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第591回 株式会社パッション・インサイド 代表取締役社長 李 朗氏
update 17/05/23
株式会社パッション・インサイド
李 朗氏
株式会社パッション・インサイド 代表取締役社長 李 朗氏
生年月日 1975年2月15日
プロフィール 大学卒業後NTTに就職したのち、映画の配給会社を経て、単身留学。大学院に進み、MBAを取得する。帰国後、縁あって「クリスピー・クリーム・ドーナツ」の立ち上げに参加する。その後、伊藤忠食品の部長にも就任するが、2009年、独立し、株式会社パッション・インサイド設立。同年、ホルモン・焼肉・もつ鍋『蔵月』をオープン。2017年5月現在7店舗を展開。
主な業態 「蔵月」「ひゃくてん」「にひゃくてん」「ただいま」他
企業HP http://www.passion-inside.com/

大学卒業までの話。

「蔵月(KURATSUKI)」「ひゃくてん」「にひゃくてん」「ただいま」、ネーミングもユニークな焼肉と串カツ、2つの業態、7店舗を展開しているのが、株式会社パッション・インサイド。今回は、その代表取締役社長である李 朗氏にご登場いただいた。
李氏は1975年に生まれる。祖父はパチンコ事業やタクシー事業を立ち上げた起業家。父は、その祖父からタクシー事業を引き継いだ事業家である。
「祖父はタクシーだけではなく、パチンコ事業なども手広く行っていました。その起業家の血が私にも流れているんだと思います」。
小さな頃から、父とはそりが合わなかった。反骨心が自立心を育てた。それが時には、悪友との付き合いとなって表れもした。
それでも成績は悪くなかった。中学時代は、2位、3位が李氏の指定席だった。
「頭がいいっていうより、ちゃんと勉強していたんです。勉強がきらいじゃなかったですからね。でも、一方では悪いやつらともつるんでいました。先生たちから見たら、ある意味、中途半端なヤローだったはずです(笑)」。
悪友との付き合いはエスカレートする。
「高校の1年の時は、今思えば、恥ずかしいんですが、悪友たちと、まぁ、いろいろやらかしてしまいました。それがもとで出席日数も微妙になっていくんです。一方で、親父が、こいつは日本にいてはろくなことはないと、私を海外に放り出すんです。いわゆる短期留学ですね。これが、高校2、3年の夏休みの話です」。
このような経緯もあり、無事高校を卒業。「大学に入ってからは体育会系の部活動に身を置き、学生生活を部活一筋で過ごすことになりました。それでもやはり傍では勉強をしていましたが」。

もう一度、海外留学。MBA取得。

「けっして頭がいいわけではない」と李氏は謙遜する。「学年でいい成績を収めることができたのも、勉強がきらいではなかったからにすぎない」のだそうだ。しかし、その一方で、「もっと好きな勉強に打ち込みたかった」という思いもあったようだ。
「そうですね。どこかに、そういう思いもあって、もう一度、留学するという道を選択します。ただし、今度はちゃんと留学して大学院に進み、MBAも取得します。もっとも、お金がなったものですから、就職が先でしたが。ありがたいことに難関だったNTTに入社することができました」。
NTTを選択したのは「寮があったから」だそうだ。しかし、どうしてお金がなかったのだろう。
「大学2年くらいから、親父から資金をストップされていたんです。だから、当時は、お金がぜんぜんなくって。面接の交通費はもちろん、リクルートスーツまでともだちに借りる有様でした(笑)」。
ともかくも、それで、NTTに就職。映画の配給会社を経て、留学を果たし、すでに語ってもらったようにMBAも取得して帰国する。しかし、またしても金がなかった。

「クリスピー・クリーム・ドーナツ」の立ち上げに参加。

「留学先で、資金がショートしてしまって、母親から借りるんですね。で、それを返さなければいけないということもあって、帰国後すぐに、就職。縁があって、『クリスピー・クリーム・ドーナツ』の立ち上げに参加しました」。
肩書は部長だったが、人事もやれば、店舗の契約までやった。もちろん店舗営業にも立っていました。獅子奮迅の仕事ぶりだった。「在籍したのはわずか2年弱なんですが、私にとってはかなり濃密な時間でした。仕事はいわば社長業のようなもので濃密な仕事の時間を過ごさせていただきました」。
寝食を忘れるとはまさにこの頃の、李氏のことである。「NTTにもいたわけですが、何十万人もの組織ですよね。私は当時から、ベンチャー的な会社ではたらきたかったんです。その意味ではまさにぴったりでした。私自身が1年間で、採用したのは60名にのぼりました。大組織にすれば、たった60名ですが、ゼロからの60名ですからね。スケールは小さくても、当時の私たちからすれば大胆な数字だったんです」。自分の働きが直に結果として出るのはやりがいがありました。
当時は立ち上げメンバーとは真夜中まで、酒を酌み交わし、とことん議論も重ね、ものすごいスピードの中で走っていました。今現在は他社で代表取締役についているような面々との時間は貴重でした。
様々な刺激を受けることもありましたが、やがて向かう方向の違いが、鮮明になったのも事実でした。
そして、李氏は自身の思いを形にするために、クリスピー・クリーム・ドーナツを離れることになります。

小さくても、納得できること。

「それから、伊藤忠食品株式会社の部長を経て、2009年3月に株式会社パッション・インサイドを設立し、二子玉川にホルモン・焼肉・もつ鍋『蔵月』をオープンします」。
すべて自己資金でまかなったそうだ。「そうですね。給料もそれなりでしたし、何より、浪費する時間がありませんでしたから(笑)」。
もっとも、当時、李氏といっしょに立ち上げに参加してくれたメンバーにとっては、リスキーな選択だったに違いない。「そうですね。いきなり給料20万円くらいになってしまうわけですから。それでも、みんなちゃんとついてきて頑張ってくれたから今があるんだと思います」。
「小さくても、納得できることをする」。
李氏にとっては、事の大・小より、自分にとっての大事な事の善・悪がある。
「たとえば、株式のIPOってあるじゃないですか。IPOできれば、それでいいという発想の人もいます。それがけっして間違っているとは言わないし、そういう『うまみ』を狙う人がいても不思議じゃない、と思う。ただ、私とは違っています。私は、ちゃんと一つのものを育てたい。そのためにスタートしたのが、この飲食事業だったんです」。
2017年、現在、冒頭で書いたように、「蔵月」をはじめ、4ブランド、7店舗を展開している。李氏の経歴からすれば、歩みが、遅いようにも思えるが、当時とは、めざすものが違うのだから、当然である。
現在、李氏は、父から受け継いだタクシー事業も行っている。むろん、飲食はそれでも主力事業である。真実の果実の意味を知る李氏が打ち出す、飲食事業の未来に注目したい。

思い出のアルバム
 
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