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第53回 株式会社テイクファイブ 代表取締役 遠山和輝氏
update 09/07/28
株式会社テイクファイブ
遠山和輝氏
株式会社テイクファイブ 代表取締役 遠山和輝氏
生年月日 1968年、東京都生まれ。
プロフィール 学生時代からスポーツ万能で、高校からアイスホッケーに打ち込む。慶応大学卒業後は、商社・イトマン株式会社に入社。
外国為替のディーリングなどの仕事を経験し、その後、1993年に株式会社テイクファイブを設立。
焼肉店「まんぷく」や「十々」、イタリアン「レッドペッパー」など、現在6業態12店舗を展開中。10年以上も前に海外進出も果たしている。
主な業態 「まんぷく」「十々」「レッドペッパー」
企業HP http://www.take-5.co.jp/

6業態12店舗、“ネギ塩焼肉”のまんぷくやカジュアルイタリアンのレッドペッパーなどを展開

ネギタン塩・塩カルビが人気の焼肉店「まんぷく」や、カジュアルイタリアン「レッドペッパー」、オイスターバー&地中海料理「ぺスカデリア」など、海外を含め、6業態12店舗を展開中している株式会社テイクファイブ。
中でも「まんぷく」は、祖母から引き継いだ老舗ブランド。それまでタレ味がメインだった焼肉業界に“ネギ塩味”の新風を巻き起こしたネギ塩焼肉の発祥の店だ。近年では九州の佐賀牛を丸ごと“一頭買い”し、希少部位も揃えて人気の店だ。国内では東京の自由が丘や代々木上原、海外ではアメリカ・ロサンゼルスで展開している。地域密着型で近隣に住む家族客やカップル客、地域で働く人たちなどを集客している。
一方、同じ焼肉業態ながら「十々」は、焼肉の激戦区・西麻布で30年もの間、常連客を掴み続けてきた有名店。米沢牛・仙台牛などその時々で状態のいい牛肉を使い、濃厚な味のカルビやホルモン各種を堪能させる。また焼肉店では珍しく野菜にこだわり、洋食業界では有名な浅野ファームから有機の洋野菜などを仕入れ、生野菜や焼き野菜、茹で野菜などで提供している。圧巻はデザートのアイスクリームも全て手作りしているという。
平均客単価7500円の準高級店だ。
これらの焼肉業態を中心に洋食店なども展開しながら、家族的な会社“ゴッドファーザーカンパニー”を目指しているのが株式会社テイクファイブだ。


学生時代のアイスホッケーが私の原点。バリバリの体育会。

「私の原点は大学時代に所属していたアイスホッケー部です」と懐かしそうに話すのは、同社代表取締役の遠山和輝社長。幼少時代からスポーツが得意で、高校・大学時代はアイスホッケー部に所属していたという。
「高校、大学と体育会だったので、上下関係が厳しく、先輩には絶対服従。
一年生のときは本当に大変でした。今思えば、理不尽なことばかりでしたね」と笑みを見せる遠山氏。
 当時の遠山氏にとって、アイスホッケー部の人間関係はまるで社会の縮図。
学生の頃から厳しい環境で鍛えられたことで、タフな精神力を養うことができたという。
また みんな東京育ちのうまくない人のチームだったので、人一倍(馬鹿なくらい)練習すること、頭を使って勝つ方法を見出すことが重要視されていました。
実際に作戦駆使して自分たちよりも格上のチームに勝てたりすることがしばしばありました。
こういう経験から頭使えば何とかなる、努力すれば出来ないと思っていたことが出来るようになるという考え方が身に付いたと思っています。 「アメリカなんかまさにそれで、最初はまったく何もわかりませんでしたが何とかなりましたしね」(遠山氏)。


BSEが経営の危機だった。売上げが3割に激減!?

そんな遠山社長が会社を設立して飲食業に参入したのは1993年のことだった。商社を退社し、飲食業をスタートさせたきっかけは、遠山氏の家庭環境にあった。叔父がバーなどを経営していたことや、母親が焼肉店を経営していたので練習の合間に店を手伝っていたことが影響したのだという。「飲食店は一番身近な商売だった」と遠山氏は話す。
 最初にオープンしたのは、ビストロイタリアン「レッドペッパー」。社長自ら、店舗に2年間ほど出て、料理や接客、経営の実践力をつけていった。そして洋食ブランドを確立したところで、次のステージとして焼肉業態を展開するのである。
しかし焼肉店を出店してほどなく、飲食業界に激震が走った。BSE(牛海綿状脳症)問題である。遠山氏は当時を次のように振り返る。
「BSEの頃は本当に苦労しました。焼肉の売り上げが30%にまで落ち込んだのです。しかもそれが1年半も続きました…」。


「まんぷく」でアメリカに進出!今年も2店を出店!

当時、15店舗まで拡大していた同社だが、BSE後に5店舗の閉店を余儀なくされた。そして原点である既存の洋食店を見つめなおし、ありとあらゆることをやりました。
「味のブレやサービス、クリンネス…など、基本項目を中心にありとあらゆる点を改善しました。そうしたら、洋食の既存店の売り上げが上昇していったのです。“努力しただけ結果に表れるのだ”とその時に実感しました」と遠山氏。その後、BSE問題がひと段落すると、焼肉店の方も再び以前のような活況を取り戻した。
現在、さらなる飛躍を目指して邁進中の株式会社テイクファイブ。2008年11月にはロスアンゼルスに「寿司&炉端 HACHI(ハチ)をオープンさせた。さらに年内には東京に2店舗の出店を予定している。
同社の社員の平均年齢は30代前半。平均勤続年数が長く、10年以上勤務している社員も多いという。「レストランという仕事で人を幸せにすることを楽しいと思ってくれる、サービス精神旺盛な人材を幅広く募集したい」と、遠山社長は人材採用に意欲的だ。同社では現在、“テイクファイブファミリーの構成員”を随時募集している。

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