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第659回 株式会社湯佐和 代表取締役社長 湯澤 剛氏
update 18/10/02
株式会社湯佐和
湯澤 剛氏
株式会社湯佐和 代表取締役社長 湯澤 剛氏
生年月日 1962年10月18日
プロフィール 鎌倉生まれ。早稲田大学法学部卒。キリンビール入社。研修生として、ニューヨークに派遣されるなど出世街道を進むが、1999年、父が突然、他界。父の跡を継ぎ、株式会社湯佐和の社長に就任。同時に、40億円の借金を抱える。
主なレストラン業態 「海福」「いろは丸」「太郎丸」「七福」他
企業HP http://www.yusawa.com/

1962年、生まれ。

「志願して、海軍に入ったような人」。
今回、ご登場いただいた株式会社湯佐和の社長、湯澤 剛氏は父親のことをそう言う人だといって笑う。躾もきびしく、とんでもなく怖い父親だったらしい。その父親が始めた中華料理店が株式会社湯佐和の源流である。
「戦後、日本食堂でコックになり、昭和35年くらいでしょうか。大船で中華料理店を始めます。これが、うちの始まりです」。
湯澤氏が生まれたのが1962年。つまり、昭和37年だから、その少し前に開業されたことになる。当然、店は忙しく、湯澤氏は、祖母に育てられたそう。
家族旅行の記憶もほぼない。
成績は優秀で、中学から全寮制の山手学院中学校に進んでいる。こちらでも成績はトップクラス。そのまま、山手学院高等学校に進み、学年トップを何度も獲得する。「高校2年の時に、1年間、留学します。だから、実は、2年を2回しているんです/笑」。
留年ではなく、留学で2年を2回。そういうことを勧める学校もあるんだと、少し驚いた。その後、湯澤氏は、早稲田大学の法学部に進み、キリンビールに就職する。

1987年、キリンビール入社。

「早稲田に進学してからは、学校にちかい高田馬場で独り暮らしをはじめます。大学から空手とサーフィンも始めました。そもそも、法学部に進んだのは弁護士になるためだったんですが、空手やサーフィンに熱中すればするほど弁護士という輪郭が薄れていきます」。同時に、周りの学生たちがすご過ぎて、「到底、こいつらには敵わない」と思ったことが、弁護士を断念する引き金になったそう。
「それからは、アルバイトや、そうそう株式の取引で資金をため、とにかく海外に行きました。ハワイやインドネシア、タイ、ヨーロッパなど。ええ、語学は大学時代に英検1級を取り、問題はそうなかったですね」。
大学を卒業し、1987年、キリンビールに入社する。
当初から海外勤務だと思っていたそう。しかし、現実は違っていた、と笑う。
「最初に名古屋に配属され、それから三重。海外に渡ったのは、1992年です。選抜され、研修生として、ニューヨークの人事部人材開発室に異動になりました」。
向こうでの暮らしは、日本食レストランやスーパーで勤務し、勤務後にニューヨーク大学の経営学部で勉強するというスタイル。住まいは小さかったが、マンハッタン、セントラルパークの真ん前だったそう。2年後、医薬事業本部の海外事業担当に任命され、帰国する。
将来を嘱望されていたのだろう。
しかし、1999年、飲食店を経営していた父親が他界する。これが壮絶な人生の幕開けとなった。

2代目、社長、40億円の借金を背負う。

「当時、うちの会社の店舗は33店舗まで広がっていました。年商は全体で20億円くらいです。社員は90名くらい。これだけみれば、そう悪い業績ではありません。しかし、私は父の会社のことを知らないし、そもそも飲食業の経験もありません。たしかに大手のビール会社にはいましたが、飲食店との接点も少ないほうですし、マネジメントの経験もない。だから、自ら進んで社長になろうとは思っていませんでした。ただ、父がいなくなったこともあって、決済など、相談されることが多くなり、なんとなく、なし崩し的に跡を継ぐことになりました」。
そんななかで、どうしても逃げ出せない「鎖」につながれていることを知ったのは、キリンビールから軸足をこちらに移した頃だろうか。
「借入金が、40億円もありました。順調に返済しても80年かかると言われた金額です」。
飲食の経験があれば、多少なりとも先は読める。経営の経験まであれば尚更、再生の道は描けたはずだ。しかし、どちらもない。あるのは40億円という途方もない借金の額だけである。
もっとも、こちらもリアルには想像できない額である。事業を引き継ぐことで、借金も引き継ぐというケースは少なからずあるが40億円というのは、断トツだ。毎月の返済だけでも、3000万円になったという。1時間換算4万円。
「でも、借金だけじゃなかったんです。社内体制がボロボロでした。酒を飲んで仕事するなんてことは彼らにとって常識で、何が正常か、異常かもわからなくなるくらいでした。ただ、そんな職人たちを切ることができない。だって、彼らがいなくなれば、お店が運営できないからです」。
「八方ふさがり」とは、まさにこういう時に遣う言葉だろう。借金に頭を押さえられ、周りには、傍若無人な職人たち。相談する相手もいない。
「唯一、妻がいました。彼女がいたおかげで乗り越えることができたんです」と湯澤氏は語る。

2代目、社長の挑戦と、たたみかける試練と。

実は、湯澤氏は、この時の経験をもとに本を出版されている。
「ある日突然40億円の借金を背負う-それでも人生はなんとかなる。」が、その本の名である。まさに、ある日突然のことだったに違いない。これだけの額になれば銀行も簡単に潰せない。しかし、湯澤氏はどう思っていたのだろう。再生の方向もみえず、ともに歩むパートナーもいない。
そんななかで、翌年の2000年6月に、打ってでる。住まいにいちばんちかい店にメスを入れ、リニューアルする。体制も刷新した。酒を飲んで出社する料理長を解雇した。借金返済への道しるべとなるはずだった。
「ところが、ぜんぜんだめなんです。改装前、体制を刷新する前より、業績が落ち込みます。なぜだろう、って。実は、私が勝手に弱みと思っていたことが、逆にうちの強みだったんです。大手を真似れば、なんとかなる、と、器に合わない戦略も取ってしまいました。それで、お客さまが離れていってしまったんです。『あの店、かわっちゃったね』と残念がる、お客様の言葉がすべてだったんです。大手と同じなら、大手のお店に行けばいいわけですから」。
もともと客単価4000円をイメージしていたそう。それを、客単価3000円にし、日常使いのお店にした。それが功を奏す。リニューアルして4ヵ月目くらいのことだった。
モデルができた。普通なら、試練も話も終わるところだが、試練はまだまだ湯澤氏に襲い掛かる。キリンビールにいれば、将来は違っていたはずだ。しかし、その選択肢は、もうない。
「当時のことを思い出すと、いまでもくらくらしますね。真っ暗だった世界に、光明がさした、そう思った時に今度はBSE問題です」。
当時、利益を叩き出していたのは、吉野家のFC5店舗だった。「アメリカ産牛肉の輸入が禁止されて。利益がだだ下がりです」、と、右手で下降線を描きながら説明してくれる。
もうだめだと思う余裕もなかったのではないだろうか。「そうですね。残るは居酒屋です。正直、『はたらけ』『休むな』ですよ」。叱咤激励。ひと昔なら、響かなかっただろう、その「叱咤」と「激励」に、従業員が応答する。「たしかに、私が経営することで、半分以上の職人たちが辞めていきました。ただ、残る人もいた。そんな連中が私といっしょに歯を食いしばってくれたんです。その結果が、2006年12月の過去最高の売上だったんです」。
しかし、万々歳、でまだ終わらない。
「そうですね。あと数ヵ月で、吉野家の牛丼も復活する、と復活の狼煙をあげるタイミングだったんです」。しかし、まだ飲食の神は湯澤氏を許さなかった。
「翌年1月です。今度は、居酒屋でノロウイルスです」。天を仰ぐしかなかった。さらに、同年の3月30日午前3時。旗艦店の1つが全焼する。
「幸いけが人も、もちろん死傷者もいなかった、それだけが救いでした」。
この追い打ちをかける状況に、湯澤氏はどう立ち向かったのだろう。

勝利の宴を、みんなと。

「なんとかなる」。湯澤氏が上梓した本のサブタイトルはそうなっている。ある日、突然、40億円の借金を背負った人だけに、その言葉には重みがある。ただ、正確に表現すれば、「なんとかなる」ではなく「なんとかできる」ではないだろうか。そんな気がしなくもない。
「2000年の頃かな。帰宅すると、臨月の妻が、電話をにぎって、電話の向こうの相手に何度も頭を下げているんです。『もう、少し待ってください』って」。
奥様は、サラリーマンの娘。こんな苦労をかけるなんて、湯澤氏自身、思ってもみなかったことだろう。ただ、その姿をみたとき、たぶん、心が決まったのではないだろうか。
「始まった、たたかいに、勝つ」と。「勝ってみせる」と。
「最初は、正直、破産も頭にありました。でも、そうすると、いろんな人に迷惑がかかる。連鎖倒産もある。だから、できなかった」。
湯澤氏は、そんな人である。
だから、こそ「勝利」の二文字に固執した。そして、借金もすべて返済したいま、そのすべてから解放されている。だが、もう、次なるたたかいはもう始まっているはずだ。
勝利の宴を、みんなと。次なるコンセプトは、これだ。

思い出のアルバム
思い出のアルバム1 思い出のアルバム2 思い出のアルバム3
大学時代 キリンビール勤務時
名古屋にて
キリンビール勤務時
ニューヨークにて
 
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