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第74回 株式会社平城苑 代表取締役社長 鏑木順之氏
update 09/11/02
株式会社平城苑
鏑木順之氏
株式会社平城苑 代表取締役社長 鏑木順之氏
生年月日 1973年5月29日、千葉県野田市生まれ。
プロフィール 警察官の厳しい義父に反抗するように、祖母の家で暮らし、祖母の下で育てられる。高校を卒業し、就職するが、会社の経営に納得できず、職を転々とする。
26歳の時に、株式会社 平城苑に入社。上司の命令でも、信念を通す姿を当時の社長、内田氏に認められ、内田氏の娘と結婚。
2009年4月、内田氏より、社長の座を譲り受ける。
主な業態 「平城苑」
企業HP http://www.heijouen.co.jp/

職を転々とする。それでも信念を曲げることはなかった。

正しいと思ったことは、曲げない。だから、意見が食い違い会社を辞めざるをえないこともあった。鏑木 順之、株式会社「平城苑」代表取締役社長の過去を振り返ると、そんな葛藤が見えてくる。
「平城苑」はいうまでもなく、昭和45年開業の焼肉の名門店。株式会社「平城苑」は、関東圏に焼肉専門店「平城苑」をはじめ、5業態32店舗を展開する老舗のフードビジネス企業でもある。創業者は、現在会長を勤める内田 寛氏。鏑木は、今年、2009年4月、その内田氏から社長椅子を引き継ぐことになった。
鏑木が「平城苑」に入社したのは、26歳の時。すでに、大工、ガソリンスタンド、居酒屋、焼肉店など、職を転々として、この年に「平城苑」に入社することになる。

鏑木の人格形成に大きな影響を及ぼした人間を挙げるとすれば、義父と祖母ということになるのではないだろうか。義父は、警察官であり、しかも、役職は組織の上部に位置していたそうだ。厳しいしつけに反抗するように、鏑木は、「家にも帰らなかった」と振り返る。代わりに常宿としたのが祖母の家であった。
祖母は鏑木を黙って受け入れてくれた。ただ一言、仕事を休みたいと思う鏑木の気持ちを見透かしたように、仕事を休むともったいない、と。そういう言葉を投げかけた。
高校を卒業した頃だったのだろう。今日一日休めばいくら損をしたことになるか。祖母の飾り気のないシンプルな言葉は、鏑木の心にしみ込んでいくことになる。
「だから、仕事だけは休まなかったですね。何かがあって、退職しても、翌日には、次の会社で働いていましたから」。祖母のやさしさに、少年だった鏑木なりの応え方だったに違いない。「祖母に育ててもらった」と鏑木は、いう。

一方、義父の影響はどうか。いまでは何のわだかまりもないというが、義父との関係は、鏑木の独り立ちの精神を養う上で、一役買っているような気がしてならない。厳格な義父をみて、鏑木もまた自立心と共にまっすぐに物事を貫く、強い心を育てていったのではないか。

娘と結婚しないか。当時社長だった内田氏からの意外な一言。

さて、26歳で「平城苑」に入社した鏑木に、ひとつの事件が襲った。正確にいえば事件というほどのものではないが、当人たちにとっては、一大事だったに違いない。顛末はこうだ。

鏑木がチーフを勤めていた頃。その店が業績不振ということもあって、リニューアルオープンすることになった。同時に、店のコンセプトを変更し、低価格のメニューで構成する。その分、肉のクオリティを下げる、ということだった。肉のクオリティで信頼されている「平城苑」である。鏑木は、当時の店長と共に猛反対する。鏑木にとって、いくら業績が悪くても、質の低下は、お客様を裏切る行為としか思えなかったからである。

会社の決定に反旗を翻す。いつか来た道である。鏑木のなかには辞職という二文字も浮かんだのではないか。しかし、当時社長だった内田氏が、これを認める。やがて、鏑木が社長になるわけだが、「クオリティを落とさない」、これが、社の信念になっていったのは、この時からである。

当時社長だった内田氏を鏑木が心底から敬愛するようになったのは、これからしばらくしてからのこと。店舗でのミスが大きな波紋を呼び、内田氏に謝罪に行った時のことである。
「反省して二度としなければいい」と、怒られるのではなく逆に励まされた。この時から、心が通い合ったのではないか。

そんななか、29歳になった鏑木に思いもよらない一言が内田氏の口から発せられた。「娘と結婚しないか」。内田氏の視点からみれば、これぞと見込んだ男性に娘を嫁がせ会社を譲りたかったのだろう。しかし、鏑木は、戸惑いつつも、いったんは首を横に振る。それでも、執拗な内田氏に根負けするように、ならば、一度会わせてほしい、と。

もし、この時、内田氏が執拗でなかったら、また何かしら政略的なものであれば、鏑木がいま社長の椅子に座っていることはない。紹介された内田氏の娘、つまり現在、鏑木の妻は、社長令嬢でありながら、素朴で、とても魅力的な女性だったのである。しかし、この女性との結婚で、鏑木は、試練を迎えることになる。

周囲の厳しい目に耐え、「平城苑」の新たな時代を模索する。

1970年創業の老舗である。その老舗の屋台骨を入社3年のしかもまだ29歳の若者が、引き継ぐ地位を突然、得た。周囲の目が、厳しくなるのはいうまでもない。ところが、鏑木はその試練を難なく跳ね返していく。間違ったことはしていない。曇りのない目でみれば、鏑木もまた社員の一人であり、たまたま社長の娘と結婚したにすぎない、という達観があったからだ。鏑木にすれば、ゆくゆく社長の座を引き継ぐかどうかも、その時点では未定だったのではないだろうか。

ともかくこういう風にして、株式会社「平城苑」の第二代社長が、育っていく。老舗の焼肉店という業態の、過去と未来を紡ぐために、である。その重責はいうまでもなく重い。

社長になったいまも鏑木は、忙しい時間の合間を見つけては、必ずどこかの店舗に顔を出すようにしていているそうだ。社員やアルバイトの意見を聞いたり、接客の様子を見たりするためである。驚くべきことに200名いる社員のことは、プライベートまですべて把握している。「分かっていることで掛ける言葉も変わってくるから」と鏑木はさらりと言ってのける。

二代目の社長として、鏑木は、どこに向かうのか。分かっているのは、「人を裏切らない」「間違ったことはしない」という彼の生き様の原点だ。鏑木を育てた祖母がかつてこういう風にいっていたそうだ。「人に尊敬される人間になりなさい」と。この厳しい教えをいまの鏑木は、追いかけているかのようだ。老舗の会社に、「競争の原理」と「利益を追求」という二つの目標を提示する。この、まだ始まったばかりの戦いは、やがて鏑木を中心に、200名の社員全員の総力戦になるに違いない。

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