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第574回 ビッグクリエイト株式会社 代表取締役 北浦大作氏
update 17/01/17
ビッグクリエイト株式会社
北浦大作氏
ビッグクリエイト株式会社 代表取締役 北浦大作氏
生年月日 1976年12月23日
プロフィール 大阪府泉佐野市に生まれる、龍谷大学卒。日本リロケーション(現株式会社リロクラブ)、プライム・リンクにて、経営ノウハウを学んだのち、「米乃家」に転職。入社当時3店舗だった、店舗数を5年で83店舗まで拡大。その後、自ら起業し、2011年、世界のドーナツを楽しめる「JACK IN THE DONUTS」をオープンする。
主な業態 「JACK IN THE DONUTS」
企業HP http://www.jack-donuts.jp/

大学時代まで。

祖父の代からの事業家である。現在も、実家は兄でもある長男が引き継ぎ、繊維関係の事業を行っている。「私が、起業しようと思ったのは、小学校の頃、社会見学ではじめて父親のはたらく姿を観た時です」。経営者である、父親の姿が、格好良かった。その姿に惹かれたのだという。原点は、そこにある。
北浦氏が生まれたのは、1976年12月23日。出身は、大阪府泉佐野。大阪湾岸の南側に位置する市である。「兄2人の影響で、幼稚園の年長からサッカーをはじめます。小学、中学とクラブ活動をしていました。高校でも続けるつもりだったんですが、『推薦でないと』と暗に断られ、サークルのようなチームを立ち上げ、他校と試合をしたりしていました」。
自らクラブチームを立ち上げるなど、この頃から起業家の片鱗をみせている。大学は、京都の「龍谷大学」に進んだ。もっとも、北浦氏が選択した学科のキャンパスは、滋賀にあった。それもあって、大学4年間は、滋賀で暮らしている。
大学時代は、家庭教師の「トライ」のアルバイトで、月20万円も稼いだそうだ。ただし、家庭教師のバイトではない。営業のバイトだった。北浦氏らしい、選択である。

独立。その始まり。

大学2年、バイトで儲けたお金で、日本を飛び出した。アメリカでの短期留学がスタートする。1ヵ月だが、いい思い出になった。というか、これで海外旅行にハマって、その後も、アメリカ、アジアに旅行している。行動半径が広がると、視野も、心も広がった。
「地球の歩き方」が愛読書となる。ついでに、これがきっかけで、大学3年生の時に「龍谷大学」の広告に登場し、朝日新聞の全国紙の1ページを飾った。「たぶん、実家のどこかにいまもあるはず」と笑う。
ところで、広告のメインビジュアルは2人の学生。男女1人1人で、男性の方が、北浦氏だった。全国紙の1ページともなれば反響も大きい。「就活でも、結構役立ちました」と北浦氏。何でも面接官に「君、広告にでていたね」と言われたこともあるそうだ。それが功を奏したわけではないだろうが、のちに上場する、株式会社「日本リロケーション(現株式会社リロクラブ)」に就職することができた。
「経営者を100人つくると謳っていて、そこに惹かれて、入社したんです」。在籍したのは1年半。短い間だったが、「経営」「起業」という言葉に、からだが反応するようにはなっていた。
「同期に誘われて、独立しようと思ったんです。今思えば、安易な発想でした。業種は、ズバリ飲食です。彼が、先に会社を辞めて、調理を学ぶなど、準備をしてくれていたんです。ところが、私が辞表を出した、まさにその日に、彼から『オレ、飲食で起業するのを辞めるわ』って連絡が入ったんです(笑)」。
梯子を外された格好だ。宙ぶらりん。しかし、すでに行動に移してしまっていた。「それで、すぐには独立できないな、と思って、外食の経営の勉強をするためにプライム・リンクに転職したんです」。
当時は、「プライム・リンク」は絶好調だったそうだ。1999年だから、「牛角」のエリアフランチャイズ本部の権利を取得し、エリアフランチャイズ本部事業展開を開始した頃である。
5年半、勤めた。

団子からドーナツへ。

「プライム・リンクで5年半、勤めて、経営の勉強もある程度できたので、『さぁ、そろそろ独立だ』と思っていた時に、『米乃家』から話がきたんです」。「米乃家」は当時、スーパーの軒下を借りて、「団子とお好み焼き」のお店を3店舗出店しているだけの、小さな会社だった。
「この『米乃屋』の3代目がフランチャイズビジネスを考えていたんです。私と同い年だったもんですから、親近感もわいて、調べてみると案外、面白いんじゃないか、と。何と言っても大手が攻めてきそうにないし、メニューを工夫し、出店戦略を見直せばいけるかもしれないと思って、入社したんです。部長職からのスタートです」。
「私がそれまで関わってきたフランチャイズは、初期投資6000万円〜1億円のビジネスです。しかし、『米乃家』のビジネスモデルなら、600万円くらいの初期投資で済みます。もっとも利益も月30万円前後ですが、初期投資が安いから、個人でもできるとふんだんです」。頭のなかで構想が、固まる。
構想を立て、「『米乃家』なら、培ってきたことを100%だせる」と確信する。これが最終的に、転職の決め手となった。
それからわずか5年で、3店舗から83店舗まで拡大した。同時に、食堂、鯛焼き専門店など5ブランドを確立。店舗平均売り上げを約2倍に改善するという華々しい結果を残した。「さすが」としかいいようがない。
「最終的には副社長という肩書でした。でも、5年くらいで退職すると言っていましたし、あることがきっかけで私自身は、ドーナツに興味を持ち始めるんです」。
ドーナツ? 「そうですね。ドーナツに興味をもって調べてみると、当時、ミスタードーナツが、マーケットシェアの93%を握っていたんです。こんなのほかにないでしょ。『そもそも、やろうと思わない』のか、『やろうとしてもできないのか』。ちょうどクリスビー・クリーム・ドーナツもでてきた頃だったんですが、私は、これなら勝機がある、と思ったんです」。
アメリカに旅行した時に、多彩なドーナツショップの繁盛を目にしていたのかもしれない。

「JACK IN THE DONUTS」、誕生。

平成23年というから、2011年、北浦氏35歳の時である。1号店を市川コルトンプラザに立ち上げた。店名は、「JACK IN THE DONUTS」。それから、インタビューさせていただいた2016年で、ちょうど5年。店舗数は、24店舗まで広がっている。
新たなブランドも構想済みで、現在、具体的な出店戦略を練っているところらしい。こちらは、詳細まで披露いただけなかったが、そのぶん、楽しみも増す。
海外戦略も検討中で、ドーナツ業界で海外含め500店舗展開したいと大構想を披露いただけた。ところで、店舗紹介のページに、「ヨーロッパ・アメリカ・アジアを代表するありとあらゆる約30種類のドーナツをヨーロッパの建築を再現した店内でゆっくりと召し上がり下さい」との一文があった。
その一文をみて、「地球の歩き方」を片手に世界を旅した学生時代の話を思い出した。「JACK IN THE DONUTS」を通して、「地球の歩き方」ではないが、「世界のドーナツの楽しみ方」を教えてくれているような気もする。おおげさかもしれないが、それが、北浦氏が展開するドーナツショップの価値のような気もした。いま、いちばん行きたいドーナツショップである。

思い出のアルバム
 
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