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第516回 株式会社マルリュウフードサービス 代表取締役 奥橋隆二氏
update 16/01/12
株式会社マルリュウフードサービス
奥橋隆二氏
株式会社マルリュウフードサービス 代表取締役 奥橋隆二氏
生年月日 1982年
プロフィール 高校時代、大学進学を目指し、予備校を通っている時に父親が脱サラし焼き鳥屋をオープンする。その店の立ち上げからか関わったことで、飲食に興味を持つ。一時、スノーボードで食べていくことも考えたが、ニュージーランドで現実を見せられ、飲食一本に絞り、修行を開始。途中、バイクにテントを積み、日本一周をし、全国の様々な郷土料理を食べ歩き、大阪で出会った串カツに商機を見出し、2009年、「関西串カツ まるりゅう」1号店をオープン。2015年現在、店舗数は9店舗まで広がっている。すでに、新卒採用に着手。人材にかける思いも熱い経営者である。
主な業態 「関西串カツ まるりゅう」
企業HP http://maruryu.jp/

父親の脱サラ宣言。

「父親は航空部品の会社に勤めていました。私が生まれたのは1982年、兄と弟の男三人兄弟。小さい頃は超人見知りで、恥ずかしがり屋。人前には絶対に出られない子でした(笑)。
いまや兄弟全員、飲食の仕事をしていますが、元々は料理に興味がなく、まさか飲食の仕事をするとは思っていませんでした」。
奥橋氏だけでなく、兄弟3人ともサッカー部に所属。スポーツは得意で「体育の授業だけは燃えた」と言って笑う。
「中学校3年生のとき体育祭実行委員長をやらされ、そこで人前に出ることの楽しさを知ったような気がします。とにかくみんでワイワイやることが好きで、イベント事は燃えていました」。
小・中とサッカーに打ち込んだ奥橋氏だったが、高校では帰宅部で、学生生活を謳歌している。進学したのは男子校で、都内の中心にある高校。「アルバイト、スノボー、スケボー、サッカー、麻雀。仲間と遊びに明け暮れた生活をしていました。いまでも、『まさかお前が経営者になるとは思わなかった』と周りから言われます。(笑)」。
やればできるはずだが、勉強は好きなほうではない。だからと言って、大学進学以外の道もない。「そうですね。最初は普通に進学だと思っていました。予備校にも通っていましたから」。ところが、高校3年生で予備校に通っている時に父親が脱サラすると言い出した。
脱サラして何をするのかという問いに、父親は「やきとり屋」と答えたそうだ。

素人ばかりで、やきとり屋オープン。

「ある店のFCに加盟しました。本部が良心的だったのでそちらに決めたそうです。場所は東横線の日吉駅で、14坪程度の小さなお店。オープン時は、私や兄はもちろん、私たちの友達をアルバイトとして採用し、『わいわい、がやがや』サークル感覚でスタートしました」。
『わいわい、がやがや』。たしかに、元気は一杯だった。しかし、父親をはじめ全員素人。料理も接客もまったくやったことがないメンバーでスタート。「本部から社長が来てくださっていましたが、ほぼ全員が素人ですから、とにかくめちゃくちゃでした」。
お客様に叱られながらも、元気と笑顔で乗り切り、次第にお客様も増え、月商300〜350万くらいは売っていました。
その後、奥橋氏は2年間この店で勤務した。
「ということは?」とふってみると。
「そう、大学進学はやめました。もともと大学進学にこれといった思いもありませんでしたし、行っても無駄に遊んでいたと思います」という返答。加えて「店で働いているうちに、飲食が好きになった」。この時になんとなく、将来自分のお店を持つことを考えていたのかもしれない。

スノーボードにはまる。

父のやきとり屋を卒業した奥橋氏は、趣味だったスノーボードにのめり込んでいった。
20歳の冬、新潟県にあるペンションで勤務したのも、スノーボードを極めるためだった。かなり真剣だったことが伺える。
「住み込みで働きました。周りの奴らもみんなスキー、スノーボードのために来ていましたから、話も合うし、楽しかった。今でもいい思い出です。ですが…」。
この後、さらなる上達を目指して奥橋氏はニュージーランドに飛ぶ。
「しかし、ニュージーランドで現実を見ました。全然かなわないし、プロ選手でも食べていけるスポーツじゃないと知りました。そこで、完全に燃え尽き、辞めました」。
スノーボードでは先がない。なら飲食しかない。ここで決意をした。

「関西串カツ まるりゅう」、オープン。

帰国した奥橋氏は、様々な店を渡り歩いた。「修行という意味もあったし、マーケティングという意味もあった。大手チェーン店でも勤務したし、小さな個人店でも働いた。焼き鳥、手打ちそば、創作和食。様々な料理、お店の形を学びました」。
「食べ歩きもよくし、気になったお店があったら必ず行きました。いいと思ったことはメモ書きをし、記録していきました」。
途中、バイクにテントと寝袋を積み、日本一周の旅をし、全国の郷土料理を食べ歩いた。「この旅によって自分はこれから何をし、どうやって生きていくのかをじっくりと考えることができました」。
「串カツに出会ったのは、この頃の食べ歩きです。『これはいける!』と思いました」。理由はいくつかあるが、関東に広がっていなかったというのが大きい。さっそくシミュレーションを行い、2009年東急田園都市線「高津」駅徒歩1分の立地に1号店をオープンする。店名は「関西串カツ まるりゅう」
「とにかく使えるお金が少なかったから、居ぬき物件を借り上げ、厨房機器も中古、内装も、使える部分はそのまま使いました」。
綺麗なお店ではないが、関西っぽく、にぎやかな店に仕上がった。
そして、戦略も立てた。それが食べ飲み放題である。
「最初から食べ飲み放題を採りいれました。90分2900円(税別)。串カツ34種類などからチョイス頂けます」。むろん、飲み放題のドリンクも43種類前後。一品料理も、デザートも豊富な種類のなかから選択できる。
「より多くの中からチョイス頂けるプレミアム食べ飲み放題も用意しています。串カツだからできる戦略です。やるからには多店舗化を目指したい、食べ飲み放題はそのひとつ。利益を出す工夫もいるが、計算は立っている。この6年で店舗数は9店舗。展開しやすい形づくりを心がけています」。

開業を踏み出すキッカケ。

開業前の一時期、父親の運営する飲食店に戻り、新店舗の立ち上げを行っていた。
その時は、やきとり屋、手打ちそばなど、経営のことなんて何も考えずに、勢いだけで出店していたそうだ。
「案の定失敗しました。売り上げはしっかりと上がっているのに利益が出ない。開店してから3年程で閉店してしまいました。何も考えずに、感覚だけで出店した結果でした」。
そして、ここで大きな失敗をしたことが、経営を学ぶキッカケとなった。
「その経営を教わったのは、ある社長のブログ。始めて見たときは衝撃的でした。お金がない自分でもこれならいける!多店舗化も夢じゃない!すぐにでも起業したいと思い動きました」。
後日、父親に話をし、独立したい旨を伝えた。父親の会社を辞め、数カ月の期間を経て、「関西串カツ まるりゅう」をオープン。

新卒採用、独立支援、業務委託。様々な形を仕掛ける大胆さ。

ところで、「株式会社マルリュウフードサービス」はリクルートがリリースする新卒採用サイト「リクナビで2016」で新卒募集を行っている。直営店7店舗、FC2店舗だから、まだまだ早いという人もいるかもしれないが、それが奥橋氏の選択である。
「会社の成長のためには必要な取り組み。会社の成長は人材次第、様々な形を作り、採用の幅を広げていきたい」と言う。
「正社員は20〜30歳が中心、モチベーションの高いスタッフばかりなので、色々なことに挑戦していきます。将来的には全てを自社でまかなえるような形を作る。そのためにも採用、育成をしっかりと行い、基盤づくりをしっかりと行っていきます。そして、こんな自分でも、経営者になれるということを、みんなに示していきたい。大事な部分を押さえれば経営はできる。自分が持っているノウハウを全て伝えていき、経営者を輩出し仲間を増やしていく」。
「出店をしながらもブラッシュアップを繰り返す。軌道修正しながら、焦らずに確実に規模を大きくしていきたい」。
失敗を恐れず様々なことに挑戦していく、これからが楽しみな会社である。

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