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伊勢エビの買付けに2時間半

 まずは8階のプールサイドで食前酒と前菜を楽しみ、それから9階のダイニングでメイン料理、そして10階のテラスでデザートを味わう…この店では、このような流れでディナーを楽しむお客様が多い。なんと贅沢な楽しみ方だろう。
 結婚式の二次会では新郎新婦の故郷の食材を料理に用いたりする。中国人のお客様には、本来メニューにはない中国料理を作ることも。お客様が望むなら、締めのそばやラーメンも提供する。決してNOと言わないのだ。
 ある日、常連のお客様から海老料理の特別予約が入った。総料理長はスタッフを連れ、早朝から2時間半かけて佐島漁港へ出向き、新鮮な魚介を買い付けて伊勢海老のコース料理を提供。漁港の様子も写真に撮ってテーブルに添えた。お客様が大喜びしたのは言うまでもない。
 また別の常連客から「とびっきり美味しいステーキが食べたい」と言われたときは、五島牛・近江牛・米沢牛のチャンピオン牛を仕入れ、それぞれの特徴を説明しながら、格別の味を堪能していただいた。お客様のニーズにとことん応える総料理長の真剣な姿勢に脱帽する。
 もちろん、記念日やプロポーズなどのサプライズもお手伝いする。テラス席でのデザートプレートにチョコレートでプロポーズの言葉をしたため、婚約指輪を添えたり、ケーキの中から指輪が出てくる仕掛けなど、女性が思わず涙する心憎い演出もお任せだ。また、8階のプライベートルームから見える歩道に、ロウソクでハッピーバースデーの文字を描いたりもする。
 これらはすべて、お客様の気持ちを察し、お店にできる最高の方法で形にして提供する、ハートフルなサプライズなのだ。

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スタッフへの眼差しは常に真剣

 社員やP/A採用の際に重視しているのは第一印象の良さだ。これはキッチンもホールも同じ。目の輝き、人柄、言葉遣いや礼儀などから印象をつかむ。特に大切なのは礼儀。相手に敬意を表さない人は、採用後に問題が生じるケースが多いという。
 でも長い間共に頑張った人とは一生付き合いたい、辞めた後もずっとサポートしていきたいと浅野総料理長は言う。料理人の世界は厳しいといわれる。取材中の浅野総料理長は温和で優しい雰囲気だったが、部下に対する「ほめる」と「叱る」の割合を伺ったところ、2:8で「叱る」の圧勝だった。「お客様の口に入るものを作るのだから、厳しいのは当然です」とのこと。
 カシータのオープン当初、セカンドだった浅野総料理長は、シェフから「俺の作る料理を寸分違わず作れる人材を育てろ。そのためにはお前が憎まれ役に徹し、厳しく指導しろ」と叩き込まれた。叱るのはセカンド、フォローするのがシェフという構図だ。当時は10:0で叱る一方だったそうだ。緊張感が必要な時や、料理人として肝に命じてほしいことがある時は、徹底して叱らなければならないのだ。今は、ガツンと厳しく短く叱ったり、叱った後はすぐに普通の話し方に戻すなどして、叱られたショックを部下がいつまでも引きずらないよう配慮している。
 叱り方のポイントを、浅野総料理長流の方法をまじえながらまとめてみた。

1.愛情を込めて真剣に叱る
2.その時、その場で叱る
3.事実を叱り、人格を叱らない
4.キャリアや性格に応じて叱る
5.叱った後はフォローする
 また、「君らしくない」という叱り方も効果的。君のことは常に高く評価している、でも今回はよくない、というニュアンスが伝わるからだ。
 ただし、部下のミスの原因の一つは上司の指導不足であることも忘れないようにしたい。

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ホールはお客様に、キッチンは食材に集中

 店舗運営で特に気を付けているのは「お出迎えとお見送り」。店が8階以上にあるため、早い時間帯にはホール長と総料理長自ら1階でお出迎えしたり、地下鉄の駅まで出向くこともあるそうだ。もちろん、重い荷物はお持ちする。そして、お客様がお帰りの際には1階までご一緒し、お見送りする。ちなみに常連客のスペシャルメニューの場合は、総料理長がホールに出て食材や料理の説明をする。
 ホールでは、お客様の通行に常に気を配り、「どうぞ」と道を譲るのが基本。お客様の後ろを通る時には、たとえお客様が見ていなくても、感謝の気持ちを込めて会釈する。お客様に心を集中させていれば、常にこのような気配りができるようになる。その気配りの連続が、店に良い雰囲気をもたらすのだ。
 キッチンでは、新人に早くから食材にふれてもらい、料理もどんどん教えていく。産地や銘柄にこだわらず、自分の目で見て手で触れて、よいものを判断する力を身に付けてほしいのだ。食材への集中力を高めるよう指導しているのは、季節の食材をふんだんに使う料理にこだわっていきたいからだ。
 麻布十番では、月に1回ハウスミーティングを実施している。議題はポジションごとに出され自由に意見交換する。できるだけ多くの人に多くの発言をしてもらうことが一番の目的。責任感を養い、モチベーションアップにもつながっている。
 総料理長が毎日必ずやっているのは、全員に常に声をかける、しっかり挨拶する、そして「ありがとう」を言うことだ。感謝の気持ちを言葉で伝えるのは人として当り前のこと。そういう当り前のことを大切にしていきたいと、総料理長は言う。
 最後に、最近の嬉しいできごとを伺った。まつたけフェアでブータンのアマンリゾートに出向き、3週間店を離れた後に戻ったところ、店が滞りなく運営されており、自分が思っていたよりも部下が成長していたことを実感。とても嬉しかったと、笑顔で語ってくれた。
 お客様にも部下にも、真剣に接することの大切さを教えてくれた、素晴らしい浅野店長・総料理長だった。これからも大勢の料理人を育ててください。ありがとう!