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第745回 株式会社ポジティブドリームパーソンズ 代表取締役社長 杉元崇将氏
update 19/10/01
株式会社ポジティブドリームパーソンズ
杉元崇将氏
株式会社ポジティブドリームパーソンズ 代表取締役社長 杉元崇将氏
生年月日 1967年2月13日
プロフィール 福岡大学卒業後、事務用品等の販売会社「イトーキ」に入社、オフィススペース全体の空間設計や、CI(コーポレートアイデンティティ)に伴うオフィス移転プロジェクトに多数参画。やがて子会社再建のために出向し、実践を通して経営ノウハウを習得。その後、ウェディング事業のベンチャー企業の立ち上げに参加し、スタートアップフェーズの経験を積んだ後、1997年に30歳で「ポジティブドリームパーソンズ」を創業。
主な業態 「ザ ランドマークスクエア」「ザ マーカススクエア」「グラナダスィート」「スケープス ザ スィート」他
企業HP https://www.positive.co.jp/

バレーボールで知った、私の性格。

父親の実家は、酒蔵を経営していた。母親の実家はビジネスホテルを経営。両親はサラリーマンだが、経営者のDNAは、隔世遺伝のように現れる。
「小学生からリトルリーグに入って、5年からエースとして試合に出ていたんですが、6年生の最後の大会でピッチャーからライトにコンバートされてしまうんです」。
これが、初めての挫折経験。トラウマだ、とも語っている。大人から見れば大げさに映るが、そうではない。今も、忘れていないほどだ。
それで、野球に見切りをつけたわけではないが、中学からはバレーボールを始める。ポジションはセッター。「セッターっていのは、ゲームをつくっていく役割を担っているんです。セッターは一歩引いて、全体を見ないといけませんから、そういう意味でいい経験ができました」。
もともと、運動神経は抜群だったんだろう。高校ではラグビーとテニスをやっている。「もっとも、ラグビーは1週間で辞めちゃいました」と笑う。
「割となんでもできました。スポーツもそうですが、生徒会長に推薦されたりもして。ただ、私自身はセッターのような仕事がいちばん合っていると思っていました。プロデューサーといえば、言いすぎですかね/笑」

オレも28歳で起業だ。

「大学時代はファッションに興味をもち、バイト代の大半は洋服に代わります。大学は福岡大学です。地元を離れたのは、これが最初だったもんですから、いろんな意味で刺激をうけました。ディスコやバーで働いたりしたことも、刺激の一つですね。今まで知らない世界を知る。すべてが新鮮でした」。
「実は起業に興味をもったのも、この頃です。バーで出会ったお客さんのなかに28歳で起業した人がいたんです。この方から仕事の楽しさをはじめ、様々なことを学びました。もともと漠然と起業に興味をもっていたのも事実で、この方との出会いで、意思が固まります。『オレも28歳で起業だ』って」。
28歳。大学を卒業して、6年後を、ひとまずはゴールに設定。
「就職先を選択するのも、起業に役立つかどうかでした。もちろん、具体的なプランはまだない状態です。だから、理念とか、ビジョンを大事にして、いろいろな会社さんのお話を聞きました。イトーキに入社させてもらったのは、社長のビジョンが決め手になりました」。
希望していた東京配属が実現する。
上司にも恵まれ、時には、社長の鞄持ちのような仕事も経験したそう。
「すごく勉強になりました。当時は社長がトップ営業だったので、営業のための資料の準備なども、そりゃ、手も抜けません」。
「この時の経験があったからでしょう。実は入社5年目から出向することになり、出向先では社長のような仕事をするのですが、なんとか、全うすることができました。起業するにも、いい経験になりました。出向先には2年間、在籍するんですが、一番経営の勉強ができた時だと思っています」。

感動とともに、生まれた、ポジティブドリームパーソンズ。

経営者の生の声を聞く。それだけでも恵まれている。そのうえ、実践もできるなんて、そうそうないことだ。「28歳で起業する予定だったんですが、ちょっと長く在籍しすぎました。結局、出向から戻されるタイミングで退職します」。
イトーキの仕事は、むろん面白かったが、起業の志は変わらなかった。それだけ、強い思いだったという証だろう。
「そういうと格好いいんですが、何をするかもまだ決めてなかったですからね。ただ、ずるずる行きたくなかった。それで、思い切って」。
このあと、杉元氏は、とある会社の創業メンバーとして勤務する。その一方で、起業のタネもみつけている。「先輩の結婚式に出席した時のことです。やっぱり、東京の結婚式なんです。幸せそうなお二人にも感動しましたが、式自体にも感動するんです。私が知る、福岡の結婚式とはぜんぜん違っていて、これだ、と」。
「なんでもそうだと思うんですが、東京から地方へ広がっていくものって多いですよね。いくらかの時間差があって。だから、これだ、と。そして、何より感動ですね。こういう感動を生みだす仕事をしたい、と」。
この時、ポジティブドリームパーソンズが生まれたと言っていい。生まれた、ビジネスのキーワードは、「感動」の二文字。

「GNH」を向上。それは、ハレの日をみんなで楽しむことかもしれない。

ポジティブドリームパーソンズについては、ぜひ、ホームページを参照していただきたいと思う。ウェディング事業、レストラン事業、フラワー事業と幅広い。
代表メッセージのなかで、杉元氏はポジティブドリームパーソンズの使命について語っている。
多少、要約すると<2019年、現在、日本のGDPは、世界第3位。一方で、「豊かさ」をはかる尺度である「GNH」は世界156ヶ国中、54位。“モノ”はあふれているが、“ココロ”が満たされない日本の現状を課題ととらえ、日本、さらには世界の「GNH」を向上させることを使命と考え、世の中に『感動』という新たな価値を提供していく>となる。
壮大といえば、壮大だが、ホームページをつぶさにみれば、決して絵空事ではないことがわかる。
<「感動」という新たな価値>。この一言がいい。むろん、杉元氏自身は感動を生む、セッターの役割だ。

いまからのハレの日は、もっと普段着になる。

「近年ブライダルのマーケットは、減少しています。少子化ですから、避けられないことです。ただ、ウェディング事業が弊社の根幹であることに変わりはありません。特に、ウェディング事業を通し、体得したホスピタリティは、弊社の財産です。実際、弊社が運営するレストランのホスピタリティには、多くの方々から高い評価を頂戴しています」。
「ウェディングとレストランのハイブリッド的な、そういうサービスにもニーズがあると思っています。結婚式に、それほどお金をかけたくない、とかですね」。
杉元氏がいうレストラン事業の詳細をホームページで観たが、各レストランは、ロケーションも抜群で、空間も素敵に彩られている。具体的には以下のレストランだ。
<ザ ランドマークスクエア トーキョー><ザ ランドマークスクエア オオサカ><レストラングリルテーブル ウィズ スカイバー><ザ マーカススクエア 神戸><メインダイニング カバーナ><ザ マーカススクエア 福岡><テイスト オブ ザ ランドマークスクエア オオサカ>などなど。
こちらも、ググる価値がある。
「あとそうですね。おしゃれで、素敵なパーティやイベントを、といったニーズですね。これらを一つひとつ原動力にしていきたいですね」。
<ハレの日には、酒肴を楽しみながら、大いに語らう。>、ホームページには、こんな一文もある、確かに、そうだ。そのハレの場が、式場、レストラン、いずれであっても、その場が素敵なら言うことはない。

思い出のアルバム
 

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