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第730回 DISH株式会社 代表取締役 清水洋輔氏
update 19/08/06
DISH株式会社
清水洋輔氏
DISH株式会社 代表取締役 清水洋輔氏
生年月日 1980年10月16日
プロフィール 葛飾区生まれ。高校を中退し、老舗レストランに就職。18歳から7年間勤務し、20歳の時には料理長に抜擢されている。25歳で退社。様々な業態で経験を積み、28歳で起業。新橋に「あぶり 清水」1号店を出店する。
主な業態 「あぶり 清水」
企業HP https://dishsmz.jp/

祖母と卵焼きと。

父と母が離婚したのは、小学2年生の頃。「まだ小さかったですからね。ま、しないほうがいいと思っていたくらいです。その時から、母といっしょに祖母のうちでやっかいになります」。祖母といっても母親が清水氏を生んだのは17歳の時。だからか、まだ祖母も若く、現役で飲食店を経営されていたそうだ。
「祖母は70過ぎまでスナックをしていました。スナックっていっても、刺身がでてくるくらいですから、料理も旨い。私は、そんな祖母の料理で育ちます」。
じつは、小さい頃にいまの源流がある。「うちで卵焼きをつくったんですね。すると、みんなが『旨い、旨い』ってほめてくれて。今思えば、あれが料理に興味をもつきっかけだった気がします」。勉強も、スポーツも、そう得意ではなかったが、家庭科だけには「はなまる」がついた。
「小学校の頃は野球ですね。中学でも野球だったんですが、先生がこわくって。いったんスポーツは辞めるんですが、2年からまた、今度はサッカーをはじめます。義父の影響はそうなかったですね」。
じつは、母親は再婚し、中学の頃には義父といっしょに暮らしはじめている。
「両親の離婚や再婚。それはもう、私がどうすることもできない問題ですし、だから、私がどうなった、ということでもないと思うんです。ただ、離婚したことで祖母の下で暮らすことになったのは大きいかもしれませんね。料理に関してもそうですし、祖母が経営者でなければ、経営に関心がなかったかもしれないからです」。
高校に進学する頃には「起業」が頭にあった。たしかに、祖母の影響もあったに違いない。だから、正直いうと高校はどこでもよかった。

爆睡の高校生活と、眠れない日々。

「朝。そうですね、5時くらいから起きだして仕事をして。学校に行って、教室で爆睡。そして、4時からまた仕事です。ほんとうはいけないんですが、時には12時くらいまで仕事をしていました。それでも、月にすれば200時間くらいかな。給料は平均10万円。最高で14万円。生活していけないとかそういうんじゃないんですが、たしかに当時からハングリー精神はありましたね」。
飲食は、面白い。これは祖母が教えくれたことの一つ。実践すると、やったぶん給料になったから、益々、面白く、楽しくなる。
「デニーズのバイトは週3〜4日。それとは別に、老舗レストランの『せいとう』でも、アルバイトを開始します。これが、一つのターニングポイントですね。始めたのは高校2年で、高校3年の時には就職してしまうんです。それで、学校にも行かなくなって。ええ、実は、高校は卒業していないんです」。
たしかに、ターニングポイントだ。
「デニーズとはちがって、といったらデニーズさんに怒られますが、こちらは本格派ですから。たちまち仕事にも魅了されます。とはいえ、当時、キッチンは私を入れて2人です。パートさんとかはいたんですが、ランチだけで150人プラス弁当30〜40人分ですからね。15時間拘束。初任給16万円。つまり、仕事はきつかったわけです/笑」。
この「せいとう」に清水氏は、25歳まで勤務している。20歳にはキッチンの責任者、つまり料理長になり、のちに店長にもなる。この7年間はいうまでもなく、清水氏を育てた貴重な時間である。
ちなみに、この時、清水氏はもう一つの仕事を掛け持ちしている。「給料が16万円だった頃です。仕事がはけてから、カラオケでバイトをしていました。16万円じゃ手取り10万円ちょっと。だから、カラオケでもバイトをして、それで30万円くらいですね。ええ、当時はぜんぜん寝ていないわけですが、割とそういうのに慣れているんです」。
高校を卒業してしまったので、爆睡の時間はなくなってしまった。ともかく、眠れない日々は、清水という少年を大人にした。起業は、もうまじか。

創業。2009年。

「25歳で、『せいとう』を卒業させていただいて、それからいろいろな店で修業をします。『新橋で勝負しよう』と思ったのも、じつは、この時。新橋の餃子の店ではたらいたのがきっかけで、そう思うようになりました。3年、いろんな店で修業させていただいて、それで起業したのが28歳、2009年です」。
起業を思い立ったのは16歳の時だから、もう10年以上、起業に向かって歩んだ計算になる。
「新橋ですからね。家賃もそれなりです。創業店は5.95坪。それでも取得費や内装費、備品代で計450万円くらいで済みました。済んだといっても、かつかつですから、赤字がつづくとアウトです。その時はその時で、ほかでバイトすればいいか、みたいなことも思っていました」。
450万円。借り入れゼロで済んだのは、大きい。
それで、どうでしたか? と聞いてみた。
「だいたい昼の1時くらいから仕込みをスタートして、5時からオープン。クローズは翌日の2時か、3時です。MAXは翌朝10時っていうのもありました。業績は初月からまずまずで80万円。最初は平均して100万円くらいだったんですが、2階も借りることができて11坪になり、月商でいえば500〜600万円くらいになっていきます」。
サラリーマンのリゾート新橋だから、いきおいは止まらない。
「そうですね。いまでは1100万円くらいですか」。
11坪で? 「ええ」と、清水氏は当然のように呟く。
「2階に店を広げてから1年後に、向かいに『HANARE』をオープンします。こちらはなんだかんだといって1400万円くらいかかりましたが、こちらも好調で20席で月商は700万円くらいです」。
なにがそうさせるのかと、グルメサイトを観に行くと、「清水HANARE」で3.5以上の高得点。「新橋×旨い」。これは、間違いなくヒットの公式だ。
ちなみに、2019年6月現在、11店舗(FC・独立組含む)を展開している。うち1店舗は海外、タイだ。清水氏の経営ノウハウは、新橋というエリアを超え、日本さえ飛び出している。
そういう意味では、「新橋×旨い」は、少し書き換えなければいけないかもしれない。「清水×仲間」。正確にはこれだろう。

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