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第742回 株式会社ゆかり 代表取締役社長 山下真明氏
update 19/09/17
株式会社ゆかり
山下真明氏
株式会社ゆかり 代表取締役社長 山下真明氏
生年月日 1983年11月15日
プロフィール 高校卒業後、音楽業界、小売り業界を経て24歳で、後継者として株式会社ゆかりに入社。フランチャイズ店である、天三店など数店で経験を積み、2016年7月に社長就任。
主な業態 「ゆかり」
企業HP https://www.yukarichan.co.jp/

はじまりは、「甘党ゆかり」。

大阪には、いくつものお好み焼の店がある。老舗もあれば、モダンな造りの店もある。「ゆかり」が創業したのは昭和25年だから、むろん老舗である。もっとも山下氏に言わせれば少し様子が異なる。
「じつは、うちは最初、<甘党ゆかり>としてスタートしてるんです。その後、昭和40年に<パーラーゆかり>をオープンし、昭和44年に洋食業態<グリルらん>をオープン。いまのお好み焼専門店としてスタートしたのは昭和47年。ですから、ほかの有名なお好み焼店と比較するとずいぶん後発なんです」。
なるほど。
たしかに、創業は古いがお好み焼店としてスタートしたのは、1972年のこと。それだけに限れば、マクドナルドやケンタッキーより新しい。「そうですね。だから、たいへんだったと思います」。お好み焼店へのリニューアルを進めたのは、先代の社長。むろん、山下氏の父親だ。

原価率40%のお好み焼。

「いまでも、そうなんですが…」と言って、山下氏は、当時のことを話だす。
「当時といっても、私はまだ生まれていませんから聞いた話です。後発だから、『とにかく差別化しないといけない』ということで、食材にお金をつぎ込みます。いまもそうなんですが、たまごも高級鶏卵「ヨード卵」を使用し、小麦粉も特等粉で、きめ細かくケーキにも使用できるグレードです。むろん、ほかの食材もおなじ。だから、原価率は40%にもなっています。『粉もんは、儲かる』っていいますが、あれは、うちには当てはまらない話です/笑」。
もともと、パーラーやグリルだったから、コック出身のスタッフもいた。「だから、うちだけのメニューもつくることができました。たとえば、『塩焼そば』や『オムそば』は、うちが先駆けなんです」。
旨いからファンはついたが、利益はなかなか上がらない。
「それでも、私の父親が3代目となってから、3店舗から13店舗まで拡大します」。
とにかく関西人はお好み焼が大好きだ。
梅田の、たとえば東通りとお初天神に向かう道が交差した点に立てば、半径300メートルくらいに数店舗のお好み焼の店がある。
「ゆかり」だけで、4店舗。
東通りを東に進めば、左手に1つ。地下に入り、ホワイティを進めばそこに、もう1つ。お初に向かおうとすれば、右手にすぐあり、横断歩道を渡り、お初天神に向かいまっすぐ進めば、さらにあと1つ、といった具合だ。むろん、これだけあるにもかかわらず、行列ができる日もある。
すごいもんだ。原価率40%と大声でうたわなくとも、人は、それを見抜いているのだろう。ただし、老舗の「ゆかり」の社長が、まだ35歳とは、さすがに関西人でも想像できないだろう。

4代目候補が、栄養失調?

4代目となる山下氏が生まれたのは、1983年。高校の頃から音楽にハマる。
「高校1年の時の文化祭ですね。生演奏を聴いて、こりゃすごいや、と。それから音楽にハマり、勉強どころじゃなくなったから、入学当時は学年7位だったのが、卒業時は後ろから3番目と、勉強は散々でした/笑」。
ライブハウス、スタジオ…、異空間と音楽が、山下少年のこころを離さない。
「それで大学にも進学せず、音楽関係の仕事を始めます。ライブハウスだったり、スタジオだったり、レーベルの仕事をしたこともあります。給料は…、あれが雀の涙って奴なんでしょうね」。スーパーに行って、やすくなった麺を買い、すする日々。
「それでも音楽からは、離れられなかったですね」と苦笑いをする。「じつは、音楽を辞めたのは、ドクターストップがかかったからなんです。栄養失調です/笑。なんにも食べてないですからね」。
ストイックなところがある?
「そうですね。わりと没頭してしまうことはありますね。食いもんやの息子が栄養失調って、笑い話もなりませんが、そのおかげで、食べることの難しさや、たいへんさをからだで知りました。2代目、3代目の社長さんで、こういう経験しているのは、私くらいじゃないですかね?」。

社長、就任。

音楽の仕事の後、グッズのショップで4年半働く。「24歳の時からうちのフランチャイズのお店で仕事を始めます。2012年に専務となり、2016年7月に社長に就任します」。
4代目を引き継いだのは、2019年現在で69年の歴史ある名店だ。
「私が社長就任後いちばん注力したのは、労働環境の改善です。まずは、お休みと待遇。 社員数は現在32名です。今後も採用していきます。アルバイトさんのほうがコストがやすく済むのはわかっているんですが、原価とおなじでしっかりとしたお店を作るには必ず必要だと考えております」。
人件費を上げると、FL比率は、70%を軽くオーバーするだろう。「そうですね。だから、料理のラインナップも今までと少しかえ、じつは、ステーキもはじめました」。
高付加価値へのチャレンジだ。ホームページで確認すると、牛ランプステーキ(980円/税込み)と牛肩ロースのガーリックステーキ(1080円/税込み)となっている。
「父からバトンタッチされたのは、私が32歳の時ですし、私も息子が32歳になったらバトンタッチできるようにより良い商品、より良い会社へと精進していきます」と山下氏。
まだまだ先の話だが、息子さんにタッチした山下氏は、何をはじめるんだろう。その時、もう一度音楽の世界へなんていう話になれば、大阪人は、きっと拍手喝采することだろう。

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