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第695回 S.H.N株式会社 代表取締役 橋竜太氏
update 19/04/02
S.H.N株式会社
橋竜太氏
S.H.N株式会社 代表取締役 橋竜太氏
生年月日 1988年8月22日
プロフィール 小さな頃からサッカーが巧く、高校卒業後はJFLに所属する。ただし、結果が残せず退団。しばしの充電期間を経て、今度は独立に向け走りだす。25歳で起業。1号店は、赤坂にある「和のや」。2018年6月現在、名古屋、福岡にも進出し15店舗を出店している。
主な業態 「膳屋」「花雪」「AQUA」「響き」「和のや」他
企業HP http://shn-food.co.jp/

母の再婚と新たな兄弟。

サッカー仲間だった。「小学2年生の時に、母が再婚することになって。うちの兄弟と向こうの兄弟が、一つの家族になりました。ええ、そうです。向こうの兄弟ともサッカー仲間でした」。
不思議な縁もあるものだ。「最初はなかなかお父さんと言うことができなくて」と橋氏。母親はママ友の紹介で、再婚相手の義父と結ばれたそう。
「再婚してからのほうが、母はやさしかったですね。女で一つと育てていかなければいけないっていう重荷が取れたのかもしれません」。
兄弟2人がある日から兄弟4人になる。子どもたちもそうだが、ご両親も戸惑われたことだろう。もっとも、全員サッカー少年という共通項のおかげで話は弾んだはずだ。
ちなみに、橋氏は、小学校に上がる前からクラブチームに入っていた。チームでは主要な選手の一人だったそう。再婚は、橋氏が小学2年の頃。小学校では、もうすでに有名だった頃。
「そうですね。小学校の頃にはかなり目立っていたと思います。もちろん、目標はプロサッカー選手です」。

「0」行進。

「中学になってちょっとやんちゃなほうに走ってしまいましたが、特待生のなかでも、スペシャルといって、いちばん上位の特待生として、岐阜の中京高校に進学します」。
「1年の時からレギュラーでフォワードでした。背番号は2年からエースナンバーです」。
部員は120名いて、4軍まであったそう。しかし、つくづくサッカー一家だったのだろう。橋氏の弟もおなじ中京高校に特待生で入学している。
高校を卒業して進んだのは、群馬のJFLのチーム。「今で言うJ3です」と橋氏。いかに橋氏が巧いといってもJ1までの道は遠かった。
「1節目は半分くらいだしてもらったんですが、0ゴール、2節目も。なかには給料をもらっている選手もいましたが、私たちは、無給です。当然、アルバイトしないと生活ができません。その頃ですね。人生で初めてバイト代っていう自由になるお金をもらって。サッカーしかしらなかった少年ですから、ちょっと違った方向にも進んでしまいました」。
3節目も0ゴール。精彩をかいたのか、周りのレベルが高かったのか。
「3年半所属していたんですが、何度目かの監督交代時に、クビになりました。ただ、私も『もうやめたいな』と思っていました。負け惜しみではなく、それは事実です」。
楽しかったサッカーがいつしか楽しくなくなっていた。ゴールポストを揺らすことができないもどかしさもあったことだろう。
年齢は21歳になっていた。

起業へ。その一歩。

「それから群馬にいてもしょうがないので実家に戻ります。ずっと、サッカーでしょ。サッカーとは別の、第二の人生なんて考えもしていなかったです」。
だから、「3ヵ月くらいニートだった」と笑う。次の目標はなかなかみつからなかった。そりゃそうだろう。しかし、雌伏の時に、人は己を見つめ直し、次の一歩を踏みだすチャンスをつかむ。
「サラリーマンとかそういうんじゃなくて、私自身で何かやりたいという思いが強くなって起業を計画します」。
起業といっても、当然、資本もない。
「最初は、佐川急便です。8ヵ月くらいかな。もう、当時の佐川急便は、そう儲からなかったです。そのあと居酒屋でアルバイトを始め、社員になります。2年ちょっとで1000万円をためて独立しました」。
さらりと凄いことを言う。年間500万円を貯蓄したことになる。たぶん、昼夜関係なく仕事をした結果だろう。
「ただ、独立しようと退職したものの、最初は店舗がみつからなくて、たいへんでした。だれも、相手にもしてくれません。ようやく、貸してもいいと言われたのが、いまもある赤坂のお店です。条件ですか? 今思えば、けっして好条件とは言えません。ただ、当時は、もうそこしかなかった。ほかに選択肢がなかったんですね。ただ、このおかげでうちの『空中作戦』がスタートします/笑」。

空中戦法。

橋氏が晴れて独立を果たしたのは25歳の時。計画を立ててから3年半かかった。この3年半は、今まで以上に、がむしゃらな3年半だったのではないか。
才能があったサッカー時代とは何もかもが違う。しかし、逆にいえばそれが原動力となる。「負けてたまるか」。
「赤坂に出店した『和のや』が1号店です。初期費用は1500万円で、家賃は88万円。36坪で、70席です」。
「88万円?」と思わず聞き返した。飲食店の経営では、家賃の約10倍が売り上げの目安と言われている。家賃が88万円だから、約880万円。いきなりは、無理だ。
「ですね/笑。ただ、うちの場合は、700〜800万円で利益はでました。といっても、初月は400万円くらい。3ヵ月目までは400〜500万円を行ったり来たりですから、そりゃ、心配した時もありました」。
赤坂といっても橋氏が出店したのは空中階である。なかなか客もつかない。「TV局の人なんかも利用いただけるようになって、少しずつですね」。
1号店が利益を生むようになったことで、次の戦略も立った。「2号店を出店したのは、1年3ヵ月後です。こちらは初月から、想定以上の月商でした。この時、その街にあった業態をやっていくことが大事だとわかり、一つのうちのルールとなっていきます」。
かなりの戦術家だ。2018年6月現在、店舗は15店舗あるが、実をいうと路面店は1店もない。地下の店舗もあるが、ほぼ空中階。「駅チカでも、家賃が安いですからね。ええ、集客のノウハウがあれば、大丈夫です」。
空中戦法。なるほど、戦法次第では、不利な空中階も、効率的なスペースになるということか。

1000万円が、100億円に化ける。

まだ、志半ばだが、いまの目標を達成すれば、橋氏は<1000万円を投資し、100億円を手にする>ことになる。これが飲食ビジネスの醍醐味だ。
「年内にも出店を計画しています。今のペースでいけば8店舗はいけると思っています。すでに5月段階で2店舗が決まっていますから。売り上げでいえば、今年は20億くらい。来年は40億くらいまでいきたいですね。おかげさまで、各店舗とも業績はいいですし、新店の売り上げが加算されますから、そう難しい数字ではないですね。もちろん、最終目標は100億円。しかも、『最短で』を狙っていますので、まだまだやらなければいけないことはたくさんあるんですが」。
M&Aなども視野に入れるという。店舗開発などスタッフも採用し、出店も加速させていくつもりだ。
100億円という一つ目のゴールポストは間違いなく、近づいている。
どんなシュートを決めるか。むろん、もう外さない。

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