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第823回 株式会社moon・up 代表取締役 上月隆弘氏
update 20/02/09
株式会社moon・up
上月隆弘氏
株式会社moon・up 代表取締役 上月隆弘氏
生年月日 1983年8月2日
プロフィール 奈良県生駒郡平群町出身。専門学校時代、学費のため株式会社大地が経営する「土間土間」でアルバイトを開始し、飲食の仕事に魅了される。20歳で正社員に登用され、25歳時に東京1号店の店長に抜擢され、のちに首都圏統括部長に就任する。29歳時に子会社として独立。実績を残し、2017年、完全な独立を果たす。
主な業態 「土間土間」

コンピュータ専門学校、中退。

奈良には昔、ドリームランドという遊園地があった。奈良市内にあったから、たいていの奈良県民は行ったことがあるはずだ。今回、ご登場いただいた、奈良県生まれの、株式会社moon・upの代表取締役、上月氏も「ドリームランドでよく遊んだ」と言っている。
上月氏が生まれたのは、奈良県生駒郡平群町。大昔、平群氏という豪族の本拠地だった場所である。「父と母は、生駒山の向こう側、東大阪出身です。私は、平群で生まれ育ちます。高校から、大阪の清風高校に進み、片道1時間20分の電車通学を経験しました」。
清風高校は、仏教学校で、毎朝、般若心経を読まされていたらしい。むろん、刈上げ。「1年目は、勉強していたんですが、2年になると都会の誘惑にまけて/笑」。
「関関同立は、いちおうぜんぶ受験したんですが、全部落ちました/笑。1年、浪人したんですが、イヤになってそれもやめて。それから、独り暮らしをはじめます」。
なんでも、アフリエイト広告で生活費をまかなっていたそう。「そう、それで本格的にエンジニアの道を進もうとコンピュータの専門学校に進学。でも、4年制なのに1年半で辞めてしまいした/笑」。
どうして?
「じつは、コンピュータの世界より、飲食の世界に惹かれたからです」。

華やかな「飲食」の世界に魅了される。

専門学校に進んでから、「学費だけは」と、飲食のバイトで授業料をまかなっていた。「その結果、まさか、こっちに進むなんて/笑」。こっちとはむろん、飲食のこと。
「株式会社大地が経営していた『土間土間 梅田店』、ここが、私にとって飲食の世界への入り口でした。そうですね。大地自体は、メガフランチャイジーのような飲食会社になるんですが、まだ3店舗目くらいしかなかった頃です」。
当時は、まだ水道工事がメイン事業だったらしい。
「ただ、『土間土間』は、全盛期。うちの店の月商も2300万円をくだったことがなかったです。そりゃ、会社も飲食に注力するようになりますよね。私も、『土間土間』に惹かれます」。
専門学校はマニアックで寡黙な連中の世界だった。だからだろう。華やかな飲食の世界が、異次元の世界のようにまぶしく映った。
20歳で社員になった。むろん、専門学校は、自主卒業。「4年は、関西で仕事をしました。私が24歳くらいの時、『だれか、東京に行かないか』って話があって。私が手を挙げ、首都圏初のオープニング店舗で、店長を務めさせてもらいました」。
正確にいうと上京したのは、上月氏25歳の時。西東京の保谷で、上月氏にとっても、記念すべき1号店がオープンする。

株を買い取り、完全独立。

「私はのちに首都圏の統括部長になります。業績は悪くなかったですね。保谷の1号店は、住宅街だったんですが、好調でした。『近隣住民に愛されて、長く商売をする』という大地のセオリーを、そのまま実践することができました」。
この保谷店を起爆剤に、東京への進出が加速したのは、首都圏統括部長という上月氏の肩書きからも明らか。「私は、部長を務めたあと独立します。最初は完全子会社としての独立でした。ええ、そうです。運営委託のようなイメージですね」。
社長だが、思い通りにならない。
「スタッフの給料を上げようと思っても、親会社にお伺いを立てないといけない。だんだん、そういうフラストレーションもたまり、散々悩むんですが、けっきょく、会社の株をぜんぶ買い取らせていただきました」。
想定より、かなり高い買い物だったらしいが、言われたまま支払ったそうだ。2017年、このインタビューより3年前のこと。

つよみは、オペレーション能力。

「オリジナルブランドはつくらない。あくまでフランチャイズで勝負します」。
上月氏は、はっきりとそういう。
「うちのストロングポイントは何と言っても、運営力ですから、これを最大限いかすには、このスタイルがいちばん。ただ、今回のコロナ禍で思ったのは、飲食の一本足打法でいいんだろうかということです」。
たしかに、そうだ。実際、物販など「食」に関わる別の道を模索する会社も少なくない。なかには、まったく異なる業種にチャレンジする会社もでてくるかもしれない。
「現在(2020年)、8期目です。昨年の売上は7億2000万円で、利益は4000万円程度。今年はきびしくなりますが、まだ危機的な状況ではないです。目標はかわらず、年商100億円」。
業績がアップすると、いさんでオリジナルブランドをリリースする会社もあるが、上月氏は、その道を進まない。慎重さもあるが、自社のつよみを十分に把握しているからだろう。そこが、上月氏のつよみでもある。
「じつは、いまだ採用に困ったことがないんです。いまの社員は、ぜんぶアルバイトから。景気がいい昨年、一昨年も、うちを選んでくれる人がいたなんて、経営者としてはやっぱりうれしいですね」。
アルバイトが社員になる。これは、会社の良し悪しを示す一つのバロメーター。それがMAXまで傾いている。そういう意味では、100億円はまだまだだが、つくりたい会社はもう出来上がっているのかもしれない。あとは、いまの人という資産を活かし、加速していくだけ。
ちなみに、上月とは、新月から次第に満ちて満月になるまでの月のこと。いまはどれくらい満月にちかづいているのだろうか。満ちる、その時が楽しみだ。

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