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第901回 フリホーレス株式会社 代表取締役 浅場信三氏
update 22/10/04
フリホーレス株式会社
浅場信三氏
フリホーレス株式会社 代表取締役 浅場信三氏
生年月日 1964年6月7日
プロフィール 慶応義塾大学卒。信託銀行を皮切りに、世界的な証券会社でも勤め、金融マンとして歩む。2012年サラリーマンを卒業し、2014年、50歳で友人が創業した飲食店に、オーナー兼社長として就任する。
主な業態 「FRIJOLES」
企業HP https://frijoles.jp/

仕事を楽しむ父に影響受けた子供時代。

兄弟3人のなかで父親に一番似ていたのが、3男の浅場氏だった。「喘息ということも含めて」と笑う。浅場氏の父親は30歳で独立し、横浜に税理士事務所を設立。数多くの企業経営を支援し、黄綬褒章も受賞するほど活躍した。その父親に似ているというだけで、おおよそ浅場氏の様子もうかがい知ることができる。「怒られることもなく、自由に育てられた」とのこと。父親の話もよく聞いた。「父は、夕飯の時、いつも笑顔で、自分の仕事や社会の事を話してくれました。「得意なことを一生懸命やれば仕事は楽しいし、世の中のためになる」「信三は勉強ができるから東大に行くと良い、日本で一番だから」と言われて、そんなものかと思っていたそうだ。

学生時代はラグビーに熱中。

浅場氏は小学校から大学まで文武両道を通し、成績は学生時代を通じて常に上位だった。
小学生時代は水泳とサッカーを、慶応の付属中学に進み中学3年まではサッカーを続けた。
公立の小学校から慶応の附属中学に進むとき「大学は東大に行く」と父親に言ったそうだ。
ところが中学3年の時にクラスメートに誘われて何となく始めたラグビーによって東大に行く予定は変更となる。プレーの激しさと、仲間の結束の良さに浅場氏はすぐにハマった。高校から正式にラグビー部に転向し、東大に行く約束は反故にして、結局大学までラグビーを続けた。当時の慶応大学ラグビー部は猛練習で知られ、チームは日本一にもなった。
「限界までラグビーに打ち込みました。授業に出る時間はありませんでしたが、社会に出たらラグビーに注いだ情熱を仕事に注いでプロのビジネスマンになり、父のように楽しく仕事をしようと考えていました。」

信託銀行に就職するも不完全燃焼。

尊敬するラグビー部の先輩のあとを追いかけ、信託銀行に就職した。川崎支店で3年仕事をして、国債関係の部署に異動した。もちろん、ラグビー部にも所属していた。
浅場氏は悩んでいた。「大手の銀行の特徴ですが、3年毎程度に異動があり、仕事内容が変わります。世界に通用するプロの金融マンになるために市場知識を猛勉強しても、勉強が活かせない部署に異動になることもあります。年配の方を見るとジェネラリストが多くプロとして敬服できる人は少なかった。プロになるという自分の目標を達成できるか不安でした。そんな時に私を国債関係の部署に引っ張ってくれた先輩が外資系の証券会社に転職し、充実しているのを間近で見る機会がありました。」

外資系証券生活を16年満喫。

32歳の時、迷った末、先輩とは別の外資系証券会社に転職した。実績を上げ、4年後ヘッドハントされ、36歳で別の米系の証券会社に転職し営業を任された。
「その会社は全世界の社員が約200人の少数精鋭の会社でした。プロ集団で、法務部門は一流の弁護士、クオンツは数学の博士号集団、これらのプロ集団と我々フロントが、マーケット、顧客を深く理解して、商品開発し執行します。世界中がワンチーム運営されており、隔週のグローバルミーティングで各拠点の取引が共有される他、グローバルの社長と東京オフィスで毎週ビデオミーティングが行われました。ポイントをついた質問の仕方は非常に勉強になりました。国を超えたチームが目的別に複数作られて、幾つもの大きなディールを作りました。一人当たり利益は当時証券会社で世界一でした。情報は共有され、メンバーの仲も良く最高のチームでした。退職して10年たった2019年のラグビーワールドカップもアイルランド人の当時の日本社長と見に行くほど今でも仲良くしてます。」
このエリート集団が、2009年、リーマンショックで一旦政府の管理下で経営再建することになった。
「いくら外資がいいと言っても政府の管理下で企業再建することになってしまっては外資の良かった点の自由度がなくなったのでどうしようもありません(笑)」。

創業者から頼まれ飲食へ 当初はG Mを立てて現場に口を出さず。

ところで、どうして金融エリートが、飲食に進むことになったんだろうか。
億単位のお金を動かしていた人間が、数百円に一喜一憂する。はっきりいって、畑違いだ。
「フリホーレスは、2009年に創業されましたが、設立当初、私は関与してないです。創業者から頼まれて、2014 年に経営を引き受けました。畑違いの仕事でしたが、GMを立てれば大丈夫だからと説得され引き受けました。出店、店長人事などを判断する他、会社の目的を明らかにし、ブランド価値を育てて、チームを作っていく、を社長として目指しました。現場においては、社長が直接話さないで欲しいというGMを立てる形で運営しました。でも、まだこの時は経営者の仕事の理解が低かったと思います。」

コロナ禍で新経営チームを作り陣頭指揮をとることに。

「陣頭指揮をとるようになったのは、2020年3月コロナ禍になり売上が急減し月次400万の赤字となり、GMから飲食の先行きが暗いから辞めたいと言われたことがキッカケです。人任せにしたら会社が潰れると思い、自分でやろうと決意しました。すぐに、早期の売上回復が見込めない汐留店の閉店を決めました。」
「現場を回って話をしました。現場は私の問題意識とほぼ同じだということが分かりました。現場は素直な物の見方をしている。現場が働きやすい環境を用意して、フリホーレスのヘルシーとクイックのこだわりをしっかりブランディングすれば大丈夫だと分かりました。私を含めた3名で新経営チームを作り、効率的に改善策を実行できました。」
ここからフリホーレスは上昇を始める。

会社の目的と価値観を明確化。

まずは、原点に帰り、『何のために存在する会社か』との明確化を行い、合わせて、大事にする価値観を明確化したそうだ。
「『ヘルシーで高品質な料理を、クイックで暖かみがあるサービスで提供する』という会社の目的と、『お互いに敬意を払った上で言うべきことを言えて、理不尽がない』という企業文化を、就業規則に自分の想いを込めて書き直した上で、社内資料も作り直し、全社ミーティングを行い共有しました。また、会社の目的を明確化したホームページをデザイナーに頼んで作り直しました」。
飲食は、金融とは異なる。お金ではなく、人を動かす商売だ。客だけではない。スタッフの心を動かす。これが、第一弾。

2年間で30以上の改善策実施、積極投資で現場が活気づく。

「その他、すべてについて見直しました。毎週末経営チームでミーティングし、改善点を話しあい、予算を見積もり、費用対効果の観点で優先順位を決め、一つ一つ確実に執行していきました。One by one. 改善案が機能するかを試すために、1店舗で小さく始め、オペレーションに問題がなく、お客さまの反応も問題がなければ全店舗に広げました。成功事例を作れば他の店長も納得しやすくなります。現場と本部が一体となって新しい取り組みを行うことができました。」
利益構造の明確化、原価計算をし直し、デリバリー価格を見直した。
オペレーションの細部の見直し、効率化のため、店舗毎に動線を見直し、厨房機器など様々な投資を行う。レジも一台200万円もするそうだ。10年経って老朽化した店舗内外装も改修した。デリバリー専門店も出店し、給与も上げた。 コロナ禍に関わらず、補助金なども活用して、積極投資を続け、働きやすくなったことで、現場は活気づいた。売上も徐々に回復し、いつしかコロナ前の水準を上回っていた。
「飲食経営を初めて楽しいと思えました。現場がドンドン良くなり、早い段階で売上増加にまで結びついてくれたので。正しい方向に進んでいることを実感できました。」

ヘルシーとクイックを追求。

「効率オペレーションの追求で、提供までのスピードが上がりました。完成まで30秒。私が社長に就任した時に日商20万円だった店が、45万円にまでなりました」。
ランチだけで200人が来店するそうだ。スタッフ教育にはもちろん注力し、今後も続く。教育用のビデオも今年作った。ちなみに、30秒というのは、注文からブリトーができあがるまでの時間。ホームページを見れば、だいたい作業がイメージできる。混雑時でも来店から会計終了まで3分以内を目指している。オフィス街はクイックサービスの重要度が高い場所だ。
「私自身がビジネスマンだったから、ビジネスマンの1時間のランチ休憩がいかに貴重だってことがわかります。栄養バランスの良いランチをクイックにとって、少し休憩して、リフレッシュできれば午後からの仕事のできも良くなる。」 確かに、そうだ。
「自分が安心して食べられる材料だけを使っている。逆に言うと私が食べたくないものは一切、入っていないです。安心できる産地の肉と野菜を仕入れて、化学調味料を入れずに、塩分も控えめにしてます。だから、安心して召し上がっていただけます。」
経営者の浅場氏と、サラリーマンやOLたちがシンクロする。

基本を365日徹底し、日々成長。

飾らない、虚栄心もない。 「やるからには、基本を徹底して実行する」と浅場氏はいう。 「『ヘルシーで美味しいブリトーを笑顔でクイックに、温かみのあるサービスで提供する』。これを365日かわらず行っていくことが我々にとって、いちばん大事なことです。」
「1. 分かっている。2.できる。だけではダメで、3.毎日チーム全員が行う。ことが大事です。強いチームはここがしっかりしています。逆に弱いチームは分かった気でいますが、毎日の執行が疎かです。フリホーレスもまだまだお客様からお叱りを受けることがあります。毎日少しずつでも成長を心がけ、嫌なことがあった日も、疲れている時も、変わらず高いレベルの仕事をするのがプロで、プロが多いチームが強くなるし、敬意が生まれ、本当の友情が芽生えます。」
「チームメンバーが毎日成長するための自発的努力を続ける仕組みが必要で、そのためには、理念の共有、敬意をベースとして裏表がないカルチャー、自分の仕事に意義を感じて誇りを持つこと、基本の徹底、ひたむきな努力に対する敬意、フェアな処遇などが必要です」
浅場氏はスタッフに3つのことを意識してほしいとお願いしているという。
「@おいしい料理をつくること。A笑顔でクイックに接客すること。B店内をピカピカにすること。」いうなら基本の「き」。ただ、もう一つ付け加えてお願いしているのが、「『売上は結果だから考えなくて良い。それより自分が昨日より成長したかにフォーカスして欲しい』ということです。基本を徹底して価値を感じていただければお客様がご満足して、再来店していただける。その結果が売上。天候などにも左右される日々の売上に一喜一憂しても意味がない。」

人材絶賛募集中。

フリホーレスは現在業績好調で、出店予定もあることから人材絶賛募集中とのことだ。
「ヘルシーな食事をクイックに提供しお客様を元気にするという会社の目的がはっきりしていて、理不尽がなく働きやすく、チームワークの良い会社なので、ぜひ応募してください。」
「ラグビーで日本一になった時も、強い米系証券で営業を率いていた時も、理念が共有され、基本が徹底され、ひたむきな努力に対する敬意があり、人事がフェアで、メンバー一人一人が誇りを持って自分の役割を果たしていました。やりがいがあって強いチームの基本は同じだと思います。今度は経営者としてやりがいがあって、仲が良くて働きやすく、強いチームを作りたいです。」
社内は、学歴、国籍、飲食経験、ダイバシティーに関わらず現在の実力とチームへの貢献を基にしたフェアな評価が徹底されている。浅場氏が気になるのは、スタッフが会社のミッションに賛同して、誇りをもって仕事に臨んでいるかどうか。仲間に毎日敬意を持って接しているか。仕事のクオリティーを求める厳しさと、仲の良さが両立しているか。

飲食の戦士へ。

浅場氏が真剣に取り組みはじめて、2年が経つ。業績は見違えるように改善した。今年の9月にはミッドタウン八重洲に、来年8月に田町駅前、9月に渋谷に出店も決まったそうだ。
「ある日、日商が50万円を超えた日があるんです。そういう時は、お客さんの列があの向こうまで続くんですが」と店の外を指さす。
「その時はみんながんばってくれて。いつもと変わらない程度の短い列だった。それをみた私が、お店に行ってみんなに『ありがとう。今日のオペレーションは最高だった。』って言ったら、皆がむちゃくちゃ、ニコニコして」。
何千万円、何億円と手にした時の興奮とは違うものかもしれない。しかし、そこに一緒に共有出来るフリホーレスのスタッフとお客様の笑顔があったのではないか。これが飲食の世界。浅場氏が飲食の戦士になった瞬間かもしれない。

思い出のアルバム
 

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