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第753回 株式会社goonies 代表取締役 鈴木正史氏
update 19/10/29
株式会社goonies
鈴木正史氏
株式会社goonies 代表取締役 鈴木正史氏
生年月日 1973年9月28日
プロフィール 横浜生まれ、川崎育ち。高校卒。アパレル会社に勤務するも、折からの不況で服が売れない。偶然出会った幼馴染に誘われ、飲食の世界へ。30歳の時に、友人らといっしょに起業するが2年でクローズ。再出発し、今度は料理も学び、37歳の時に、赤羽に<肉屋直営欧風居酒屋『グッドミート☆バル』>オープンする。2011年のことである。
主な業態 「グッドミート☆バル」「bonne viande」「グッド・ミート・バル・スタンド」
企業HP http://www.goonies.co.jp/

飲食に進むまでの歩み。

父親は、川崎で魚の卸をされていたそう。母親は、保険の外交員。ともに忙しい。
「親父は深夜に仕事に行き、母は夜遅くまで外交員の仕事をしていました。私は3人きょうだいの真ん中です」。
姉と弟。
「両親が忙しいこともあって、自分の食べるものは自分でつくるのがうちのルールでした。そういう意味では、昔から料理に慣れ親しんでいます。今と違い、当時は料理が好きではなかったですが(笑)」。
小学校の低学年から剣道をはじめ、4年から中学1年まで野球をつづけ、中学2年からサッカー。「高校からは帰宅部です」と笑う。
スポーツは好きで、今でも野球は大好きだが、勉強は好きになれなかった。
「高校は野球の強豪校に行きたかったんですが、学力がない/笑。それで、一般校に進み、帰宅部というわけです」。
なるほど。好きといっても、そうそううまい具合にはいかない。
「じつは、ファッションが好きで、高校卒業後にはアパレルメーカーで仕事をしていたのですが、折からのアパレル不況で服が売れません。26歳の時、アパレルの先は暗いといわれ、転職を決意します。といっても、つぎの仕事は銀座のクラブのボーイ。将来をしっかり見据えていたかといわれると『?』なんですが」
ただ、この選択で、人生の道がみつかる。

赤羽に、おしゃれな肉バルがオープンする。

「最初の独立は30歳の時です」。
最初の独立?
「そうなんです。最初は、幼馴染を含めた数人で独立して、レストランをはじめます。じつは銀座でばったり幼馴染に出会って、彼に誘われ、飲食の会社ではたらいていたんです。それで、彼を含め、数名でいっしょに独立です」。
しかし、なかなか思うような業績は上げられなかった。「立地がよくなかったですね。2年経って、クローズします。今考えると当然のなりゆきです(笑)私自身は、それからも知人の紹介で居酒屋ではたらきます。今度は料理も勉強しました。最後に就職したのが、もつ鍋の会社です」
株式会社アキナイ。もつ鍋の名店「もつ福」を展開されている会社だ。
「この会社に在職していた時に、もう一度独立を考えます。資金も貯め、37歳の時に2度目の独立を果たします」。
それが、赤羽ですか?
「2011年の7月ですから、震災の年ですね。当時の赤羽は、思っていたより活気がなかった。治安も、今一つです。今では飲食店も多いですが、うちがオープンした当時は、それもごくわずかです」。
たしかに、いまの赤羽は、昔の赤羽とは様子が異なる。
「ただ、うちはオープン初月から600万円を売り上げます。赤羽のこのあたりには、ワイン業態がなかったんですね。好調な理由は、それもあったと思います」。
奥様も貢献している。「妻の前職の関係で、何人かの芸能関係の人からお花をいただいたんですね。あれは、インパクトがありました」。
名前をうかがうと、たしかに、赤羽の住人はびっくりしたはずだと、へんに納得する。

仕事熱心な経営者に、惹かれる人は多い。

それからの沿革はホームページにのっている。
平成23年7月<肉屋直営欧風居酒屋『グッドミート☆バル』オープン>、これが1号店。つづきは以下。平成24年12月<株式会社goonies設立>、平成25年8月<肉や直営ビストロ『bonne viande』>オープン。平成28年3月<肉屋直営欧風居酒屋『グッドミート☆バル 横浜』>オープン。平成28年11月 <『グッド・ミート・バル・スタンド』>オープン。
現在4店舗
秋には5店舗目<スパニッシュイタリアン「CARNICERIA」>のオープンが決まっている。
「平成28年にオープンした『グッドミート☆バル 横浜』が、ある店長のおかげもあり、爆発します。これで、一つ軌道に乗ったというイメージでしょうか」。
今後の話もうかがった。
「いままでとは違ったカフェや、小さな箱のレストランをやりたいなと思っています」。
この発想がいい。背伸びをしないというのではなく、クオリティを濃厚に詰め込んだような、そんな店を鈴木氏ならつくり上げてくれる、と思ったからだ。
父親は、川崎で魚の卸を。母親は、保険の外交員を。仕事熱心な、ご両親のDNAを鈴木氏もまたしっかり受け継いでいる。どこまで伸びるか、楽しみな経営者の一人である。
ところで、ここ数年で、赤羽が変貌している話をした。ひょっとすれば、鈴木氏もひと役買っているかもしれない。赤羽、かわる。かわったと思うような街には、きっと、どこかに、鈴木氏のようなパイオニアがいるんだろう。

思い出のアルバム
 

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