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徹底した心くばりの姿勢

 取材のためげん屋を訪問した際の話をしよう。まずは店頭で、満面の笑みを浮かべた岡田番頭のお出迎えを受けた。次にテーブルに案内されたのだが、何とテーブルマットには本連載タイトルの「実力店長はここが違う」、私の写真や著書名、座右の銘、愛犬のことまでプリントされており、げん屋一同歓迎、と締めくくられていたのだ。嬉しい驚きだった。のっけから気遣いあふれる歓迎を受け、実に気分よく取材に入ることができた。お客様に対しても常にこのような心配りをしているのだろうと思える、すばらしい演出だった。

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5期連続売上伸張の理由

 景気低迷で高級業態の経営が厳しい昨今だが、げん屋は客単価が7300円とかなり高価ながらも、5期連続で売上を伸ばしている(109%、102%、107%、105%、110%)。5年間でトータル140%アップ、しかも利益は4倍だ。
 だが、4年前に当時の部長からげん屋への異動の話が出た時点では、前途は決して明るくなかった。「お前がやってダメなら店を閉める」とまで言われ、がんばるしかないと思ったそうだ。次の3つをポイントに、売上伸張に全力を注いだ。
@個別対応・個客主義の徹底/常連客の名前・料理・飲み物の好みをすべて覚える。名刺交換したお客様には、お礼の手紙や季節の挨拶状を1枚1枚手づくりで送る。
A商品開発/旬メニューの開発や食材へのこだわり。食材は産地に出向いて良いものを仕入れる。大切なのは鮮度とセンス。
B細やかなおもてなし/目くばり、心くばり、気ばたらきのこと。お客様の中のホスト役を見極め、ゲストから先に料理を提供。おしぼりは1本目は温かく、2本目は冷たく、3本目は温かく。空気を読んだ追加サービス。レディーファースト。お客様の間を割って料理を出さない。テーブルをきれいにしてからデザート提供。ひざかけやメガネ拭きのサービス、お帰りの際には携帯カイロをサービス。お客様の姿が見えなくなるまでお見送り…等々。お客様がげん屋で人の優しさと温もりを感じ、心のやすらぎを得られるような、極上のおもてなしをする。

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げん屋の感動のサービス

 この仕事をしていて良かったと思うことが多い岡田番頭だが、その中でも忘れられない感動のエピソードを三つ紹介しよう。
●異国からのお客様
 ある外国車メーカーの副社長(ドイツ人)がげん屋をお気に入りで、しばしばゲストを連れて来店していた。外国人のお客様がカウンターにズラリと並ぶのだ。対応は片言の英語とジェスチャー。お客様の目の前で活イカをさばいたり、フグを膨らませたり、カツオを炙ったりと、ライブ感あふれるショー的な演出をし、いつも喜んでいただいた。ドイツ語のメニューも作成。毎回心を込めて精一杯のおもてなしをしたという。
 やがて副社長は任期を終え、ドイツに帰国。ところが1年後、彼から岡田番頭に連絡が入った。「あなたに会いにげん屋へ行きたい。その日はお店にいてほしい」というのだ。そして元副社長は奥様を伴って日本へ、いやげん屋へやってきたのである。涙が出るほど嬉しかったと岡田番頭。この職を選んで本当に良かったと、心から思ったそうだ。(いい仕事してますね!)
●米寿のお祝い
 心に残る二つ目の話。おばあちゃんの米寿のお祝いのため、息子さんから1階貸し切りの予約が入った。誕生日のサービスとして、通常は照明を消してバースデーソングを歌いながらケーキを提供するのだが、この日はプラスαの特別な企画を準備。事前に息子さんからお預かりした写真を編集してDVDを作成し、プロジェクターで大画面に投影させたのだ。おばあちゃんの若い頃の写真や、おじいちゃんがご存命だった頃の写真、家族旅行の写真などがBGMにのせて次々と映し出され、おばあちゃんはもちろん、集まった親族の皆さん全員大感激! 息子さんからおばあちゃんへの感謝のメッセージも映像で流され、みんな感動で胸がいっぱいに。家族全員で幸せな時間を過ごし、素敵な思い出を心に留めていただくことができた。
●20年前のお客様
 三つ目は岡田番頭がびっくりした話。岡田番頭は常連客の顔を500人ほど覚えていて、うち名前のわかるお客様は300人以上。案内状を出す際にお客様のことを思い出すようにしているという。ちなみに300人以上のお客様を覚えているというのは、実力店長の共通点だ。
 20年前の創業当初からげん屋で仕事をしている市川番頭代理は、約1000人のお客様を覚えている。(すごいですね!)
ある日、創業の頃に常連だったお客様が20年ぶりに来店した。市川番頭代理はこのお客様のことをちゃんと覚えていて、お名前を呼んで挨拶したのである。お客様は驚き、たいへん感激して、それを機に再び常連客となった。これには岡田番頭も仰天したという。いったいどうすればそんなふうにお客様の記憶を脳裏に刻み付けられるのだろう。そのヒントが名刺にあった。
 げん屋では、お客様にいただいた名刺がきちんと整理・保管されている。その数は実に1万枚。見せていただいて私もびっくりした。お客様一人ひとりのことを忘れないよう、一枚一枚にコメントが記されていたのだ。

料理は鮮度とセンス

 岡田番頭の営業方針は、活気・個別対応・商品説明・鮮度。ことに旬の鮮魚が主役となる「おまかせ刺盛」は鮮度が命。そのためには食材の質はもちろん、料理人の能力(鮮度を見極める目と、多種の魚の名称や産地を説明できる知識)も高めなければならない。だが、利益を上げることが命題だ。岡田番頭は食材の原価を下げることなく、人件費を抑える努力によって利益を4倍にもアップさせた。従業員の社員比率を下げてP/Aを増強し、それを戦力化したのだ。
 P/A採用の基準は次の通り。
@第一印象
A言葉遣い
B所作
C協調性
D心の強さ
 Bの「所作」とは立ち居振る舞いのこと。美しく振る舞う礼儀作法と言うべきか。高級居酒屋ならではの基準といえるだろう。
 Dはタフな精神力、負けず嫌いといった意味。岡田番頭やリーダーの指導が厳しいため、強い心が求められるのだ。
 採用後、4時間のオリエンテーションを経て、OJT・OFF JTを繰り返しながら仕事を覚える。P/Aリーダー(2名)とサブリーダー(2名)が新人教育を担当する。
 社員の「職人教育」にあたって最も重視しているのは、料理の鮮度とセンス。鮮度を見極めるには、魚介の知識・産地・市場・仕入れなどについて学び、目利きの腕を磨く必要がある。またセンスを高めるためには自分自身を磨かなければならない。「職人は芸術的なものに触れるべきです」と岡田番頭。ミュージアムへ足を運んで美しい写真や絵画、映像、工芸作品を眺め、本物のすばらしさを実感して感性を磨くことが大切だという。

自立型P/Aの育成

 ミーティングやコミュニケーションは、次のように実施。
@全体ミーティング/2カ月に1回
A社員ミーティング(業績会議)/月1回
B料理長ミーティング(新商品会議)/月1回
Cホールミーティング(1階と2階)/月1回
D朝礼・終礼/プチ反省会、予約の打ち合わせ
E報・連・相ノート/全員が目を通す自由ノート

 店舗運営力の強い店に共通するのは、情報伝達力の強さだといわれる。げん屋も然り。コミュニケーション量が多く、各種情報や岡田番頭の考えを全員に伝え、話し合うシステムがしっかり整っている。チームワークや参加意識、責任感を高める上で不可欠なのは、コミュニケーションの充実なのだ。
 岡田番頭はげん屋に異動してすぐに、店のすべてを変えると宣言した。だが、それに抵抗を感じた従業員全員からの猛反発を受けた。長く勤めているパートさんからは「この店では昔からこのやり方なんです。違うことはできません」と言われた。だが岡田番頭は一人ひとりと根気よく毎日話し合い、絶対に変えるという意志を伝え続けた。
 頑として譲らない番頭の姿勢に、全パートさんが泣かされた。だがその情熱が徐々に全員に伝わりはじめ、理解してもらえるようになり、少しずつ店が変わっていったのだ。この間、辞める人は一人もいなかった。
 そして1年後、げん屋は物語コーポレーションの最優秀店舗賞を受賞。従業員みんなで達成感を味わうことのできる店へと成長したのだ。さらにそれから5年間、増収増益を続けている。そのはじまりは「店を変える」ことからだったのを忘れてはならない。思い切った変化が、紆余曲折を経てチームワークを高め、一人ひとりの自発的行動を促していったのである。

岡田番頭の、従業員を「ほめる・叱る」のバランスは5:5。ほめるのは従業員が自発的に考えて実行し、お客様に喜ばれた時だ。現在、そういう自立型P/Aの育成に最も力を入れている。最近「あなたに任せる」という言葉を多く使えるようになったのが、岡田番頭の喜びの一つである。自ら考えて行動できる社員・やP/Aが着実に増えているのが実感できるという。
 叱るのは、お客様に対して心のこもらない形式的な対応をした時、お店や自分の都合を優先し、効率第一で仕事をした時。要するに、お客様の立場に立って行動していない時だ。「お客様の都合で動け」と常に指導をしている。
 岡田番頭には、経営者としての権限がかなり広範囲に与えられている。北海道、福岡、東京への産地視察や仕入れは自由。また、現在3階の倉庫を改装してグレードの高い部屋を作る準備を進めているが、その内装イメージやデザイナーとの打ち合わせも、ほぼ全面的に任されている。江戸時代の商家の番頭のごとく、彼は文字通りげん屋の「頭」なのだ。

 最後に、今後の夢を伺った。「東京にげん屋を出したい」とのこと。客単価1万円の高級居酒屋だ。ぜひ実現させてほしい。
 帰り際に、お酒を1本いただいた。ラベルには私の愛犬がプリントされていた。最後まで粋な心遣いのおもてなしだ。心憎いほどの思いやりに満ちた、すばらしい実力店長だった。
 ありがとう、岡田番頭!