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第62回 株式会社ビリー・バルゥーズ・ジャパン 代表取締役 高野行男氏
update 09/09/15
株式会社ビリー・バルゥーズ・ジャパン
高野行男氏
株式会社ビリー・バルゥーズ・ジャパン 代表取締役 高野行男氏
生年月日 1962年、東京・新宿生まれ。
プロフィール 高校卒業後カナダで遊学し、米国インディアナ州立大学を経て、85年、大手旅行代理店に就職。その後、急逝した父の遺志を継ぎ、アパレル会社株式会社レマンを設立。
88年、日本におけるビア・バーの草分け「Billy Barew's Beer Bar」を開店し、1993年、株式会社ビリー・バルゥーズ・ジャパンを設立。
特定のメーカー・インポーターに偏らず、つねに美味しいビールを世界から取り寄せることで「感動の場所」を提供している。Billy Barewの名は、海外を放浪していた青年時代の高野氏に、美酒と人生を愉しむことを教えてくれた師の名に由来する。
主な業態 「ビリー・バルゥーズ・ジャパン」
企業HP http://www.bbj.ne.jp/
輸入ビール約300種類を揃えるバーとして人気の「ビリー・バルゥーズ・ジャパン」。高野行男社長はカナダやアメリカでの留学経験もある国際感覚豊かな経営者だ。モダンでスタイリッシュなバーを通して、人々が本音で語り合えるコミュニケーション・スペースを提供している。

100年続く貴重なコミュニケーション・スペース。

約300種類以上にも及ぶ世界のビールが楽しめるビア・バーの草分け的存在が「ビリー・バルゥーズ・ジャパン」。中にはMLBなどのスポーツ観戦ができる巨大スクリーンを設置した店舗もあり、外国人も含めた幅広い客層に支持されているスタイリッシュなバーだ。
一号店がオープンしたのは1988年のこと。東京の高田馬場店を皮切りに出店し、新宿、恵比寿、神田と展開してきた。現在はフランチャイズ店も含め、5店舗を都内に構えている。
店のコンセプトは“自由と活気のあるコミュニティ・スペース”。店のスタッフとお客が素の自分をさらけだすことのできる大人のコミュニケーション空間を作り出している。時代に流されず、“100年続く店”をモットーとしている。
経営母体となる株式会社ビリー・バルゥーズ・ジャパンは、バーの運営だけでなく、輸入ビールのオンライン販売なども手がける。さらにビールをこよなく愛する人のためのビール百貨店サイト「びあなび」もインターネットで展開中。輸入ビールをキーワードとした幅広い業容で注目を集めている。

アメリカ「ベニハナ」で、日本式のお辞儀!

同社代表取締役の高野行男氏は18歳でカナダに渡り、アメリカの大学を卒業したという国際感覚の豊かな経営者だ。現地では語学の勉強に励みながら、ロッキー青木の鉄板焼きチェーン店「ベニハナ」で働いていた経験も持つ。
「ベニハナ時代は一番チップをもらいましたね」と当時を振り返る高野社長。来店客の車を車庫まで運転して運ぶ仕事を担当していたという。
「私は45度で頭を深々と下げる日本式のお辞儀でお客様をお出迎えしていました。アメリカでこれをやると非常に目立つんです。チップをもらうために一種のパフォーマンスとしてやっていたんですね(笑)。お客様はみんな私の態度にびっくりして、“ジャパニーズMr.タカノ”と記憶してくれました」。
この頃から、高野氏は、人を喜ばせることを生きがいに感じるようになっていったのだ。

1ドルのゲームではなく、100ドルのゲームに挑む!

しかし帰国して最初に経営したのは、飲食店ではなくアパレル会社だった。高野氏の父がアパレル会社を遺して、急逝したため、後を継いだのだった。しかもその会社には多額の借金も残されていた。
「裁判所に申し立てて、借金をチャラにことにすることもできたのですが、若くて負けん気の強かった当時の私は、父の事業を引き継いで、借金を返していこうと決心しました」と高野氏。
サラリーマン生活で返済できるような借金の額ではなかったこともあり、百貨店の催事場で在庫として眠っていた洋服をどんどん売りさばいて、父の事業を再建させたのである。
「商売はゲームのようなもの。1ドルのゲームも100ドルのゲームも、本質的には同じ。両方ともゲームなんです。ゲームのテーブルが違うだけで。私は100ドルのゲームで勝負したのです」と説明する高野氏。
こうして順調に借金を返済した後に始めたのが、念願の飲食店だったというわけである。

金儲け優先ではない。100年続くバーになる!

アパレル時代、高野氏は多くのことを学んだ。中でも、現在の飲食事業にもっとも反映されているのが、「金儲けを最優先にしない」というポリシーだ。
高野氏は次のように説明する。
「アパレル時代、殿様商売がまかり通って、左団扇の百貨店に対し、私も部下も、もう、嫌というほど頭を下げました。金儲けのためには頭を下げなくてはいけない…とわりきってはいたものの、精神的にはかなりまいりましたね」高野氏は苦笑いする
“頭下げてなんぼ”の商売では、預金通帳の額が増えるにつれて、逆に心はどんどん疲弊していく…。高野氏はそんな無味乾燥な日常に、疑問を感じたのだ。自分のためにも、部下のためにも、金儲けを最優先させる商売ではなく、社会的にも意義のある商売をはじめようと思ったのはその時だ。 現在、「ビリー・バルゥーズ・ジャパン」は、お客も店員も、本音で語り合える貴重なコミュニケーション空間として注目を集めている。
「昔、彼女にふられた!と店で泣いていたお客様が、先日、久しぶりに、奥さんを連れて来店されました。その時、“お客様の人生にはなくてはならない、息の長い存在になろう”と改めて思いました」と高野氏は笑顔で話す。
100年続くバーを目指し、「ビリー・バルゥーズ・ジャパン」では、今日もスタッフたちがオープンハートでお客様を出迎えている。

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