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第434回 株式会社タウンクライヤー 代表取締役 嶋 啓祐氏
update 14/05/26
株式会社タウンクライヤー
嶋 啓祐氏
株式会社タウンクライヤー 代表取締役 嶋 啓祐氏
生年月日 1963年5月23日
プロフィール 北海道砂川市生まれ。明治大学卒後、リクルートの関連会社である東京リクルート企画を経て、電通国際情報サービスに転職。人事部で10年以上、敏腕をふるう。2001年、本格的なブリティッシュパブを立ち上げ起業するとともに、飲食店のアドバイザー、企業イベント、地域商品開発等のコンサルティングなどに従事。「All About」でフレンチのガイド役を務めるほか、2010年3月「婚活バカ矯正講座」を小学館より出版するなど、多彩な顔を持つ。2012年から島根県の観光大使、2013年からは島根県雲南市PR大使も務めている。「ビストロ リヨン」、「ビストロ マルセイユ」、「タウンクライヤー日比谷」のオーナーでもある。
主な業態 「ビストロ リヨン」「ビストロ マルセイユ」「タウンクライヤー日比谷」
企業HP http://www.towncryer.jp/
Facebook https://www.facebook.com/keisuke.shima

北海道砂川市、生まれの少年。

北海道砂川市は、札幌市と旭川市を直線で結び、その線を二等分したような場所に位置する。炭鉱町、そして上砂川や歌志内に行く起点として古くから栄えた町で、嶋家は曾祖父の代から移り住み、駅前で旅館を経営されていた。
この駅前旅館に、嶋が生まれたのは1963年のこと。市のHPを調べると、嶋が生まれる数年前の、1959年に人口が3万2495人となり、これが市制開始後の人口のピークということだった。
嶋家が経営する旅館も、炭鉱の町とともに衰退したはずだが、それでも数年前まで経営を続けられていたそうである。
しかし、ご両親は、3人の子どもらには「早く町を出られるように」と言われていたらしく、長男である嶋も家業を継ぐことなく、明治大学への進学に合わせ東京に出てきている。

明治大学に進学。

「中学からサッカーをはじめ、高校の2年まで続けていました」と嶋。
それ以降は、勉強に精をだした。「ただし、いくつか受験したものの、合格したのは明治だけ」といって笑う。
「学生時代は、とにかくアルバイトに明け暮れた」と嶋。その言葉通り入学式を済ませた翌日から弁当屋でバイトを開始している。「渋谷の大衆キャバレーとか、スキーのインストラクターもしました」。
ちなみに、高校時代の得意科目は、英語と世界史。All Aboutのプロフィール欄を観ると趣味・特技として、「洋食調理と日本神話探求」が挙げられていた。

マルチなタレントの持ち主、経営者嶋ができること。

1986年、明治大学を卒業した嶋は、リクルートの関連会社である「東京リクルート企画」に就職する。アルバイト誌のフロム・エーなどの営業を務めていた。もう、その当時には30歳で起業という目標も念頭にあったそうだ。
東京リクルート企画で1年2ヵ月営業を経験した嶋は、「電通国際情報サービス」に転職することになる。
電通国際情報サービスは、1975年に電通と米国のGEが共同で立ち上げた会社である。
「人事の枠がぽっかり空いたらしくて」と嶋。まだ23歳、経験よりも、将来を嘱望されてのことだろう。
「それから37歳まで勤務しました。電通の子会社でもあるわけですが、電通より先に上場も果たしました。上場を経験できたという意味も含めて、この会社に転職して良かったです」。
嶋が37歳ということは、2001年のこと。電通国際情報サービスを退職した嶋は、その年の10月「大手町サンケイビル」6階に本格的なブリティッシュパブを開業する。これが嶋の飲食人生のスタートである。
ところで、それよりも10年前、つまり1990年から嶋は、副業でブライダルコーディネーターや式場での司会、また式のビデオを撮影・編集し、販売していたそうだ。「だいたい1年で30〜40組を撮影しました」と嶋。
多彩なタレントを発揮するのは、この頃からだろうか。ともかく、多彩。いまの現在の話になるが、All Aboutで行っているフレンチのガイドもそうだが、今度、島根県雲南市が作成する、カレンダーのデザイン、コピーライティングも社長業のかたわらで行っている。これ一つからも、マルチタレントぶりが伺い知れようというものだ。
1985年、フランス旅行でワインとフレンチにのめり込み、独立した2000年には、「フランスワイン完全ガイド(小学館)」も監修出版している。ちなみに、これらすべての経験が、ブリティッシュパブの開業につながったことはいうまでもないだろう。

1号店、オープンから14年。東京の真ん中で、人気店を経営する。

「大手町サンケイビル」。新参者がそうそう簡単にテナントとして入ることができるビルではない。ちなみにサンケイビルのHPを観ると、個性的なレストランが軒を連ねていた。
「うちは、NTTデータさんからのサブリースで入れてもらいました。モバイル端末のショールームを開設されようとしていて、うちの店のコンセプトがマッチしたんだと思います」。
オープン当初から人気で、業績は好調だった。2年後には、神谷町に2号店をオープンさせている。
「2店舗とも、オープンから快調な滑り出しでした。ところが、1号店が立ち退きに合い、いったん神谷町店の1店舗のみになってしまうんです。そののち、日比谷に『タウンクライヤー』をオープン。縁あって、再度、大手町に『ビストロ リヨン』をオープンさせることができました」。
さらに、知人の食堂を引き取るかたちで茅場町に「ビストロ マルセイユ」をオープン。40席しかないにもかかわらず、ランチだけで140食がでるモンスター店舗となる。
むろん、すべての時期において順風満帆だったわけではない。2号店である神谷町の店は、リーマンショックの後に閉店した。外国人が減ったからだそうだ。
開店があれば、閉店もある。
考えるまでもなく、これは当然のことで、街の新陳代謝の一つの事象でもある。
そのなかで、経営を続けるのがいかに難しいかは、多くの撤退する店舗が物語っている。
撤退店はあったものの、それでも嶋は、日本で最も新陳代謝が激しい東京のど真ん中で、すでに14年、飲食事業を継続させている。
それだけでも頭が下がってしまう。

地方をPR。島根県、観光大使を皮切りに、地方を応援することが目標になった。

今後の目標についても伺ってみた。一つは、調子の悪い飲食店などのプロデュースだという。港区、千代田区、中央区が今後も、いちばんの活動エリアとなるそうだ。その一方で、地方のPR、アンテナショップ的なミッションも担おうとしている。すでに、島根県の観光大使を務め、同県の雲南市ではPR大使を務めている。
「島根県の観光大使を務めてから、3年間で350人の人を島根に連れていきました」。生まれ故郷である北海道からも誘いがある。「北海道のある市の副市長がいらっしゃって、相談に乗らせていただきました」。
「実は、5万人以下の街でも、東京で簡単にPRできるしくみをもう考えてあるんです」と嶋。
地方と都市をつなぐ。飲食の新たなキーワードはこれだ。ただし、嶋が考えるのは、食材だけの話ではない。むしろ、嶋が目指すのは文化的なPRや交流なのではないか、という気がする。
そういえば、島根は日本神話の国でもある。
日本神話の探求が趣味という嶋にとって、たとえば島根県との付き合いだけとってみても、これは、仕事だけの関係ではないな、という気がする。
その広い視野、深い洞察と探究心もまた、嶋の多彩な才能の一部なのだろう。ありあまる才能を発揮し、仕事を楽しんでいる、そう言っては、怒られてしまうだろうか。

思い出のアルバム
 
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