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第97回 株式会社TOKUCHI 代表取締役 平山徳治氏
update 10/01/26
株式会社TOKUCHI
平山徳治氏
株式会社TOKUCHI 代表取締役 平山徳治氏
生年月日 1971年12月 東京生まれ。
プロフィール 2度の税理士資格に失敗し、単身イギリスに渡る。そこで出会ったベーカリーショップに触発され、帰国後、一念発起で飲食店を開業する。苦労の末、いったん成功を収めたかに思えたが、有頂天になり客を失う。失意のなかで取った次の一手で、伝説の店「根室食堂 中目黒店」が誕生した。しかし、平山はさらなる賭けにでた。
主な業態 「根室食堂」
企業HP http://nemuroshokudou.com/
根室は、地図でいえば北海道の右下。ひょいと小指を伸ばしたような岬にある。その根室から、毎日、新鮮な魚介類が東京の、ある店に届けられる。その店が、今回登場いただく平山徳治が経営する「根室食堂」だ。
まるで魚市場かと思わせる店内に客がひしめく。連日連夜、盛況だ。
最初に誕生した中目黒店は、通称、郷土料理ストリートの名物店といまなお語り継がれている。資金もなく、次のチャンスもない状態で始めた立ち呑み居酒屋とは思えない。今回は平山の過去を辿ると共に、この超人気店「根室食堂」の秘密に迫りたい。

税理士の資格取得に2度失敗。失意のなかでイギリスに渡る。そこで見た風景が平山を変えた。

小さい頃の平山は、どちらかといえば大人しいタイプの少年だった。親が勧めるまま、税理士の資格をめざしたことからも彼のまじめな性格が伺える。だが、この税理士の試験に2回続けて落ちてしまう。これが平山を動かした。失意のなか単身でイギリスに渡るのである。そこで出会った「ベーカリーショップ」とその店主が平山に決定的な転機をもたらした。スペイン人である店主はイギリス人とも気軽に話し、国籍のカベを感じさせない。陽気に人が集まり、パンを頬張る。その客の姿をみて自分のやりたいことを確信する。「俺がやりたいことは、こんな店づくりだ」。
ちなみに奥様ともここで知り合った。そのベーカリーショップは平山のホームステイ先でもあったのだが、彼の次に、ホームステイしたのが奥様だったのである。2人は日本に帰り、親の反対を押し切り結婚することになった。
さて、「飲食店をする」、その熱い思いを胸に帰国した平山だが、資金稼ぎから始めなければならなかった。3年間、寝る間を惜しんでアルバイトをして、結局1000万円を貯めたという。その資金と親にも借りたお金をあわせ、合計2500万円で、都立大学前に念願の1号店を出店した。焼鳥屋だが、外装にも、内装にもお金をかけた店である。平山27歳。イメージはあのイギリスで出会ったベーカリーショップのような自由な店だ。

真剣に働く姿が客の心を捉えた。だが、成功することで、客の姿が見えなくなってしまった。

もともと苦戦は覚悟のうえだった。最初からそうそう、うまくいくわけもない。すでに結婚していた奥様もいっしょに、2人で店の奥座敷で寝泊りする生活が始まった。夜も、朝も、昼もない生活だったが、真剣に働く2人をみて、徐々に客が集まり、人気が出始める。あの元巨人軍の名遊撃手、篠塚氏も、この店の常連の一人だ。この篠塚氏とは、この頃から家族ぐるみの付き合いが始まっている。
まだ27歳。店が軌道に乗ったことで、浮かれてしまっても罪はないだろう。しかも平山の場合、ある飲料メーカー主催のワインコンテストで優勝までしてしまうのだ。副賞のカリフォルニア旅行に出かけ、波止場町で水揚げされたばかりの魚介類とワインを堪能する。ワインの旨さに、酔って帰ってきた。その結果、奥座敷をワインバーに造り替えてしまう。唯一、大人数に対応できた奥座敷をつぶしたことで、徐々に客が離れていってしまうのである。周囲に同様の店が立ち始めたのも、この頃から。業績がみるみる悪化する。

手痛い失敗の後、平山がとった次の一手が、伝説の店「根室食堂」中目黒店を生んだ。
だが、平山は、さらなる賭けにでる。

いったん悪化した業績はなかなか元に戻らない。理由も明確だった。いつの間にかお客様をみていなかったからだ。では、どうすればいいのか。悩みぬいた上での結論が、新規出店。しかも、いままでとは、まったく逆の発想で始める店舗の出店である。これが冒頭に書いた「根室食堂」の始まりである。
いまでは超人気店の「根室食堂」だが、順風満帆に、いまに至るわけではない。中目黒に続き、学芸大近くに2店舗目を出店した平山だったが、この2つの店をたたんでまで勝負にでた。2008年の、渋谷道玄坂への出店である。「妻以外は全員、反対だった」と振り返る。「大きな賭けでした」と平山。「ここで失敗すればまたすべてを失ってしまう」。そんな悲壮な決意を笑うかのように、思うように客足が伸びなかった。だが、できることは限られている。客のために、店主も、スタッフも汗を流すことだけだ。この頑固なスタイルが徐々に客の心をつかんでいく。中目黒店の常連客も寄ってくれるようになり、評判になる。TVや雑誌にも取り上げられるようになり、大爆発するのである。

客もまた真剣に飲み食いする。その気持ちに応えるにはスタッフの真摯な姿勢が一番。
平山が見失いたくない心とは。

しかし、客の見えないところでも葛藤はあった。「根室食堂」には、食洗機がない。すべて手洗いだ。何故か。食洗機を使うと「お客様の気持ちがわからなくなる」「感謝の気持ちも生まれない」からだ。たしかにそうかもしれないが、スタッフからみればどうだろう。「負担になる」「非効率」とも映るだろう。店主とスタッフの思いがかい離する。今後のことでも、スタッフとの間で意見が分かれた。拡大路線をめざす平山と、一店舗の運営で満足する古参店長の間に生まれた意見の相違だ。だが、平山は微動だにしない。前者は、平山にとっても、「根室食堂」にとっても生命線だ。そればかりか、スタッフを育成するうえでも、かかせないことだと、平山は信じている。だから、このスタイルは変えない。後者は、古参店長の意見も尊重し、いずれ「のれん分け」をすることに決めている。「根室食堂」に新たなキャリアプランを設けることもできるからだ。
もうもうと煙が立ち込めるなかでスタッフたちは魚を捌き、焼き続ける。階段をバタバタと駆け下りるのもスタッフだ。もちろん客がオーダーすれば、すぐに元気な返事が返ってくる。平山がこだわりたいのはそれだった。「スタッフが手を抜かず、一生懸命、仕事をしている、そんなお店をつくりたいんです。客を見失っては、商売はできないから。とはいえ、スタッフばかりが懸命になってもだめだと思うんです。スタッフとお客様がつながることで、お客様も、スタッフも楽しめるお店ができるのではないでしょうか」。
実際、「根室食堂」では客も働いている。デーンと置かれた焼酎やワインのボトルに白線が引かれている。良く見ると客が、自分でコップに注ぎ始める。一杯分、それがひとメモリ。「一生懸命のスタッフたちをみて、お客様もまた手伝ってやろうとしてくれる、それがこの店の特長なんです」と平山。客まで平山流の熱気で包み込んでいるかのようだ。すでに、北海道の根室は厳寒の季節。だが、東京の根室は、まだまだ熱い。この熱気こそ、平山がつくり、これからの人にも伝えたいことに違いない。

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