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第781回 株式会社和音人 代表取締役 狩野高光氏
update 20/04/07
株式会社和音人
狩野高光氏
株式会社和音人 代表取締役 狩野高光氏
生年月日 1987年1月8日
プロフィール 東京都の向島に生まれる。15歳から飲食に入り、グローバルダイニングなどを経て、独立。設立当初から農業ビジネスにも進出。3次産業から1次産業まで幅広いジャンルでビジネスを展開する。
主な業態 「焼鳥 月山」「お江戸熟成割烹 雫月」「GYOZA SHACK」「かほくらし 華音」他
企業HP https://winebito.co.jp/

15歳の少年、飲食に進む。

15歳の少年がセレクトしたのは、「珈琲館」と「やきとり一番」だった。どちらも楽しかったが、飲食にハマったことでいえば、後者の影響が大きかった。18歳、「珈琲館」のオーナーが店をクローズするというので、ベーカリーショップでも仕事をした。
仕事のかたわらで始めたバンド活動では、ビクター主催のコンテストに出場し、いきなり優勝を果たす。少年はボーカル。会場に、少年の声が響く。
「最初のメジャーデビューのチャンスはこのビクターさん主催のコンテストですね。ただ、優勝したんですが、なぜかメジャーデビューしたのは、3位だったグループ。いま思えば、私らは若すぎたんでしょうね。なにもかも。その後、いったん解散して。ハイ、改めてメンバーを募り、再結成するんですが、こちらでもすぐに評価をいただきます。ただ…」。
今度はエイベックス。
ただし、尖がりすぎた少年たちに、投資しようという大人はいなかった。「たしかに、そうですね。これでもかってくらい尖がっていました」。
バンド活動の時もそうだった。
「僕が変わったのは、ある店で店長になった時かな。ようやく、社会っていうものが観えてきたんです」。
少年は、叩かれ、削られ、大人になった。少年の名は、狩野高光。三軒茶屋をベースにする株式会社和音人の創業者である。

日本一のサービスマン。

「人生が動いたのは、グローバルダイニング時代です。アントニオさんという先輩とお会いします。あ、アントニオっていうのはあだ名で、日本人です/笑」。
 その時、狩野氏が勤務していたのは「タブローズラウンジ」。
グローバルダイニングのなかでも、もっともアッパーなブランドの一つである。
「タブローズラウンジのサービスを引っ張る人ですからね。サービスに関していえば、私の中で間違いなく日本一だと思っています。それだけ圧倒的なサービスの質でした。アントニオさんから、いろんなことを叩き込まれるわけですが、すべて財産です」。
日本一のレベルは高い。スタッフに対する要求もハンパない。
「実は在籍していたのは1年だったんですが、濃い1年です。ニュースを観るようになったのも、アントニオさんのおかげです/笑」。
なんでも「勉強の仕方」という本を読んで、勉強を始めたのもアントニオ氏の下にいた時。「だってね。勉強しようと思っても、『勉強って、どうするんだ?』って、私の場合は、そこからですから/笑」。
グローバルダイニングを退職した狩野氏は、ベンチャー系の飲食会社に転職する。4年在籍して、3店舗を7店舗まで広げた。
「社長が、元お笑い芸人だったんですね。だから、こちらはエンターテインメントなんです。私も、叩き込まれました。ハイ、今度の社長は、人生の恩師です」。
この社長の魅力ついて、狩野氏は人間力を挙げている。もう、少年でもなんでもない狩野氏は、この会社でナンバー2にまで登り詰めた。

三軒茶屋と山形県。

「いまの会社を設立したのは2015年2月です。ハイ、創業の地が、三軒茶屋です」。
 尊敬する社長の下を離れた狩野氏は、バイトを重ね、資金を貯める。「1年半くらいですね。ええ、とにかく独立だ、と」。いったん決めれば、ぶれない人だ。
 「1号店を三軒茶屋に出店させていただいて。ええ、うちの会社は、三軒茶屋に育てられたようなもんです。だから、三軒茶屋は、私たちのキーワードの一つなんです」。
現在、株式会社和音人は、山形県河北町のアンテナショップ「かほくらし」を含め、三軒茶屋に7つのショップを展開している。ちなみに、アンテナショップの「かほくらし」には、山形県河北町産の野菜や果物、加工食品、雑貨など並んでいるそうだ。
ところで、どうして山形県のアンテナショップなんだろうか?
「じつは、会社設立時から山形県の西川町というところで、農業を始めているんです。農業を始めたきっかけは、社員の夢を叶えるという理念と、和音人の社員に齋藤太一という立ち上げメンバーの夢が関わっています。
その夢が、西川町大井沢という村の存続をさせる為に頑張る父を自分も応援したい。ということでした。
その為に1店舗目のコンセプトを山形に置き、農業を始め、山形食材にこだわることを決めました」。
「最初の年は、日本になかった『ピノタージュ』っていう、ワイン用のブドウの栽培をスタートします。2年目からは、『月山ラズベリー』の植栽を行い、さらに『ゲヴュルツトラミネール』『ピノグリ』の植栽を700本行いました」。
2017年には少量だが、自社ブドウのワインが仕込めるまでになったという。
さすが、ソムリエの資格もある狩野氏である。ワインに対する愛情も深い。

農業をブレークスルーする。

「とにかく、うちの会社は本質を大事にしています。実は、ソースやケチャップっていう、脇役的な調味料に至るまで、全部手づくり。化学調味料も全店舗で不使用です」。
コストは、むろん、かかる。それでも、本質は外さない。
「生産者の思いや、食材が出来るまでのストーリーですね。私は、これを大事にしたいんです。私たちが農業を開始したのも、その一環です」。
やることは大胆だ。しかし、ただ、大胆なだけではない。緻密な計算もある。
「まず、農業では、ワイナリーの設立を目指しています。在来種や固定種の栽培も視野に入れています」。ワインだけという発想ではないだろう。「日本には肥えた土がある。農業の技術もある。しかし、従事者は、ご存知の通り年々減少している。これって、大問題です」。
知れば、放っておけない。2025年までに、農業をベースに製造業への進出も視野に入れている。一方、飲食についても、危惧をしていることがある。
「ロボットですね。アメリカなんかは、もう、ロボットの世界です。人手は、だんだんロボットがする作業になる。だから、私たちは『人手』でいちゃだめ。とにかく、そうならないよう、うちではいま研修に注力しています」。
教育も、生半可ではない。
しかし、狩野氏自身も生半可ではない。
「今からの店舗展開は一切考えていないんです」ときっぱりいう。取り組みたいのは、農業と人づくり。これに、資金も精力も傾ける。
「農業をすることで、飲食店の位置づけも変わってきます。いや、正確にいうと、ショップを持つ私たちが農業を行うことに意味も意義もあると思っています」。
プロダクトアウトからの脱却だという。たしかに、農業がいま停滞している理由の一つに、プロダクトアウト的な発想が挙げられるかもしれない。
そういう意味では、狩野氏の会社「和音人」は、ブレークスルーの起爆剤になればいい。狩野氏が狙っているのも、たぶん、そこだろう。

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