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第99回 株式会社チャプチーノ 代表取締役社長 福田清盛氏
update 10/02/02
株式会社チャプチーノ
福田清盛氏
株式会社チャプチーノ 代表取締役社長 福田清盛氏
※2011年9月末現在 代表取締役 井関 貴博氏
生年月日 大学講師の父の赴任先だったイタリアで生まれる。
プロフィール 7歳で帰国し、母が大阪府堺市で歯科医院を開業する。高校は府内でも指折りの進学校である「三国ヶ丘高校」。大学はいったん国立大学に進学するが、自主退学し、慶応大学に再度、入学する。
卒業後、外資系の保険会社に入社するが、1年で退職し、投資家(ディーラー)としてスタート。同時に、学生時代からやっていた進学予備校の講師も再度、始めている。
広尾の有名なレストランで、シェフ高橋氏、店長大野氏に出会い、あるきっかけで、3人でパンケーキのレストランを開業する。「チャプチーノ」の始まりである。
主な業態 「チャプチーノ」
企業HP http://www.ciap.jp/

予備校講師とディーラーという2つの肩書きを持つ異色の経営者。

赤、青、黄、カラフルなカップケーキが、客の視線を集める。思わず口にするとこれがたまらなくおいしい。視覚も、味覚も満たされる逸品。スイーツと一言で片づけるには、惜しい気がする。これが株式会社チャプチーノ代表取締役の福田清盛が、レシピから開発した自慢のカップケーキである。銀座、広尾などの街にもお似合いの、ニューファッションスイーツだ。
このカップケーキ同様、開発した福田もまた、多彩な色を持つ異色の経営者だ。進学予備校の人気講師、投資家(ディーラー)と肩書も幅が広い。父は大学講師、母は開業歯科医。今回は、この色合い豊かな経営者にご登場いただこう。
福田はイタリアの田舎町で生まれる。大学講師である父が、交換要員として地元の大学に招かれていたからだ。子どもの頃の写真を見ると、丈も合わない洋服をまとった福田が地元の子どもたちといっしょに屈託なく笑っている。陽気で、情熱家といった性格は、この頃、イタリアの風土で形成されていったものではないだろうか。
日本に帰国したのは、7歳の時。帰国と同時に母が歯科医院を開業した。大阪府堺市。大阪市の南に位置するこの堺市もまた下町だ。高校を卒業するまで福田はこの町で暮らしている。高校は「三国ヶ丘」という、大阪府内でも屈指の進学校だ。その後、国立大学に進学。芸術に特に関心があったわけではない。ただ、なんとなく選んだ大学だった。
ここまでの福田の足跡に、特段、努力した跡は見当たらない。ハードルがあっても、楽々、乗り越えてきた。逆にいえば、努力が必要になるほど高い目標を追いかけたこともなかったでのある。
初めて自分と真剣に向かい合い、努力したのは、これからすぐあと。単位不足で、進級が危ぶまれた福田は、自ら大学を辞め、改めて慶応大学の入試にチャレンジするのである。慶応の壁は高い。初めてギリギリ乗り越えられるかどうかのチャレンジを開始した。
見事、慶応大学に入学した福田は、射撃部に入部。部活動に専念し、やがて主将も勤めている。卒業後は、大手外資系生命保険会社に入社。1年後、投資家(ディーラー)として独立するのである。
とはいえ、ディーラーだけで生活ができるほど甘くはない。ディーラーを生業にする一方で、予備校の講師を始めたのは、「生活のため」にほかならない。

はじめて行った「食と人」への投資。

ディーラーの福田から、一ついいことを教えてもらった。福田独自の投資基準である。たとえば通貨。「飯が不味い国の通貨」はいずれ上がる。だから「買い」。「旨い国」は、逆に「売りだ」そうだ。経済力だけの話ではない。豊かになった国と、なろうとする国のポテンシャルの違いに福田は目をつけているのだろう。
そのせいではないだろうが、福田は、「これだ」という店に良く行く。そんななか、足しげく通ったある店で、もう一つの、人生を賭けた投資を始めることになった。
「広尾に、ある有名レストランがありましてね。あるとき、店に行くと、店長の大野さんが店を辞めると言われたんです。その店には最高のシェフの高橋さんもいた。だからいっしょにやりませんか、とお誘いしたんです」。それが、パンケーキのレストラン「チャプチーノ」の始まりである。
ところで何故、パンケーキなのか。「16歳の頃、アメリカで食べたパンケーキの味が忘れられなかったから」と福田。パンケーキいっても、一般的に想像する甘いお菓子とは異なる。後にテレビ・雑誌で紹介されることになるが、「ワインにあうパンケーキ」という表現がただしい。

最強だったはずのトライアングルだったはずが、かんこ鳥が鳴く。

さて、有名なシェフと店長、投資家でもある福田の最強トライアングルで臨んだ第一号店だったが、これが大誤算の始まり。「まったく客が来ないのです。高橋さんも、大野さんも、がんばってくれたんですが、毎月、赤字の連続。講師とディーラーで蓄えたお金がみるみる間に底をついていくんです」。
「資金のことは心配ない。それは僕がなんとかするから」と、2人にはそう言ってはいたが、ついにはディーラーで運用している、貴重な資金にまで手をつけなければならなくなってしまった。
「なんとかしなくっちゃと焦るから、投資の方もうまくいかない。八方ふさがりでした」。
福田の、この人生最高の苦境を救ったのは、一人の著名なグルメライターだった。彼女が、週刊誌で取り上げてくれたことで、一気に火がつき、他の雑誌やTVでも取り上げられるようになった。
このパンケーキの後に生まれたのが、冒頭で紹介した色とりどりのカップケーキである。いまでは、このカップケーキが売上の主流を占めるまでになっている。

いま、最高の「飲食店経営者」の一人

飲食業にはさまざまな関わり方がある。投資家(オーナー)として、関わるのもその一つだろう。第一号店が最初から上手くいけば、福田は、無言のオーナーだったに違いない。だが、違った。だから、カップケーキのレシピまで自ら開発した。福田はこんな風に言っている。「ディーラーなら、損がでればすぐに切れる。でも、飲食店では、そうはいかなかった。みんなの人生が懸かっているから」と。
福田はいま、ディーラーを封印している。「これはと思って投資したものが、反対にズルズル下がっていく。精神的にキツイから」だ。でも、それだけなのだろうか。飲食店では、それ以上の苦しみを味わっている。にも関わらず飲食店を続けるのは、同じ苦しみでも質が違うからではないのか。飲食店への投資は、いわば人への投資と同じ。そこに熱さや温もりを感じているからではないのだろうか。
いまの飲食店の経営は、資金の調達を含め、多岐にわたる知識と能力を必要としている。多彩な能力を持つ福田は、その点でいえば、いまの、最高の「飲食店経営者」の一人といえるだろう。「チャプチーノ」は現在、フランチャイズ店の募集と共にスタッフ募集にも積極的に取り組んでいる。株式公開の誘いも、数多く舞い込んでいるそうだ。

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