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売上好調、3つの要因

1.美味求心と、店長の求心力
 今井屋のサービスの基本コンセプトは「美味求心」。「おいしさを追求するだけでなく、よりおいしく感じていただくためのサービスをも追求する心のことです」と、藤井店長は語る。「客単価8000円の店だからこそ、お客様が求めていらっしゃるものは何かを常に追求し、それにお応えしていく必要があります。ゲストとホスト両方のニーズに応え、特にホストに満足していただいて『接待の成功はあなたのおかげです。ありがとう』と言っていただけるのが嬉しい。そうやって今井屋のブランドをどんどん高めていきたいと思っています」
 お客様が来店中の一瞬一瞬を、さりげない気配りで満たしたい。後から「いいお店だったな」「居心地がよかったな」と実感していただけるお店にしたいと、藤井店長。新規客の来店は、その1回で終わってしまうかもしれないのだが、さりげないのに何かが違う上質のサービスによって、次回の来店を必然にするのだ。
 1回のチャンスを2回、3回へと増やしてくために、藤井店長は日頃からどんなことを心がけているのか尋ねてみた。その答えは「アンテナを高く掲げて学ぶ姿勢を保ち、インプットしたものをいかにアウトプットするか、常に考えて実行しています」だ。(すばらしい!) たとえば、美容室でもデパートでも大衆居酒屋でも、行った場所のいいところを見て吸収し、今井屋での実現に努めるという。藤井店長の向上心と吸収力の高さは並大抵ではない。

2.リピーター率6〜7割(コストゼロの集客)
 この店のリピーター率は6〜7割だという。人通りが少なくて地下1階と、立地的には決してよくない。実際、以前は売上も厳しかったそうだ。それでも毎年売上を伸ばし続けているのは、常連客が増えているからだ。藤井店長は「一度来店されたお客様に、『また来たい』と思っていただくことが重要です。次は『人に紹介したい』となり、それが少しずつ広がってお店が伸びてきました。コストゼロの集客です」と笑う。
 コストはゼロでも心は満タンだ。おしぼりを手渡す時も、料理を提供する時も、グラスを置く時も、一回一回心を込めて行う。地味なことにこだわり、「“当たり前”の精度を上げる」とのことだ。(いい言葉ですね!)
 お客様の名刺が、この店には3000人分ある。常連のお客様リストは700人。そこには好みのメニュー、ファーストアルコール、NGリスト(嫌いな食材や、食物アレルギー情報)、希望の席リストなどが記されている。
 近隣の会社の領収書リストもある。2回以上利用された場合、お客様から社名を言われなくてもすみやかに領収書が書けるようにするためだ。“当たり前”の精度を上げるとは、そういうことである。

3.料理人のこだわり(最高の商品)
 藤井店長は調理場出身で、管理栄養士の資格も持っている。このため、料理へのこだわりは人一倍強い。お客様に最高の商品を提供したいから、おいしい料理を一番いい状態で出すよう、料理長に言う。年上の料理長であっても、料理の状態がよくないと思ったら「これ、あなたがお客様だったら食べたいと思いますか?」と言ってダメ出しする。視察に行った店のやきとりを例に出し、「ある店でこんなやきとりをこの値段で出していましたが、これに勝てますか?」と言ったりもする。盛り付けの善し悪しについて料理長と話し合うこともある。
 またホールスタッフは、どの料理についてもこだわりを持ち、レシピや味を知っており、それぞれの料理がすばらしい理由を全員がお客様に説明できるという。そのことだけでも、いい意味で調理場へのプレッシャーとなっているのだ。
 藤井店長は、どんな時でもお客様が求める料理を出すという信念を貫いている。比内地鶏を最良の状態で届けてもらい、最高の調理をして、ベストタイミングで提供する。「比内地鶏や野菜など、産地の素材の伝道師だと思って、私たちは働いています。『農家の人たち、スゴイでしょ!』と言いたい!」 MVP受賞の壇上で、「おいしく育ってくれた比内地鶏に感謝します」とコメントしたそうだ。

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朝礼

 神楽坂今井屋本店では、次のような流れで朝礼を実施している。
@予約情報の共有
今日の予約、コースメニュー、お席の確保、お客様情報の共有。
たとえば店長からこんな情報を伝えたりする。「A様はいつも、お連れの女性が席を外された時にお会計をされます。様子をちゃんと見て、必ずそのタイミングを見計らって対応してください」
A予算と売上進捗状況(数字の共有)
B今日の行動目標発表
「お客様から『ありがとう、また来ます』と昨日2件言っていただけました。今日は3件にします」
「新人さんがいるので、教育サポートをしながらよいサービスに努めます」
「今日のお通しは○○にこだわって作っています。ホールの人はお客様にしっかり伝えてください」など、各自の目標を発表。
藤井店長は取材中に「マインドリセット」という言葉を何度か使った。何のためにそれをするのかを考えて常に原点に立ち返り、思い込みをなくして真摯な気持ちで仕事に臨むことで、今井屋の料理魂や想いを伝えていきたいと考えているからだ。
C声出し、ロールプレイイング、神棚に挨拶
接客の流れを声に出して言う。最後に「本日の売上目標は50万円です」というように目標を必達する宣言をして、「よ〜し、よし、よし、よし、よし、よし!」と神棚に二礼二拍手一礼して終了する。これは二十年来、今井屋の伝統となっている。

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お客様からの手紙

 神楽坂今井屋本店に届いた、お客様からの一通の手紙をご紹介しよう。
「先日、60代の女性5名で予約させていただきました。忙しい時間帯の予約だったのに、その時の電話対応は申し分のないものでした。いろいろ質問してもていねいに答えていただき、今どきこんな女性がいるのかと驚いて、コールセンター(電話応対専門)の人かと思いました。
 それからしばらくしてコース確認の電話をいただいたのですが、その時もすばらしい対応でした。食事の当日、迎えてくれた女性にその話をしたところ、まさにその人がご当人(※藤井店長)だったのです。接客もとても良く、その時ホールのご担当は2人でしたが、ばたつきもせずよく気がつくサービスをしていらっしゃいました。最近の若い人たちに心地よいサービスを求めるのは無理だと思っていたけれど、このような女性がいることを知り、食事も一段とおいしく感じました。
 こういう人たちが会社の上の人に認められるよう手紙を書かなければと思い、ペンをとりました。本当にありがとうございます。大満足のお店でございました」
 食事も一段とおいしく感じた…これこそが藤井店長が目標としている、サービスの原点なのだ。

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4年間で成長したスタッフ

 4年間この店に勤め、今年3月に卒業した女子大学生がいる。藤井店長は4年前、グルメ情報サイトを見たと言ってやってきた、愛知から上京したばかりのかわいらしい女の子を面接した。かなり人見知りのようで、目を見て話せないし、接客も得意ではないらしいが、笑顔はいい。仕事は厳しくて大変だよと話したが、働きたい、どんなことでも頑張ると言うので採用した。
 彼女は挫折したりくじけそうになったりしたことはあっても、店を辞めたいとは思わなかったらしい。だが半年が経過してようやく仕事に慣れてきた頃、大きなミスをした。初デートのカップルを接客中、女性の真っ白なコーチのバッグにカシスリキュールを掛けてしまったのだ。必至に謝り、バッグは染み抜き業者に出したが、元通りにはならなかった。この女子学生は落ち込んだ…どころか絶望感に打ちひしがれた状態になって、1カ月間それを引きずって過ごした、
 この間、彼女は同じバッグを求めて新宿や渋谷のデパートを探し回ったが見つけられず、ついに入間のアウトレットで見つけて自分で買ってきた。(もちろん、料金は会社が負担した)この責任感はすばらしいと、藤井店長は思ったそうだ。
 店長は彼女に笑顔でいる姿勢を教えた。「どんなにつらいことがあっても、私は笑顔をつくるよ。失恋しても、身内に不幸があっても、39度の熱があっても.お客様の前では最高の笑顔をつくるよ」と。女子スタッフは藤井店長のことを尊敬して慕い、店長のような人になりたいと思って真似をしながら学び続けた。
 紆余曲折を経て3年目、お客様の顔をまともに見られなかった子が、自分からお客様と名刺交換をして常連客を覚えるようになり、コミュ二ケーション能力が飛躍的に伸びた。
 店長はいつもスタッフにこう言い続けている。「この店のためだけに働くのでなく、あなたたちが社会に出たとき役立てるように働きなさい。社会人として役に立つことを教えるよ」と。そしてついにこの春、女子学生スタッフは大学を卒業し、大手製薬会社に就職した。両親に次いで店長に、採用試験の合格を知らせたという。「この店で働いて勉強させていただいたおかげです」と彼女は言ったそうだ、就職後、「新卒100人の中から、優秀賞3人のうちの1人に選ばれました」との報告もあった。彼女の人生は、まさにこの店で変わったのである。(いい仕事してますね、藤井店長!)

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「満足」で満足せず、期待値を超えるサービスを!

 店の運営上で藤井店長が気を付けているのは、お客様の期待値を超えるサービスをすること。「今井屋はお客様の期待値がかなり高いため、一つ上の何かをしないと感動していただけません。『ここまでやってくれるの?』とお客様に言わせるのが仕事です」と藤井店長。(すばらしいですね!)
 具体例を挙げよう。テーブルから何が落ちたか音だけで予測し、箸だと思ったらすぐに箸をお持ちする。たいてい「何でわかったの?」と驚かれる。何の音か当てるクイズを日頃からやっているので分かるのだ。
 電話で予約が入ったときには、声を聞いただけでどなたからの電話か分かり、「山本様ですね、ありがとうございます」と言える。
 新札でお釣りを渡すのは当たり前。その先まで考える。2人で割り勘だと予想したら、そのようにお釣りも用意する。たとえばお勘定が14000円の場合、1万円札2枚に対するお釣りとして5000円札+1000円札ではなく、1000円札6枚(3000円+3000円)を用意する。(さすがですね!)
 「満足」されるだけで満足せず、さらに上のサービスを目指す。五感を研ぎ澄まして地味な“当たり前のこと”に力を注ぎ、お客様に感動していただけるよう、日々努力しているのだ。

ほめる、叱る、そしてフォロー!

 ほめると叱るのバランスは3:7だという藤井店長。目標は9:1とのこと。でも教育は大事。お客様に喜んでいただくためには、愛情を持って叱る(=指導する)ことが必要なのだと藤井店長は考えている。教育も、簡単に満足してはいけないのだ。
 「ここは、永遠に完成しない場所」とは、東京ディズニーリゾートに息づくウォルト・ディズニーの言葉だ。「この世界に想像力が残っている限り、成長し続ける」という。完成したと思った瞬間から、衰退が始まる。
 叱った後はもちろんフォローする。スタッフへのLINEを見せていただいた。そこには「夜分にごめんね.今日、バタバタしていて少し強めに言ってしまったけど、最後まで弱音を吐かずがんばってくれてありがとう。月末の忙しい時に入ってくれてありがとう」と書かれていた。スタッフからも「店長、わざわざありがとうございます。今日もお客様への気遣いを教えていただきました」と返信があるのだ。
 また、お見送りに出た時、お客様から「おいしかったよ」と言っていただき、店長がすぐ料理長に伝えると、料理長がお礼のために厨房から出て来た。お客様は「君が料理長か。ありがとう、すばらし料理だったよ」と言ってくださった。(料理長のモチベーション、上がり続けますね)

仕事の報酬は仕事

 おもてなし能力の非常に高い藤井店長に、自分自身のモチベーションをどうやって高めているか伺ったところ、「仕事の報酬は仕事」との答えが返ってきた。藤井店長はこの店の業績や顧客満足度を向上させ、他店舗のスタッフや社員教育、全社の新人教育も任されている。新人アンケートによると、「藤井店長のモチベーション講義はとても勉強になる」とか「藤井店長のような店長になりたい」という感想が多い。こういった声を聞けば、店長自身のモチベーションもさらに上がるはずだ。
 新人教育で藤井店長が講義をしたモチベーション維持法を紹介する。
☆置かれた環境に感謝する
@ないよりあるに目を向ける
A理想像と自分を合わせる
Bほめられる、認められるように頑張る
C自分の仕事に誇りを持つ
D置かれた環境に感謝する
 人生はすべて自己啓発。自分の理想像を崩さない。そんなことも語ってくれた。素晴らしい話をありがとう、藤井店長。将来はホスピタリティコンサルタントとしても活躍できそうな力を秘めた、過去最高の女性店長だった!