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第578回 株式会社富士達 代表取締役社長 川上富達氏
update 17/02/14
株式会社富士達
川上富達氏
株式会社富士達 代表取締役社長 川上富達氏
生年月日 1956年4月29日
プロフィール 鹿児島県与論町出身。7人兄弟の6番目。吉野家に就職するも2年で吉野家が倒産。その時の仲間8人でどんぶり屋を立ち上げるも上手くいかず。その内の1店舗を一人で引き継ぎ昭和57年に独立。
主な業態 「七輪焼肉安安」「七輪焼肉Big安」
企業HP http://fuji-tatsu.co.jp/

鹿児島県最南端の島。

与論島は、沖縄にもっとも近い鹿児島県最南端の島である。地図で確認いただければ、日本の領土の広さを再確認できる。南の海のはてに、鹿児島県の小さな島があることがわかるからだ。
さて、今回ご登場いただいた川上氏が、この与論島に生まれたのは1956年で沖縄返還以前。だから与論島は異国と接していたと言える。
0歳から5歳までは、与論島で暮らし、教師だった父の赴任にともなって、いったん与論島より2,3倍大きさのある島に渡り、小学5年生の2学期になって与論島にふたたび戻りました。沖縄が返還されたのは、私が中学2年生の時です」。
腕っぷしが強かったのだろう。中学生時代、柔道の団体戦で群の大会で準優勝し、個人でも3位に入っている。ところで今では観光スポットの一つだが、当時の様子はどうだったんだろう?
「いまは飛行機がありますが、当時は、島を出るには船しかありません。だから、私も高校までは家族旅行など以外では島をでたことがなかった。もっぱら海が遊び相手でした」。
いまでも美しい島だが、当時は、いまよりも尚、美しかったに違いない。その美しさに憧れ、やがて多くの人たちがやってくるようになり、観光名所の一つとなる。しかし、島に憧れるのは都会の人間で、島で暮らす住民にとっては、便利で、近代的な都会に憧れていたはずだ。川上家の兄弟も、みんな島をでた。

千数百キロ離れた街へ。

「高校生の時に、東京の立川で電気店を経営していた兄を頼って初めて上京します。東京は、それこそ憧れなんですが、一方では怖い街だっていう刷り込みがあって。笑い話ですが、お金を取られないように靴下にしのばせておいたほどです」。
島の高校生が初めて都会にでる。立川といえば23区外だが、それでも少年には目がくらむような街だったに違いない。
「あの頃から、漠然と起業を意識していたと思います。兄の影響もあったんだと思いますが。むろん、私だけではなく、みんなそういう風に何かを求めて島を出ます。島を出る最大のチャンスはいうまでもなく大学進学です」。
川上氏は、校長の推薦で法政大学の短期学部に進んだ。無事、島、脱出。千数百キロ以上離れた都会へと旅立った。観るものすべてが新鮮だった。
東京での暮らしは、少年を青年にする。大学を出ても島に帰るという選択肢はない。「大学を卒業して、求人誌をみて『吉野家』に就職します。『海外へ』と書かれていた求人誌の広告のキャッチフレーズが、心に響きました。もちろん、吉野家がダメだった時のために、他社も検討していたんですが、無事、合格。面接で人事の方にかなり褒めていただいて、『よっしゃ!』って感じです」。
「よっしゃ!」のはずだったが、入社してみると、全員、いたく褒められていた。川上氏だけが、特別だったわけではなかったようだ。
「ちょっとがっかりだった」と川上氏は、笑う。ともかく、社会人生活がスタートする。

吉野家、倒産。

余談ではあるが、「吉野家」についてである。
「吉野家」の創業は明治32年まで遡る。チェーン展開を開始するのは、1968年。「新橋駅前店」が2号店目である。7年後の1975年には、米国デンバーにも進出。積極出店をつづけた。
ところが、海外進出から5年後の1980年には会社更生法の申請を行い、事実上、倒産する。無理な拡大路線と、輸入牛肉の制限などが引き金となったようだ。
1980年と言えば…。
「そうなんです。私が入社して2年目です。2年目に倒産してしまうんです。もっとも倒産の理由は、客離れもというより、負債が最大の原因で、店自体は、それなりに繁盛していました。そういうこともあって、私は『吉野家』のフランチャイズをされていた会社に仲間8人で転職。ただ、色々あって、2年後の1982年の6月に退職し、『どん亭』大井町店をオープンします。こちらが創業店です」。

1982年、「どん亭」オープン。2000年、「七輪焼肉安安」オープン。

1982年といえば、バブル経済がそろりと動き始める頃でもある。川上氏、26歳。とはいえ、当時は、それほど大きな投資はしなかった。出店スピードが加速するのは、現在のメインブランドである「安安(アンアン)」を出店した2000年からである。ホームページには、<平成12年5月、三軒茶屋に土地購入。七輪焼肉安安の1号店となる「七輪焼肉安安 三軒茶屋店」オープン>とある。
『安安』のネーミングは、社内公募で決まったそう。社名通り、安い。安安カルビは290円(税抜)、ハイボールは190円(税抜)。ちょっと一杯気分で焼肉をいただけるのは、感涙ものだ。「早い、安い、うまい」の吉野家のいいとこ取りと言えなくもないだろう。
それから、16年後の2016年8月1日現在、「七輪焼肉安安」は直営店112店舗、FC6店となっている。新ブランドである「七輪焼肉Big安」も直営店で1店舗出店している。
ところで、「安安」1号店がオープンしてから、順風満帆に出店を重ねたが、翌年にはESB問題が起こる。いわゆる狂牛病問題だ。しばらくは、海外で起こった、対岸の火事のように思われていたが、日本でも2001年9月21日、千葉県で狂牛病の牛が確認され、連日マスコミが取り上げ、社会問題へと発展する。
「当時5店舗ですね。うちも、もちろん影響がありましたが、スタートして間もないことが幸いし、ダメージは、他社さんと比較すればですが、それほど大きくなかった。実は、逆にこれが幸いし、店舗数が拡大するのです」。
川上氏が経営する「安安」は比較的ダメージが少ないということだったが、当時、焼肉業界は、壊滅状態だった。「だから、店を手放されるオーナーもけっこういらして。そう、うちにとってはいい話で、安くお店を購入させていただけたんです。それが出店に拍車がかかった理由です」。
もちろん、安くいい店が手に入っただけではない。ピンチをチャンスにする経営力はもちろん、次々と行われる出店を支えたスタッフの頑張りも見逃せない。ホームページの沿革をみれば一目瞭然だが、出店は、まるでスイッチが入ったように加速する。
ただ、放たれた矢は、100店舗出店を前に一度、失速する。

ピンチをチャンスに。買ったのは「どん亭」を運営している時期の平成5年。 その後平成13年に安安にリニューアル。

いままで、いちばん厳しかった時はいつでしょう、そう伺うと、「白楽の店舗を1億5000万円で買った時かな」という返答だった。買ったのは「どん亭」を運営している時期の平成5年の時期に購入。その後平成13年に安安にリニューアルしてオープン。ホームページには、平成13年4月、「安安」白楽店オープンとある。
「昔から目をつけていたんですが、高くてなかなか手がだせなかったんです。でも、その時、1億5000万円までダンピングされていたもんですから、よしいまだ!と。結局、ぜんぶで2億円くらいかかったんですが、大半は、銀行からの借り入れです」。毎月の返済が、ハンパなかったそうだ。それでも、当初は返済できるとソロバンを弾いていたが、そうそううまく計算通りに行くわけはない。
「毎月の返済のために、利益をださないといけないでしょ。だから、私も店に入って、そのぶん人件費を減らすなどしました。もう、その手しかない、と思うくらい追い詰められてもいたんです」。
大ピンチ。少しでも手を抜くと、すべてがなくなってしまう。「しかし、このピンチもまた、ある意味、次のステップへのチャンスになるんです。私自身、店に入ったことで、店が活性化し、売上も何倍にもなったんです。キャンペーンなど戦略的なことも、仕掛けた。それらが功を奏することで、『安安』というブランドの存在価値が、だれにもわかるようになるんです」。
これも、いっそう出店を加速させた要因だ。ピンチを乗り越えた川上氏は、前述通り積極的な出店を開始する。その勢いが止まったのは、2010年。
「今度は、食中毒です。この時も、潰れかけました。マスコミも、やってきて叩かれるわけです。マスコミ対策を真剣に考えたのは、あの時が最初ですね。幸い、大問題にはなりませんでしたが、翌年の2011年には、『焼肉酒家えびす』の食中毒事件が起こり、焼肉業界には、逆風が吹き荒れます」。
むろん、このピンチも乗り越える。
ピンチを乗り越えるたびに、ちからを増した。
「次の目標は、2020年の株式上場です。海外にも進出したいですね」。川上氏は、いま力強くそう語る。「うちの奥さんは、ミャンマー人なんです。そういう意味でいえば、ミャンマーは私の母国でもあるわけですから、向こうには出店したいですね」。
なかなか人が採用できない状態がつづくなかで、川上氏は高齢者の採用も検討している。60代、70代の積極採用と活用、それができれば、また一段と飛躍する機会となるだろう。これも「ピンチを、チャンスに」の発想にほかならない。
島を出て、もう何年になるだろう。故郷に思いをはせ、強く生きる。川上氏のそれがいまも変わらぬ姿である。

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