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第807回 株式会社シュゼット・ホールディングス 代表取締役社長 蟻田剛毅氏
update 20/10/06
株式会社シュゼット・ホールディングス
蟻田剛毅氏
株式会社シュゼット・ホールディングス 代表取締役社長 蟻田剛毅氏
生年月日 1974年5月21日
プロフィール 関西学院大学卒。電通、在籍中に早稲田大学大学院に入学。卒業後、電通も退社し、父親の蟻田尚邦氏が、起業した、アンリ・シャルパンティエに入社。菓子作りが大好きな経営者。
主な業態 「アンリ・シャルパンティエ」「シーキューブ」「カサネオ」「バックハウスイリエ」
企業HP http://www.suzette.co.jp/

高校までの話。

HENRI CHARPENTIER/アンリ・シャルパンティエ。フィナンシェのセールスで、ギネス世界記録™(※)をもつことでも知られている洋菓子店だ。2020年9月1日には、6年連続で達成という快挙を成し遂げた。お菓子部門で「世界初」となる記録だそうだ。
(※)The Best-selling plain financier (cake)company- current (2017年10月1日〜2018年9月30日 29,089,988個)
今回ご登場いただいたのは、4代目社長、蟻田氏。創業者、蟻田 尚邦氏の長男である。
「アンリ・シャルパンティエのオープンは1969年ですから、私が生まれる5年前の創業です。とにかく、忙しかったんでしょうね。父が家にいた記憶は余りないし、これは、母も一緒なんですが、両親からアレコレと指図された記憶もないですね」。
ご自身はどんな少年だったんですか?
「私ですか。私はといえば、とにかく凝り性というか。ウルトマランが好きになればずっと、ウルトラマン。小さい頃は巨人のファンだったんですが、毎試合かじりついていました。だから、勉強する時間もない/笑」。
「ただ、一応『お受験』はしました。小・中学校受験です。もっとも、勉強もしていないので、合格するわけはありません。通ったのは公立の小・中です」。

大学、そして、電通時代。

「大学は付属高校から関西学院大学です。じつは、こちらで野球をやります。もっとも部ではなく、サークルのほうですが、ゲームをつくるのが大好きな、私の本領が、ちょこっと顔を出します」。
どういうことだろう?
「リーグ戦をつくって、戦います。打率もぜんぶデータ化して、広報します。子どもの頃、食い入るように観ていましたからね。得点圏打率はこうだ、みたいな/笑」。
凝り性の証ですね?
「そうなんです。私は電通に就職しますが、電通ではフットサル部に入り、野球の時と同様にチーム運営の仕組みづくりなんかもしています。つまり、ゲームプランナーでいたいんですね。ただ、」
ただ?
「大学の時はやりすぎて、チームメイトと言いあいになって。そうなったら、絶対ひかない性格ですから、ついにはサークルを出禁になっちゃっうんです」。
「何事も、ほどほどがいい」と、むろん、当時は思わない。
「先数年前にサークルの同窓会があったんですが、出禁以来、はじめて参加させてもらいました。誰かが、『あいつも、どうだ?』と言ってくれたんでしょうね/笑」。
ちなみに、電通時代に作ったルールが、面白い。「練習に遅刻したら、試合で使わない」というシンプルなルール。このシンプルさのなかに、蟻田氏の性格が表れている。

「オレ1位だから」。

「もともと、うちには四大に進んだ人がいないし、父も、母も、『就活』と聞いてもピンとこない人でした。私ももちろん、そうです。進路って、なんだ? ってタイプ。4年になった時かな。スーツを着ている友達を観て、『何やってんだ?』って/笑」。
それでも、電通に就職するんですよね?
「最終的にはそうですが、1浪しているんです/笑」。
1浪?
「1年目に落ちて。たまたま、ある方とお知り合いになり、そのツテをたどって・・・と安易なことを始めた。それで1年就職浪人です。カナダにちょっと留学しています」。
結果、合格だったんですね?
「いえ、不合格です/笑。考えが甘過ぎました。ただ、あとにも、さきにも、この年だけですが、年に2回、受験のチャンスがあったんです。で、2回目でついに合格をいただきます」。
なんでも、全内定者の中で筆記テストが、2位だったそう。蟻田氏、人生の大逆転である。
「でね。入社してから、横にいた奴に、『オレ、このなかじゃ成績2位だったんだよな』、なんて言ったら、『あ、それ。それ、オレ1位だから』って」。

「入り口が、ゴール」と、「10年かけてつかんだ答え」と。

電通には計10年、在籍。
「みんな広告がしたくて、入社するでしょ。私も1浪しているくらいだから、電通1本だったんですが、みんなとはちがって。いちばん難しい会社に入ってやろう、が動機。いうならば、入り口が、ゴールだったんです/笑」。
    だから、なかなか仕事に没頭できない。成績も、ふるわない。「たぶん、諦めていたんです。ただ、3年目になって、コンビニエンスストアのスイーツを担当することになって。うちが洋菓子店ということもあって、昔から、お菓子が大好きだったんです。そういう『好き』の掛け算で、仕事にも興味がわきましたし、将来、お菓子にかかわる仕事がしたいな、と思うようになりました」。
電通、在籍中に早稲田大学大学院に入学。アジア太平洋研究科国際ビジネスコースを専攻し、無事、修了もしている。
年表で追ってみると、<1998年4月、電通入社><2002年9月、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科、国際ビジネスコース入学><2004年8月、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科、国際ビジネスコース修了><2006年7月、電通退職><2007年10月、株式会社アンリ・シャルパンティエ(現:株式会社シュゼット・ホールディングス)入社>となる。
好きなお菓子に関わる仕事に就く。それが、入社の目的。社会に出て、10年かけてつかんだ答えでもある。

好きが仕事で給料も出る、最高やん!

「菓子のことを一生懸命考えていたら給料が出る、最高やん!」と蟻田氏は、すぐにそう思ったと笑う。
「アンリ・シャルパンティエに転職したわけですが、最初は、アルバイトからのスタートです。工場も経験したし、ショップにも立ちました。いやぁ、楽しかったですね。お菓子づくりもそうですし、ショップでも、そう。ただ、職責は限られてますからね。ただただ、楽しめたのかもしれません/笑」。
アルバイト生活を1年半くらいつづけ、アンリ・シャルパンティエのブランド監修を行っていたグループの企画会社、「クールアース」に異動。
1年ほどマーケティングを経験している。
じつは、もし社長をするなら、このクールアースかなと思っていたそう。
「アンリ・シャルパンティエは、親族以外の人が社長をされていましたからね。そういう意味では、まだ私は気楽な立場だったんだと思います」。
しかし、創業者の息子が気楽でいられない事態になる。業績の悪化だ。

「お菓子を通じて、お客様に“喜び”と“驚き”を。」

「オーナーの父から指名されました。社長交代ですね。業績が悪くなると、社長の椅子も、座り心地がいいもんじゃなくなる」。
時系列でいうと、転職してから3年目の2010年に、副社長に就き、翌2011年に代表取締役社長に就任している。
蟻田氏が社長に就任したことで生まれた危機意識がうまく作用したのか、業績はV字回復。以来、9年、蟻田流の経営で、黒字経営を維持している。
ブランドは、創業ブランドでもある、「HENRI CHARPENTIER (アンリ・シャルパンティエ)」。1987年、誕生の「C3 (シーキューブ)」、2018年にリリースした「casaneo (カサネオ)」、新たに仲間入りすることになった「back haus IRIE (バックハウスイリエ)」の4ブランド。いずれも、好評だ。
 この経営にも、蟻田氏らしい、ルールづくりや、ゲームづくりが活かされているのは、間違いないだろう。それは、どんなルールなのだろうか。案外、シンプルかもしれない。
「練習に遅刻したら、試合で使わない」と、電通時代につくったルールのような。
「お菓子を通じて、お客様に“喜び”と“驚き”を。」
このシンプルなメッセージも、ルールのひとつかもしれない。好きを仕事に。もちろんこれもルールの一つにちがいない。好きを仕事にすれば、お菓子を食べた時のように、人生が、豊かになる。

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