朝5時に肉屋で働いてから出勤する毎日

私の料理人人生で最初の苦労は、24歳の時に訪れました。18歳で料理の世界に入って以来、仕事にどんどんのめり込み、気がついたら24歳でシェフを任されたのですが、スタッフのほとんどが私より年上だったのです。比較的、早い段階で実力を認められたという点では嬉しいことなのかもしれませんが、それ以上に、シェフとしてやっていけるか不安でした。

当時24歳の私が、30代、40代の経験豊富なスタッフに敬語で指示を出さなくてはならない状況でした。いったんシェフになってしまうと、私に教えてくれる人は誰もいませんから、自分で辞書を調べたりして、年上のスタッフに納得してもらえるように必死に勉強しなくてはなりませんでした。

例えば、当時、店に入ってくる肉は、ブロック肉ではなく枝肉の状態だったのですが、年上のスタッフと互角に話すために、私は朝5時から8時まで、肉店で無給で働きました。毎朝、肉店で肉の卸し方を勉強してから出勤し、その後、夜の11時ごろまで自分の店で働いていたのです。もちろん、周囲には内緒で。いま振り返ると、この時期が一番大変でしたね。先輩に教えてもらっている方が気持ち的には楽なんですよ。

「なぜ?」の理由を突き詰めることが大事

 料理人にとって大事なことは、「なぜ?」を突き詰める姿勢だと思います。例えば料理名や調理法、盛り付け方などを、見て真似るだけではなく、「なぜそうしているのか」の答えを自分の中に見つけ出す姿勢が、料理人としての実力を大きく伸ばしてくれるのです。
 
先輩は後輩に手取り足取り丁寧に教えてはくれないものです。先輩方の作り方を真似て、時にはフライパンに残っているソースを味見しながら、少しずつ目と舌で覚えていくのです。私は同期が休憩時間にマンガを読んでいる間に、辞書をひっぱりだしては料理の勉強をしていました。常に「負けたくない!」と思っていました。

それに「なんとなく先輩と同じように作る」ではただのもの真似。その時は良くても、自分でアレンジする能力はつきません。私は20歳の頃からずっと、「なぜ」を突き詰めてシェフとして生きてきましたが、それでもいまだに修行の身だと思っているんですよ。(笑)

だから、今でもイタリアに行くたびに、現地の図書館を訪れるのです。料理の背景にある文化や歴史を理解するためには図書館が一番だからです。例えば、14世紀のイタリアの食文化を知りたい場合は、当時の書物を読んでも、現代イタリア語では書かれていないので理解が難しい場合もあります。そういう時は、現地の先生に現代版に翻訳してくれるように頼んでいます。こんなふうに、探究心を持ち続けることは大事だと思っています。

素直な性格が、料理人を成長させる

 ほかに料理人として成長するには、先輩から信頼を勝ち取ることも必要です。ごまをするとかではなく、言われたことを真面目に、きちんとやることで、先輩から信頼してもらうことが、料理人としての腕を上げる近道にもなるのです。

例えば私の場合、先輩にマヨネーズを教えてもらったのがきっかけで、料理人として生きていく決心がつきました。当時はまだ20歳前だったと思いますが、それまでは、マヨネーズは“作るものではなく、買うもの”だと思っていたのです。

マヨネーズ作りに興味がわき、「ちょっとでもいいから作らせてください」と先輩に拝み倒して教わりました。「自分でもマヨネーズが作れた」という感動は、いまだによく思えています。それ以来、店で学んだことを、休日のたびに家でも復習するようになり、“料理するのが楽しくてしょうがない”という状態になっていったのです。

イタリアを訪れて知った料理も、毎回、日本に戻ってから料理を再現しています。舌が忘れないうちにすぐに再現することで、頭にその料理をしっかり叩き込めるのです。しかし、イタリアと日本では食材の性質が異なるので、イタリアの作り方をただ真似ればいいのではありません。イタリアで得た情報を基本にしながら、日本の食材を使って一番おいしい料理に仕上げていくのです。

修行の最初の頃は、料理を触ることさえ許されないものですが、私はその頃から勤務時間よりだいぶ早めに出勤し、自発的にホールの床磨きをやっていました。料理に触れられなくとも、ホールの床は触れることができると思っていたのです。こういう積み重ねがあったからこそ、マヨネーズの作り方を先輩に教えてもらうことができたし、24歳でシェフを経験することもできたのだと思います。

イタリアのリストランテでも修行した経験がありますが、日本でもイタリアでも、共通して言えることは、「信頼が成長を生む」ということですね。

近い将来、またイタリアを訪れる時は、“イタリア初心者”という顔でツアーに参加したいと思っているんです。まだ観光でイタリアを訪れたことは一度もないのでね。(笑)

「Ginza nonnino」

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