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第77回 有限会社OEC(オーイーシー) 代表取締役社長 小口俊也氏
update 09/11/10
有限会社OEC
小口俊也氏
有限会社OEC(オーイーシー) 代表取締役社長 小口俊也氏
生年月日 1968年、東京都に生まれる。
プロフィール 5人家族の3男。両親が幼い頃に別居。母の元で育てられるが、頻繁に父にも会い、やがてその父が師匠のような存在になっていく。
早稲田大学教育学部卒後、(株)日本エアシステムに就職。7年間在籍の後、飲食店を父と共に開業。
その後、独立し、1992年、有限会社OECを設立した。
和食ダイニング「SORA」ほか複数店舗を経営する一方で、若手経営者の育成、また店舗のプロデュースやコンサルティングも手がける異才の持ち主である。
主な業態 「SORA」「ビタミンカフェ」
企業HP http://oec.tokyo/
子どもの頃に描いた夢を実現できる人は何人ぐらいいるのだろう。中学時代に、すでに「飲食業を志していた」という、(有)OECの社長、小口俊也は、子どもの頃の夢を見事に叶えた一人である。早稲田大学卒業後、(株)日本エアシステム(現日本航空(JAL))に就職。総合職という立場で、いくつもの実績を残したにも関わらず、実績も地位もあっさりと捨て、飲食業の設立に向け歩き始める。その後の足跡は、雑誌やTVでも数多く取り上げられているため、ここでは、過去を振り返り、人気の飲食店「SORA」が誕生するまでの道のりを辿ってみよう。

中学生時代に飲食業を志す。

高校を卒業し、早稲田大学に入った小口は、洋食関連のアルバイトを始め、調理師免許を取得する。いうまでもなく、いずれ飲食店を経営するための布石であった。ところで、「この人間の、ここが凄い」という点を一つ挙げるとするなら、小口の場合は、「学生時代からすでに、人生の目標を明確に据え、それに向かっていく強い意志を持っていた」ことを挙げたくなる。確実に、飲食店の経営のゴールが近づいてくる。

 ここまでの意志があれば、資金はともかく、大学卒業後スグに店を開業する方法もあったはずだ。しかし、「SORA」、また小口の、現在の幅広い活動を見ればわかるように、彼のゴールは、単に自分の店を持つことではなかったようだ。

 小口は、「バランスの良い経営をするためには、社会経験と資金が必要だ」と考え、一般企業に就職する。同時に「最高のサービスを学べ、国内外を巡ることができる」という理由で、「株式会社日本エアシステム」に就職する。与えられたのは、客室乗務員たちをマネジメントし、育成する仕事だった。在籍中、パソコンを用いた研修システムの開発で「副社長賞」を獲得するなど、この会社でも多くの実績を残している。「ボーイング777」導入のためシアトルと日本を何度も往復した経験もあるそうだ。7年間、勤務した後、退職。初志貫徹。最高のサービスを修得し、いよいよ飲食業の経営者を目指すことになる。

飲食業の奥深さを知り、活動の範囲を広げていく。

父からの誘いがあったのは、ちょうどそんな時であった。むろん、返事は「Yes」。こうして玉川に、尊敬する父との共同作業で、「郷林坊」という初の店舗が誕生した。「父が蕎麦を打ち、私が支配人となって。江戸会席、蕎麦会席をメインにしたお店でした。おかげさまでオープンから、順調に滑り出し、好調な業績を残すことができました。JAS時代の付き合いでパイロットの人や、Jリーグの選手やOBの人たち、女優さんにもいらしていただいて」。評判になる。一方で、小口は、蕎麦や豆腐料理の修業を重ねる。水産加工会社に入って日に何百匹という魚をおろして腕を磨いたこともある。

 こうして2001年、父から離れ、有限会社OECを設立、和食ダイニング「Sora」を開店した。メニューには、打ち立ての蕎麦、産直野菜、豚鍋など、オリジナルな和食が並ぶ。その後の原点ともいうべき店舗が誕生した。ひとつのブームになったのは、「トマト鍋」。雑誌やTVでも良く取り上げられている。

 小口は、日本人は「サービスを受けるのがヘタ」だという。「外国の方は、たとえば食事をするほうも、お店と協力していっしょに楽しもうとする。でも日本人は、お金を払っているのはこっち、という態度が抜けない。だから、楽しめない」。こういういまの風潮を少しでも変えていきたいという。

 一方、若手の経営者の育成にも、力を注いでいる。店舗の運営委託など、さまざまな手法を模索している最中だ。3時間だけ営業する話題の「ビタミンカフェ」は、この模索の中から誕生した。小口の活躍は現在、食のプロデュースにまで及んでいる。きっかけは、島根のある旅館からコンサルティングを依頼されたこと。その後、宅配ピザの大手外食企業からの依頼も受けている。店舗のプロデュースも手がける。中国にも、小口プロデュースの店舗があるということだ。さらに、野菜のブランド化にも取り組む。山形庄内青果ブランドプロジェクトがそれにあたる。

 さて、子どもの頃の、まだあやふやだったに違いない夢の輪郭が徐々に鮮明になり、やがて、明瞭な姿を現すようになる。同じ飲食店の経営者だとしても、子どもの頃に描いたそれと、いまの姿には大きな差があるような気がしてならない。子どもの頃には思いも付かなかった飲食業という仕事の幅広さ、深さ。経営者として、辿り着ける高みのようなもの。それをいま小口は感じているに違いない。だからこそ飲食店の店主と言う枠を超えた活動を始めているのではないだろうか。いずれにしても、今後に期待したい若手経営者の一人であることは間違いない。

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