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第644回 有限会社トーホーエージェンシー 代表取締役 山崎一彦氏
update 18/06/19
有限会社トーホーエージェンシー
山崎一彦氏
有限会社トーホーエージェンシー 代表取締役 山崎一彦氏
生年月日 1970年6月27日
プロフィール 東京の深川出身。高校卒業後、料理人を志し、従兄弟が経営する居酒屋に就職する。35歳、支援を受け、独立。芝浦に「鳥一代」1号店とオープンする。オリジナルの参鶏湯が人気で、TVや雑誌でたびたび紹介もされている。2018年5月現在、「鳥一代」を5店舗展開中。通販事業も行い、店舗では、まだ3回だがユニークな試み「大喰い大会」も開催している。
主な業態 「鳥一代」
企業HP http://www.toriitidai.com/

妹の笑顔をみたくて。フライパンをふる。

角栄さんのお隣さんだったこともある。もっともこれは、羽振りがいいときのお話。6歳の頃、父親が事業を失敗してとたんに生活が苦しくなった。
2人いたお手伝いさんも、お抱え運転手ももういない。「私には8つ離れた姉と2つ違いの妹がいるんですが、母も仕事に出るようになってから、私が少しずつ妹のごはんを作るようになったんです。いま、思えばそれがすべてのスタートです」。
今回、ご登場いただいたトーホーエージェンシーの代表取締役 山崎一彦氏は、1970年、東京の深川に生まれる。父親方は、商売上手な人が多く、なかでも末っ子の父親は、経営のセンスで群を抜いていたそう。事業がいかに成功していたかは、上の話からも想像いただけるだろう。しかし、その父親が事業に失敗し、家を出ていくと、生活は前述通りいっぺんした。妹の笑顔をみたいと、せっせと料理をつくりだしたのは、それから。やがて山崎氏は、料理人になる。山崎氏が、妹のごはんづくりを指して、「それがすべてのスタート」というの頷ける話である。

リアルに感じたこともある。プロ野球の世界。

小学校の頃からだれからともなく慕われるタイプだった。あだ名は、会長。実際、生徒会長も務めている。作文を書いては、文部大臣賞を受賞。頭も良く、運動神経も群を抜いていた。野球をはじめるとすぐに注目され、中学ではシニアに進む。「でも、うちにお金がないでしょ。どうしても遠征なんかがあるわけです。だから、そのたびに風邪を引いたりして」。お金がないことを隠したかったわけではないだろう。たぶん、母親にも、チームメイトにも、気を遣わせないためだ。
山崎氏はそういう人である。
「高校はセレクションで、阿部選手も通った安田学園高等学校に進みました。最初は、『プロへ』という思いもあったんですが、それこそ、どこのチームでも四番、ピッチャーをやっていたような奴ばかりで。背番号は『3』でレギュラーでしたが、プロレベルでないことは、すぐに気づきました。大学進学ですか? ええ、進学せずに、就職です」。

かつての会長、就職する。

高校でも、山崎氏の周りには人がいつもいた。「不思議とどこにいても慕われた」と山崎氏。いまの山崎氏をみていると、当時のことが自然とイメージできる。「ええ、そうですね。オレが、オレがじゃないですね。どちらかというと周りを気遣う性格です」。
いま山崎氏は、アルバイトを含め、全スタッフの給料明細の裏側に気づいた一言を書き記している。もう、何年も前からつづけているとことだ。先輩、経営者を真似たわけではないらしい。はじめた理由をうかがうと、「ただ、『ありがとう』を伝えたくて」という返答。なんとピュアで、素敵な思いだろう。
この思いは、いまや山崎流の経営の背骨となっている。
ところで、話をもどすと就職の話である。
「うちの親父が8人兄弟の末っ子ってこともあるんですが、20歳くらい年の離れている従兄弟がいて、居酒屋を経営していたんです。そこに就職しました」。
従兄弟と言っても、特別扱いされたことはない。それがよかった。山崎氏は甘えることなく、修業をつづけ、ある人物と巡り合って、独立を果たす。これが、就職して17年経った35歳の時。その時、創業したのが、いまや大人気店の「鳥一代」だ。

お客様の心をわしづかみにした、オリジナル参鶏湯。

いまは本店となっている創業店は、JR田町駅(芝浦口)から徒歩2分の、ビルの2Fにある。「そうですね。路面店ではないので、『どうだろう』と思ってもいたんですが…」。
当初から、評判となった。特に参鶏湯をメニューに加えるようになってからは、TVや雑誌にもひんぱんに取り上げられるようなった。
そして、いまや参鶏湯専門店の様相だ。
「ありがたいことに、女優の川上麻衣子さんがいらして、絶賛いただいたんです」。
参鶏湯については、「実は、本をみて知ったんです。私は料理人ですから、鶏もさばけますし、鶏というのは、さばくと、とれる肉も少ないんですね。それで食材を無駄にしない方法を模索していた時に出会ったのが、この参鶏湯という料理だったんです」と語っている。
もっとも、山崎氏の参鶏湯には薬膳臭がない。薬膳は、当然、からだにいい要素の一つだが、あの独特の臭いが苦手という人も多いのではないだろうか。そういう人にとっても、山崎オリジナルは、受け入れられる。
グルメサイトの高得点も、このオリジナル性が評価されてのことだろう。

人に対する熱い思いが、経営の根幹をなす、幸福な会社。

妹の笑顔がみたいからスタートした料理の世界は、いま、多くの人を虜にし、笑顔にしている。しかし、いまや山崎氏が笑顔にするのはお客様だけではない。スタッフもまた、山崎氏を慕い、いつも笑顔だ。
「おかげさまで、定着率も高いです。いま5店舗を出店しているんですが、いずれのお店もお客様から高い評価をいただいています」。
わからなくもない。土曜は半日。日曜は休み。有給休暇の取得も推し進めている。何より「『ありがとう』を伝えたくて」と給与明細の裏に言葉を綴る、そんな経営者の下は居心地がいいに違いない。
その反面、平均年齢が少しずつ高くなっているのも、事実である。「そうですね。そこがちょっと問題ですね。アルバイトのスタッフのなかには、60代の人も少なくありません。社員の平均年齢も、40代です。今後のことを考えていくと、思い切って新卒採用も検討していかなければと思っています」。
店舗展開については慎重だ。話を聞くと、社員の負担を思ってのことらしい。「うちはやっぱり『人』だと思うんです。そのぶん、スタッフにも負担をかけたくありません。だから、無理な出店は行いたくない。もっとも、店長になりたいというスタッフがいれば、その思いは尊重したいですし、そういう子らが育てば、出店をしていきます」。
さて、今後、山崎氏は、どんな経営を展開していくのだろう。いずれにしても、山崎氏が伝える「ありがとう」は、スタッフたちからの「ありがとう」という言葉となって、会社のなかにこだましていることだろう。
「ありがとう」が、いっぱいの会社。なんと幸せな会社だろうか。

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