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第685回 CLASSIC HD INC. 代表取締役社長 萱場俊克氏
update 19/02/26
CLASSIC HD INC.
萱場俊克氏
CLASSIC HD INC. 代表取締役社長 萱場俊克氏
生年月日 1974年7月18日
プロフィール 高校を卒業し、コンピュータ系の専門学校に進学するものの、1年半で退学し、飲食の道に進む。オーナーのもと、仙台で様々な飲食店を次々立ち上げ、東京にも進出。20年勤務したあと東京で出店した8店舗を買い取り独立。CLASSIC INCを起業する。
主な業態 「TAMEALS」「ALMA」「VAPEUR」「TAVERN」他
企業HP https://classic-inc.jp/

専門学校、退学。一つの決意。

兄の影響で空手をはじめた。兄は案外と早く辞めたが、弟の萱場氏は30歳までつづけ、道場を3つ任されるまでになっている。フルコンタクト系の空手。殴り合いがある、マジに痛いほうだ。
そんな萱場氏も、いまでは空手を卒業。ただ、格闘技はいまもつづけている。今は「キックボクシング」なんだそうである。
もっとも、性格は大人しく、いまでも初対面の人と話すのが苦手だと頭をかく。ふつうの人の前では、フルコンタクト系の攻撃性も、鳴りを潜めるようだ。
「小さな頃は、カギっ子です。だから、料理もつくっていました。中学は帰宅部。これは小学校の頃からかわらないんですが、独りでいることが多かったですね」。
高校は、コンピュータ系の新設校に進学し、学年で1位を獲るなど、好成績をおさめる。卒業時には、成績優秀だと、宮城県から知事賞が贈られている。
「そうですね。割と真面目で、卒業時には『知事賞』もいただきました。専門学校に進むか、NECに就職するか迷い、それで、結局、専門学校に進学します。特待生で進学できましたから」。
その専門学校の時に飲食でアルバイトをしたのが、飲食業界に進むきっかけとなる。「コンピュータ」と「飲食」。ある意味、対極にあるといっていい。まるで、普段の萱場氏と、試合で相手と対峙する時の萱場氏のよう。ともかく萱場氏は、「飲食 に魅了され、1年半で専門学校を退学する。
萱場氏は、ホームページで<何気ない切っ掛けで始めたこの仕事>と書いているが、退学の裏には、一つの強い決意があったのは間違いない。「知事賞」も「特待生」も獲るちからがあったのだから、尚更だろう。惜しい決断な気もしないではない。

仙台では、思い通りになった。東京では、どうなるだろう?

飲食店の印象を伺うと「『ごちそうさま』って、お客様が素直に喜んでくださるでしょ。あれが、いいな、と」いう返答。専門学校を辞め、バイト先で正社員になる。
「たしかに、コンピュータと飲食は、異なりますね。でも、その時、私の頭は、もう飲食だったんです/笑。ただ、私が就職した時に、会社を経営していた共同経営者がわかれて、私は、そのうちの1人に付いていきます。
ある意味、正解だった。
「私が、そう、22歳だから、会社に就職して2年くらい経った時ですね。その時、オーナーが私に投資してくださって…。ハイ。会社がオーナーで、私が起業する、そんなイメージです。それで、『DJ BAR』を立ち上げ、翌年に『CAFE』をオープンします。次が『ベトナム料理』、その次が『タイ料理』です」。
次々に斬新な店舗をオープンする。当然、仙台でもやり手のニューフェイスと注目された。ただしく言えば、仙台だから注目された。「東京でなら、どうだろう?」
「東京」という二文字が、萱場氏の頭のなかにはじめて、現れる。

5億円の挑戦。

「7店舗になった時に、『社長にならないか』とおっしゃっていただくんですが、この時は、お断りしました。代わりにではありませんが、『東京に行かせてください』とお願いするんです」。
約束では、会社を1年休むことになっていた。
ただ、半年で店がみつかり、今度は「東京でやらせて欲しい」とお願いする。
「その時のお店が、宮城県仙台市発祥のイタリアンレストラン『ALMA』です」。
以来、10年で10店舗になる。
「私は、どちらかというと、表にでるようなタイプじゃない。みんなをまとめ動かすような監督タイプです。スタッフを活かすには、どうすればいいか。永遠の課題ですが、このあたり頑張って取り組んできたと思います」。
実は、萱場氏。オーナーから都内にあった店舗87店舗、すべて買い取っている。
「銀行からも融資いただくんですが、何しろ数億の買い物ですから、ギリギリお金を用意できたって感じです」。
でかい買い物だ。
「銀行さんも、私のことやうちのスタッフのことを、よく観てくださってオッケーがでたわけですから、それはそれで自信にもなりました」。
それからも、23店舗出店し、合計10店舗。いずれも人気店だ。
「買い取ったいちばんの理由は、スタッフの仕事環境ですね。保険や、そういうのも含め難しい問題なのはわかっていますが、『俺についてこい』って、ひっぱってきた手前ね。いつまでも、我慢しろというわけにはいきません。それで、いっそ、自分でできるかどうか試してみようと。ハイ、その時のかかった資金が、合計5億円です」。
なんと、5億円の挑戦である。

スケルトン経営で、情報は丸裸。

東京、初出店。萱場氏は、仙台市に大箱をオープンした時同様、店に泊まり込んだ。新橋にある「銭湯」へでかけ、からだを洗った。
「私は、仕事が好きで、仕事一筋ですから、こういう体験も悪くはないんですが、スタッフにさせたいかとなると別の話です」。むしろ、おなじ思いはさせてたくないと萱場氏はいう。たしかに、いまどき「1日18時間労働」は、ナンセンスだ。しかし、人間、はたらいて育つこともある。
「そうですね。もっと、もっとという人もいるでしょう。だから、うちでは『分社化制度』を整えています。むろん、経営は『スケルトン経営』です」。
スケルトン?
「ええ、丸裸経営です/笑。情報を共有するって、これいちばん平等だと思うんですよね」。ホームページをご覧いただければわかるが、萱場氏が運営する店は、いずれもオシャレで透き通っている。経営者のクリアな心が映し出されているんだろうか。
経営者の思いという意味では、萱場氏の場合、「ボランティア精神」も旺盛だ。

チャリティ。

「私がオーナーになる昔からの話ですが、1年に1度、店の1日の売上を全額寄付しています。昨年は、3店舗分でおよそ250万円を寄付させていただきました」。
チャリティ? 
「そうですね。昔から教育に関心があって、お店の売上を募金させてもらっていたんです」。ただ、募金するといっても、どこで、どう使われているのかわからないと責任がもてない。「いくらうちの売上といっても、私たちの活動に賛同してくださって、食事をしてくださったり、なかには、わざわざお金をもってきてくださる方もいるんです。だから、どこでもいいというわけにはいきません」。
ボランティアも、チャリティも、そういう意味では難しい。
「それで、『TAAA』という南アフリカの農業支援を行っている団体をみつけ、そちらに寄付しています。また、今年から宮城県の女川町の子どもたちの教育事業への寄付もはじめています。女川の子どもたちらと一緒に、地元の魚介を使って『調理実習給食』をやったり、と。飲食の楽しみも伝えられたら最高ですね。12月には、TVでも放映されると思います」。
どうやら、この記事より先の、放映になりそうだ。
ともかく、そういう思いをもって仕事をしている、それが萱場氏という人。教育に関心があるというのは、カラテ道場で、子どもらにも格闘技を教えてきたからだろう。
突き、蹴り。汗をかき、不要なものを流し、人は、クリアになる。空手も、飲食も、それはおなじ。

思い出のアルバム
 
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