手がいました。もっとも1年下でしたが、いっしょに登校していたので知っているんです。当時から、レベルがぜんぜん違いました」と小さな頃の記憶をたどる。
大学は東洋大学法学部に進んだ。「企業の法律を勉強しました。この頃から、もう経営者になることを想定していました」。
そして、父が経営する海鮮居酒屋に勤めることとなる。それが飲食のスタートであることはすでに書いた通りである。
最後に、今後の展開についても話をうかがってみた。「そうですね、無理やりというのは好きじゃなんで、地に足をつけてがんばっていきたいですね。ただ、『唐家』は、無理しなくても100店舗はいけると思っています」。あくまで100は想定内の数字ということか。
「海外でも、もちろん通用します。うちの店にも海外の人がたくさんおいでになって、好評をいただいていますから。すぐにはもちろん無理ですが、海外進出も念頭に入れています」。
たしかに、「刀削麺」は中国生まれ。すでに国際化が進んでいるといえる。
「たとえば、うちの店の秋葉原店は、15坪の小さな店ですが、1坪あたり30万円を売り上げています。オープンして10年間ずっと、です。カウンターだけで、麺だけの店です。一方、錦糸町のほうは、『刀削麺』だけではなくメニューも豊富です。この2つが今後出店する際の基本的なパッケージになると思います」。
「たとえば居抜きでやる場合、小さな店なら前者です。FCの方が、小資本で始めることも可能です。サービスエリアからはすでに引き合いがあり、ショッピングモールのフードコートにも進出できると思っています。一方、メニューも豊富な大型店のほうでは、郊外型の店舗の居抜きを利用する手もあると思っています。薬膳ですから、健康にも良く、ヘルシーであることをもっとPRすることで、女性客にもますます楽しんでもらえると思っています」。
ロボットの話も気になるので、伺った。
「錦糸町でがんばってくれているロボットくんは、中国からきました。いま、ある会社と相談して、日本製のロボットをつくってみようと思っています。みているだけで楽しいですし、実際、職人より精密に削ってくれますので(もちろん文句もいわずに…)、錦糸町の様子をみて、全店に導入していく予定です」。
たしかに、ロボットくんの仕事ぶりを映像でみたが、優れたパフォーマンスである。すでに、中国では日本のヒーローを真似たロボットが作成されているようだが、全国展開していくうえではご当地キャラのロボットを作成するのも、おもしろいと思った。
「刀削麺」、まだまだブームはこれからである。「刀削麺」の第一人者と、若き経営者がタッグを組んで、100店舗といわず、どこまで「刀削麺」を拡大できるか、その手腕に期待したいところである。
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