1965年静岡県生まれ。1991年にセンチュリーハイアット東京(当時)にバーテンダーとして入社。メインバーのマネージャー、フレンチレストランのマネージャーを経て、2005年4月より新フレンチレストラン開業準備室メンバーとして「キュイジーヌ[S] ミッシェル・トロワグロ」の開業準備にあたり、2006年の開業にあたりマネージャーに就任。
 

フランスで40年間ミシュランの3つ星を保持しているレストラン「メゾン・トロワグロ」の三代目オーナーシェフ“ミッシェル・トロワグロ”監修によるレストラン。フランス・ロアンヌにある「トロワグロ」とは一味違った美食を提供するレストランで、和のテイストとスタイルを取り入れながら現代的にアレンジしたフランス料理が堪能できる。レセプションからホールに入ると、中央にガラスで囲まれた調理場が見える。静かで贅凝らした空間の個室も用意されている。

東京都新宿区西新宿2-7-2
ハイアット リージェンシー 東京

 
 
 

 サービスの仕事の醍醐味は、人の笑顔を間近で見ることができ、笑顔をたくさんの人たちと共有できるところ。例えばフランスのレストランは、星の数が多くなればなるほどお店で働く方たちがよりやさしく、気さくで、リラックスした気分にさせてくれます。「キュイジーヌ[S] ミッシェル・トロワグロ」はまだ生まれて2歳のお店ですが、そんなおもてなしの心をどこまで表現できるかが今、そしてこれからの課題。私自身が“人にやさしく”“モノにやさしく”を実践することはもちろんですが、スタッフが自然と笑顔で働けるような環境を作るのも大切な役目だと思っています。
 静岡のホテルでバーテンダーをしていた私が上京を決意したのは、首都圏からお越しになるお客様と接する機会が多く、東京のホテルバーに興味を持ったことがきっかけでした。「東京はどのくらい違うんだろう…」。休日に上京してはバー巡りをし、サービスや雰囲気を確かめました。
 今でも強く心に残っているのは帝国ホテルのバーです。20代の若者が独りで行っても非常にリラックスできる雰囲気を作ってくださり、その丁寧さ、やさしさに感動しました。仕事ぶりというより人として尊敬してしまうような方々ばかりで、「さすがだな」「私もこういう場所で働いてみたい」と上京したい気持ちは強まる一方でした。
 そんな私の気持ちを察した先輩が紹介してくれたのがセンチュリーハイアット東京(当時)でした。実はアルバイトからのスタートということもあり両親は大反対。私はなんとか早くメインバーテンダーになって、仕事のしっかりとした基盤を作ろうと必死でした。ベテランも多く新卒入社の社員も多い中で頭角を現さなければいけない…。飛躍のチャンスを「カクテルコンペティション」にかけた私は、そこで最高得点をマークすることができメインバーテンダーへステップアップすることができました。入社から3年半後のことです。

 バーテンダーの仕事は、自分の作った飲み物に対しすぐにお客様の反応があり、小さな達成感を積み重ねていくことができます。そこにモチベーションを感じていた私は、お酒に関する知識はなんでも吸収しておきたいという気持ちがありました。なぜならカウンターごしのお客様との会話はほんの一瞬です。気の効いた言葉を言えるか言えないか、そこにはプロとして大きな違いがあり、それを可能にするのはやはり知識という裏付けがあってこそと考えたからです。
 100あれば100のことを知りたい。そういう気性のため専門書を読みあさり自宅でもシェーカーを振る。カクテル中心の仕事の日々を通して、ハードリカーについては大抵の知識を習得することができました。課題はほとんど知識を持たないワインについてです。時期はちょうどワインブームの直前。先輩の影響もありソムリエ資格を取得しました。その後バーはまるで“ワインバー”であるかのようにお客様の人気が集中していったため、最高のタイミングでワインを学びソムリエ資格を取ったわけです。
 ワインを覚えると次に沸いてきたのが食への興味です。この頃になると“サービスマンとしてのキャリア”を考えるようになっており、フランス料理のマネージャーを任されることになったことは絶好のチャンスでした。しかもこの経験が、新規レストラン「キュイジーヌ[S] ミッシェル・トロワグロ」のオープン、そして運営の仕事へと繋がっていきます。

 2006年9月の「キュイジーヌ[S] ミッシェル・トロワグロ」オープンにあたり準備がはじまってからは4回ほどフランスに渡り、うち2度はロアンヌのミッシェル・トロワグロ氏のお店に出向いています。トロワグロ氏と私は今は上司と部下のような間柄ですが、実はそれ以前にも面識があり、人の出会いとは面白いものだなと感じました。
 6年程前でしょうか。ある企画でホテル内で特別晩餐会が開かれ、日本人シェフとトロワグロ氏のコラボレーションをサービスとしてお手伝いしたのです。その時が2回目でしたが「一緒にやってみないか?」と声をかけていただいたんです。もちろんその時はそれがこんな形で実現に至るとは思ってもみないことでした。
 冒頭でもお話しましたが、フランスのレストランは星の数が多くなればなるほどスタッフは心やさしくリラックスした雰囲気の中でゲストをおもてなしします。「キュイジーヌ[S] ミッシェル・トロワグロ」は“シンプルな本物を心から提供するレストラン”を原点としますが、やはりお客様の笑顔でいっぱいになるようなレストランが理想型。私たちサービスの仕事は料理と違って瞬間で消えてしまいますが、いつまでもお客様の心に残る行動、一言を心がけていきたいと思っています。
 お店はオープンから2年で、まだすべてが完璧とは言えないかもしれません。しかしそれは素晴らしいレストランにしていくために柔軟に軌道修正していけるということでもあります。働くスタッフ自身がここでの仕事を楽しみ、笑顔で仕事に取り組めるような環境作りにも注力していきたいと思います。

 話は変りますが、私は洋服が好きでプライベートでの趣味は靴磨き。19歳の頃からずっと継続して靴をピカピカになるまで磨いています。きっかけはあるブティックの店員さんの一言。「どんな服装でも靴をきれいにしておけばおしゃれに見えますよ」。しかしこれは仕事にも大いに役立つこととなりました。レストランの仕事に清潔感は欠かせません。小さなことかもしれませんが、こんなふうに自分が大好きなことは何かしら仕事に役立つように私は感じています。この仕事をする上で無駄な事は何一つありません。興味を持ったことは何でも積極的に学んで吸収し、自分の知識や経験として積み重ねていけば、仕事というのはできることの幅がどんどん広がっていくものだと思います。
 そしてこの仕事の原点は、相手の立場に立って要望を察知して対処する力。私はいつも“人にやさしく”“モノにやさしく”と心がけていますが、自分自身に対して俯瞰してみて常に反省するようにしています(笑)。
 私はたまたまよいタイミングに恵まれ「キュイジーヌ[S]ミッシェル・トロワグロ」のオープニング準備というエキサイティングな工程に携わることができました。もちろんここでも反省点はあるはず。しかしそれは確実に次のステップの糧となるものですから、貴重な体験、宝物として今後のサービスの仕事に繋げていきたいと思っています。