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第91回 株式会社ポポラマーマ 代表取締役 安家美津志氏
update 10/01/05
株式会社ポポラマーマ
安家美津志氏
株式会社ポポラマーマ 代表取締役 安家美津志氏
生年月日 1956年8月7日、男4人兄弟の次男として大阪府で生まれる。
プロフィール 母は27歳から幼稚園を運営してきたキャリアウーマン。父はマスコミ業界から建築業界に転進し、一時は、建設会社を経営するが、後に母が経営する幼稚園の理事長に就く。教育者であり、同時に商売人でもある両親のDNAを引き継ぎ、成長を遂げた安家は、ダイエー、シチエ(現ウェアハウス)など大手またベンチャー企業を経て、1995年8月7日、自身の誕生日に、独立を果たす。
主な業態 「ポポラマーマ」
企業HP http://www.popolamama.com/
ゆであげ生スパゲティ専門店「ポポラマーマ」の運営及びフランチャイズチェーンの経営が「株式会社ポポラマーマ」の主な事業である。「ゆであげ生スパゲティ」の数々が同店のオススメメニュー。現在、直営とFCを合わせ、全国に100店舗以上を展開している。この「株式会社ポポラマーマ」の指揮を執るのが、代表取締役、安家美津志である。1995年の設立以来、14年。このわずかな期間に100店舗以上を達成した同社の強みを、安家の過去を振り返り、探ってみることにしよう。

中学から寮生活を開始。自我と共に独り立ちの意識が芽生える。

安家は、1956年、大阪府で生まれる。母は、27歳の時から幼稚園を経営するキャリアウーマン。父もやがてこの母の事業に参加し、理事長を務めた。教育者であり、商売人でもある両親のもとで安家は何不自由なく育つが、小学校を卒業すると同時に、東京にある全寮制の学校に進んだ。実は、母がこの学校の出身者で、兄はすでに寮生になっていたからだ。
中学生からの慣れない寮生活だが、安家にとっては特別なことでもなかったようだ。「母や兄の後に続くのは当然のことに思えたから」。だが、一方で幼稚園の中に家があり、周囲に、つねにさまざまな人がいたこと。また小動物などの世話を通じ、自立という精神が育っていたことが、寮生活を素直に受け入られた理由の一つになったのではないだろうか。
この学校は、中学から大学までの一貫校だった。ここでもまた安家は、自立の精神を養っていく。豚の飼育、鶏の飼育。高校になると、乳牛の飼育まで経験するようになる。1学年わずか40人。ほとんどが寮に入る。5:30起床。全員で乾布摩擦をした後、身支度を1分30秒で整える。遅れるとケツバットがまっていた。もちろん掃除も日課の一つだ。中学生以上には、朝の食事当番もあり、170人分の朝食を用意することもあった。21:30には消灯。TVを観る事に関心もない共同生活だったと安家は振り返っている。

大学4年、牧場との出会い。父の一言でダイエーに入社。

さて、大学まで無事進級した安家だが、大学卒業間際になって、人生の転機の一つに巡り合う。大学4年生、安家は、一人旅に出た。そのとき偶然に出会った学校の後輩が、「牧場をやりたい」と夢を語り、安家自身も興味をそそられたのである。そういう経緯もあって、安家は4年の夏休みに北海道に行き、牧場でアルバイトを始めた。やがて就職を目前に控えた頃、安家は父親に「牧場をやりたい」と、素直な気持ちを伝える。返ってきた言葉は「なら、まず流通を学べ」ということだった。安家は、その言葉通り、ダイエーに入社しようとする。
しかし、ダイエーのような大組織ともなればどのような部門に配属されるか、わからない。ところが安家いわく、「肉を扱う部署なんて誰も希望しないわけですよ。だから、自然と肉を専門に扱うダイエーミートに入社。「他部署への異動の心配もなく、肉に専念できる」と安家は喜んだ。その後、土浦の竹岸食肉専門学校に入校。エリートコースと言える半年の国内留学で午前は肉の解体、午後は座学の日々。思いが試される。とはいえ研修が終了した時点で本社に戻った安家の部署は人事総務。牧場への思いがくすぶるなか、新規事業で焼肉のチェーン展開を行うことを知り、自ら立候補する。

新事業に手を挙げたが、3年で会社を退職。いまの一部上場企業に口説かれ入社する。

ここで、店舗の立ち上げなどを学んだ安家は、3年で退職し、そのときたまたま誘いがあったレンタルビデオショップの会社に入社する。この会社はやがて上場するシチエ(現、ウェアハウス)である。当時はまだ知名度もなく、人材不足に悩んでいたようだ。熱心に口説かれた。「物の見方、考え方を教えられたのは、このシチエの社長から」と安家はいう。この会社で安家は、「店舗運営部」部長、「商品部」部長、「飲食部」部長などを経験する。このとき任された飲食事業が、安家のそれからを決める。
当時の業態はイタリアンだった。手間隙かけるが、価格は380円からと割安。ピザなどは凝ってつくってはいたものの、パスタはまったくダメだった。FC展開をもくろんでいたが、ピザだけでは展開が難しい。ならパスタだと、パスタのクオリティを上げる手法を考え、経営陣に訴えたが返ってきたのは、「じゃぁ、自分でやってみれば」の一言だった。
尊敬していた社長は会長に退き、新社長を迎え入れるべく経営陣の刷新で安家自身も疎んじられていたふしがある。やるなら、たしかに自分でやるしかない。覚悟が決まった。

思いを実現するために、自ら会社を興す。「ポポラマーマ」、開店。

「ポポラマーマ」を始めるにあたって、安家が考えたことは、2つだ。一つは、良質なパスタで勝負すること。もう一つは、FC展開である。シチエで遣り残したことを実現する、その思いもまた強かったのではないだろうか。現在、「ポポラマーマ」の店舗はFC合わせ100店舗以上になる。こだわりは、「ゆであげ生スパゲティ」である。
商売の基本はなにか。それにはいくつもの答えが返ってくるだろう。しかし、根本はそんなに違わないはずだ。安家の場合は、自らこれだと思った商品を世に問うという気持ちではなかったか。
中学時代から寮生活を経験し、人や動物にふれあいつつ自己を磨いた安家にとって、この自立は素直な選択であり、当然の結果ともいえる。ちなみに、「ポポラマーマ」にはいたって素直な社員が多い。これもまた安家の人格の成せるわざかもしれない。 「ポポラマーマ」の設立は8月7日。くしくも、安家自身の誕生日である。「この日は、2つを同時に祝ってもらえる」と安家は喜んでいる。だが、ほんとうの喜びはこれから。すべての社員に、すべてのFC店に満足し続けてもらうこと。それが、安家の設立以来からの、変わらぬ目標である。

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