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第532回 株式会社鯖や 代表取締役 右田孝宣氏
update 16/04/05
株式会社鯖や
右田孝宣氏
株式会社鯖や 代表取締役 右田孝宣氏
生年月日 1974年9月3日
プロフィール 大阪市西淀川区出身。高校卒業したのち、魚屋に就職。23歳、貿易関係の仕事の話を聞き、シドニーに渡る。2年弱、シドニーで暮らしたのち、帰国し、ネットワークビジネスを開始するが、1年で全財産を吐き出す。結婚をきっかけに保険会社などに勤めたが、まったく芽がでなかった。30歳という節目に、飲食店の立ち上げを決意。シャッター通りだった商店街の、一つの店舗から、逆転劇が始まった。
主な業態 「とろさば料理専門店 SABAR」
企業HP http://www.torosaba.com/

大阪市西淀川区、生まれ。

今、注目されている「とろさば」を仕掛けたヒットメーカーである株式会社「鯖や」代表取締役、右田孝宣氏に登場いただいた。
右田氏は1974年、大阪市西淀川区に生まれている。2つ上の兄と双子の弟の3人兄弟。実家は代々続く、和菓子店だった。
「兄は、真面目な性格でしたが、私たち双子は小っちゃい頃から、やんちゃでした。2人とも好奇心が旺盛で、トラックのへりにつかまって信号から信号まで移動するなんていたずらもしょっちゅうしていました」。
次の信号で止まるはずが、運転手にとっては運よく青信号がつづき時速は80キロくらいになったこともあったそうだ。むろん、振り落とされれば大怪我必至である。
中学生になってもやんちゃな性格はそのままで、一言でいえば「ヤンキー」だったそうだ。もっとも、「ヤンキーといっても、うしろについて歩くだけの小ヤンキーだった」とこちらを笑わせてくれる。
やんちゃなぶん、運動神経も良かったそうで中学時代はバレーとサッカーを掛け持ちしている。
中学は3年で済んだが、高校は4年、通った。
「1年の時に、ダブってしまって」と右田。一時は、退学しようとまで考えたが、母と双子の弟の励ましで、無事、卒業できたそうだ。

苦手な魚を克服?

高校を卒業した右田は、水泳教室のインストラクターになった。卒業して1年くらい経った頃だろうか。19歳の時に、友人に誘われ、魚屋に就職する。
「もともと私は、魚が食べられなかったんです。魚屋の仕事は匂いもするし、からだもキツイ。最初は、すぐに辞めてやろうと思っていたんですが、友人の顔を潰すことはできない。ところが、だんだん楽しくなってきて、魚も見事、克服。お客様にお勧めするのも楽しくなってきて。そうなると、料理方法も探求するようになるから不思議です。で、私が魚を食べられなかった理由もだんだんわかってきます。うちの母親は魚の臭みを引き出す名人だったんです(笑)」。
22歳で、転職。同じ魚屋だが、規模が大きな魚屋に移った。
 だが、まだ若い。気持ちも揺らぐ時期である。
「転職したものの、このままでいいんだろうかって。将来が不安になる頃ですよね。その時、会社の後輩のお兄さんが、貿易関係の仕事をされていて、海外の話を聞いて憧れるんです」。
一言でいえば「かっこいいな」と思ったそうだ。それで、いきなり海を渡った。オーストラリアのシドニーへ、である。
英語ができなかったから、付け焼刃で対応した。高校の先生に頼み込んで1ヵ月半だけ英語を習っている。

シドニーにて。

付け焼刃の英語で、3ヵ月かけオーストラリアを一周した。向こうの環境に慣れるためである。職もみつけた。
「シドニーでは、寿司屋で勤務しました。魚もさばけますし、目利きもできます。けっこう重宝いただいて、2年弱のうちに、向こうでは社長の次のナンバー2になりました。その当時の社長とはいまだお付き合いがあるんですが、とてもエネルギッシュな方で、いまのうちのビジネスモデルの原点も、この社長から教わったと言えるかもしれません」。
大恩人だが、むろん、いい時ばかりではない。「いつか、退職しようと思っていたんですが、それが2年少しという時期になったんです。子会社の社長に、って話をもらい、それをきっかけに退職しました」。
シドニーの寿司屋を退職し、帰国。英語も多少だが、覚えた。ビジネスの仕組みも覚え、経営のノウハウも学んだ。ナンバー2にもなった。俺にできないことはない。
少し、鼻も高くなった。

給料、数万円。

「帰国してからも『社長になる』なんて発想はぜんぜんなかったんですが、就職することもなく、当時、流行っていたネットワークビジネスを開始するんです。むろん、失敗です。500万円あった貯蓄がゼロになっちゃいました(笑)」。
シドニーに行く前に付き合いはじめた女性がいた。「せっかく、付き合いはじめたのに、私は向こうに行ってしまって。一度、彼女がシドニーに来て、私が日本に戻って。それで、私が、帰国するわけなんですが、帰国してあっけなく仕事に失敗してしまって、めでたく彼女のヒモになりました(笑)」。
2人の間に子どもが生まれる。それを機に結婚した。同時に、心も改め、ヒモ生活から独立するため、生命保険会社に就職した。
「なんとか潜り込んだ会社だったんですが、成績は下から2番目。最初は固定給みたいなのがあるんですが、だんだん下がるんです。しばらくして、退職するんですが、その時は、ぜんぶで7万円くらいだったんじゃないかなぁ」。
双子の弟(現在、副社長)が経営していた、通信関係の代理店にも就職した。こちらでもまったく成績はふるわず、フルコミッションだから、給料はスズメの涙にもならなかった。
「今思えば、嫁さんはどう思っていたんでしょうね。真面目にやっていそうだけど、貰ってくる給料は数万円。それでも、愚痴一つ言いませんでした。彼女こそ、ほんとうの意味で、私の救いの神ですね」。

シャッター通りで差し込んだ一筋の光。

「30歳になるまで、そういう風に仕事を転々としていたんですが、30歳も節目の一つだと思って、はじめて飲食に目を向けるんです。たまたま地元の商店街にいい物件があって、嫁さんにお願いして、100万円を借りてスタートしました」。
飲食には、自信があった。オーストラリアでの経験もあったし、魚屋での経験もある。どうして、もっと早く飲食に目を向けなかったんだろうか。
「嫁さんも、仕事を辞めて、いっしょにはたらいてくれました。でも、そうすると、彼女の収入がなくなるわけで、もう背水の陣です(笑)」。
それでも、不安は「なかった」という。
「物件は、自転車に乗っている時に、ふと目にした物件で、シャッター通りの商店街のなかにあったんです。シャッター通りですから、居酒屋もなかったんですが、私は、逆にチャンスだと思ったんです。なくて、ふつうかもしれないが、あれば、どうなるか」。
シミュレーションは出来上がっていた。その通り、オープン初日から客が来た。初月から黒字というから、驚かされる。

「鯖や」。名付け親は、妻。

「日本に帰国してから失敗ばかりだったでしょ。だから、初月から黒字になった時は、『俺にもできることがあったんだ』と思ってとてもうれしくなりました。ただし、今振り返れば、あの時、浮かれずに済んだのは、それまで苦い経験をしてきたからだと思います。人生、無駄なんてないんですね」。
黒字になっても浮かれず、お客様獲得のために、ボウリング大会や運動会、試作試食会、バーベキュー、クリスマスなどのイベントも毎月、開催した。その度に、お客様が増えていった。
「この店が創業店で、私が『鯖や』を創業したのは2007年、34歳の時です。サバって魚は、たとえば同じ青魚のサンマと比べても、料理方法も限られているんです。〆鯖、鯖の味噌煮…。足がはやくて、刺身で食べることもできません。それで逆に、これだ!と思ったんです。知られているのに、まだまだ知られていない魚。『うまくいけば、これは面白いビジネスになるぞ』って」。
ここでも奥様が、いい仕事している。サバに目をつけたのも奥様だし、「鯖や」という社名も、奥様が名付け親である。

サバが、うちではいちばん、偉い。

「鯖や」の組織図のいちばん上には、サバが書かれている。サバの次に、社長の右田氏。その次に副社長の、双子の弟がつづく。
 「うちではサバがいちばん偉いんです」。
冗談かな、と思ったら、目は真剣である。「うちはもう、サバ一本ですから。サバだけに注力し、サバで上場するのが、いまの目標なんです」。
サバの総合商社。それが、めざす方向。サバありき、で、ビジネスが生み出される。
「飲食店というのは、一つの出口戦略です。宣伝というメディアにもなってくれる。出口という意味では、いずれ生産からかかわっていくつもりで、実は、年内に、サプリメントをリリースします。JR西日本とタイアップし、陸上養殖もスタートします。ノルウェイとも交渉が進んでします」。
サバ、一つ。それに絞ったことで、逆にできることが広がった。
「サバには、虫がいるんですが、陸上養殖のサバには虫がいません。名前は『お嬢サバ』。育成に時間もかかりますが、いまから楽しみです」。
「とろさば」という名称も、良く聞くようになった。その火付け役も、右田氏である。「私は、私たちがほれ込んでいるサバの価値を上げたいと思っています。『とろさば』は、その一つの方向性です。回転寿司のチェーン店や、定食の大手チェーン店とも、お話しが進んでいます」。
たしかに、こう聞いていくと、サバが組織図のいちばん上に記載されるのも、わからなくない。「サバ」中心である。そこがまたユニークで、右田氏の戦略家の一面を浮き彫りにしているともいえる。
ともあれ、行きついたのは、サバ。これから、進むのもサバ。サバ、一本である。

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