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第549回 株式会社Ms. 代表取締役 杉本 悟氏
update 16/07/26
株式会社Ms.
杉本 悟氏
株式会社Ms. 代表取締役 杉本 悟氏
株式会社ドラムカンメディア 代表取締役
生年月日 1968年
プロフィール 京都府福知山市に生まれる。近畿大学卒業後、株式会社パソナを経て、1998年、株式会社ドリームアンドモアを設立。ニューヨークでみかけたポストカードをヒントに、日本でもポストカード型広告をスタートするとともにプロモーション事業を展開。2007年には、株式会社ドラムカンメディアを設立。クロスメディアコミュニケーションから国内外のファッションブランドのプロモーション、プロデュース等を手がける。それらの事業を行う一方で、2013年、大阪心斎橋に、パンケーキ専門店「VERY FANCY」をオープン。2014年5月には「VERY FANCYのハッピーになれる!パンケーキレシピ。」を出版している。
主な業態 「VERY FANCY」「HUMMINGBIRD by VERY FANCY」
企業HP http://veryfancy.me/

京都府福知山市生まれ。

「パンケーキ王子」というらしい。「パンケーキのお店を紹介しているうちに、そう呼ばれるようなった」と株式会社Ms. 代表取締役、杉本悟氏は笑う。国内外で年間200軒以上のパンケーキを食べ歩く、パンケーキ大好き人間だ。
杉本氏が生まれたのは、1968年、京都府福知山市。祖父が乾物の卸を行い、後を引き継いだ父が総合食料品卸へと拡大していた。
「祖父や父のDNAの成せる業か、昔から商売っ気があって…」と杉本氏。中学時代に考えたビジネスの話もしてくれた。本の貸し借り。教師にバレそうになって、終了したらしいが、プロデューサーの片りんを伺わせるような話だった。
中学卒業後は、公立の福知山高校に進んでいる。「高校では、真剣にテニスをしていました。京都大会で3位という成績も収めました」。真剣にやれば、テニスはかなりハードなスポーツだ。肉体的にも、精神的にも鍛えられた。

学生時代。1500人参加のイベントをプロデュース。しかし、スポンサーが次々、いなくなる。

大学は、福知山を離れ、大阪の近畿大学に進学する。「父の影響もあり、私自身も起業を志していました」。中学時代に早くも才能の片りんをみせた杉本氏であるが、大学時代に、それが本格化する。
「とにかく2年まで単位をすべて取得して、2年生の終わりにイベントサークルを立ち上げました」。法人化こそしていないが、一般的に言えばイベント企画会社である。
「どのイベントも盛況だったんですが、ある時、大掛かりなイベントで、予期せずピンチに立ちました」。
話はこうだ。
「大型の船を借り切り、有名な芸能人を招いたイベントを企画しました。参加するのは学生1500人。莫大なお金がかかりますが、当時はバブルだったもんですから、いろんな会社がスポンサーになってくださって、資金的にはぜんぜん問題がなかったんです。しかし、昭和天皇が崩御されて、お願いしていた会社が、次々とスポンサーを降りると言い出したんです」。
資金のめどが立たなくなった。スポンサーの資金を前提にしていたため、主催者である杉本氏らが思わぬ借金生活を強いられることになりそうだった。それを救ってくれたのが、大阪のミナミを根城にしたある不動産会社だった。
「その時、スポンサーになってくれたばかりか、いろんな事業を体験させてくれました」。
会社もつくった。
「大学の先輩が社長で、私がいわば実務の責任者でした。飲食店もこの時数軒つくっています」。バブルの時代である。金は底をつくことがなかった。才覚さえあれば儲けることができた、頭と度胸の時代でもある。
就職するつもりはなかった。どう波に乗っていくか。それが関心事だったに違いない。しかし、株式会社パソナの創業者である南部靖之氏に出会って、杉本氏の考えはいっぺんする。

株式会社パソナ創業者、南部氏との出会い。

「もともと当時やっていた仕事に役立つと思って就活をはじめました。社長に会えるのは学生の特権ですから、それを利用しない手はないと思っていたんです」。約30社から内定をもらったが、ハナから就職するつもりはなく、就活を仕事に活かそうとしていたようだ。しかし、考えがいっぺんする。
「パソナに就職したのは、南部さんに惹かれたからです」。2人は、杉本氏の就活の最中に引かれるように出会った。「名刺をください」といった杉本氏に、南部氏は、「おもしろい奴だな」と言っている。たしかに就活で、名刺を欲しがる学生も少ないだろう。ともかく、これが、南部氏との出会いだった。
「当時、南部さんはアメリカに住んでいらしたんです。ところが、私が入社して2年目の頃に、日本で新たな事業を、ということになって、日本にも主軸を少し置かれるようになります。それからです。私は、南部さんの背中を間近で見ながら学ぶようになるんです」。
当時のことだから、「土・日も関係なかった」と杉本氏は笑う。南部氏のプランを杉本氏が事業化する。「大阪の南港に1500坪の、いまでいうアウトレットモールをつくったのも、この頃です。神戸では、ハーバーサーカスがスタートします」。
しかし、本人は、いつもでもパソナにいるつもりはなかった。贅沢な話であるが、杉本氏にすれば、当然の道だった。目標はあくまで30歳までの起業である。

Share the Happinnes!

1998年、株式会社ドリームアンドモアを設立し、目標にしていた30歳での起業を実現する。事業は、各種プロモーションの企画・運営である。2007年には、有限会社ドラムカンとのジョイントにより、ファッションプロモーション、ファッションメディアを開発する株式会社ドラムカンメ ディアを設立し、代表取締役に就任する。
「パンケーキ王子」と言われはじめたのは、2011年頃から。大好きなパンケーキの情報を発信しているうちにそう呼ばれるようになったそうだ。2013年には、そのパンケーキの店を大阪心斎橋にオープン。これが、現在の「VERY FANCY」の源流となる。
現在は、2016年3月30日に代官山にオープンした「VERY FANCY loves ANNTEANA」をはじめ、札幌、埼玉、八王子、大阪、福岡に合計6店舗を出店している。
「いずれの店も、店名や内装デザイン、コンセプトなどは、エリアや環境に合わせて異なる」と杉本氏。ただ、いずれの店も、おしゃれな内装で、杉本氏のプロデュース力が活かされている。
「SHARE THE HAPPINES!が私たちの企業理念です。ハッピーフーズであるパンケーキは、幸せの象徴です。パンケーキを食べながら喧嘩をしている人はみたことがない」。
たしかにパンケーキは、角がなく、丸い。ノスタルジックでもある。甘いシロップなどをかければ、それだけで幸せな気分になれる。しかも、それを、大好きな人とシェアできればもっといい。「パンケーキをはんぶんこして、幸せをシェアする」。とても、ハッピーな気分になれる。杉本氏がつくったのは、そんな幸せな瞬間かもしれない。
パンケーキ王子は、「幸せ」のつくり方も知っている。

思い出のアルバム
 
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