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第1125回 株式会社サン・ルート 代表取締役 原 光範氏

update 25/11/11
株式会社サン・ルート
原 光範氏
株式会社サン・ルート 代表取締役 原 光範氏
生年月日 1988年7月31日
プロフィール 株式会社サン・ルート代表。1988年北九州市生まれ。飲食店で部長を務めた後、24歳で仲間と独立。現在は福岡・大阪を中心に14店舗を展開。「スタッフの声を原動力に挑戦を続ける」情に厚い経営者。
主な業態 「食堂◎まるに」「うわさの小鉄」「百舌のしわざ」「炭ト羽釜 どげん」他
企業HP https://sunroot.co.jp/

父との別れと、飲食への本格的な一歩。

今回、ご登場いただいた株式会社サン・ルートの代表、原 光範さんが生まれたのは1988年7月31日。3人兄弟の長男である。
小学生の頃の将来像は、サッカー選手か本屋の主人。
本屋とはめずらしいですね?というと「今もそうなんですが、小さな頃から本が好きで」と原さん。文学少年をイメージしたが、「活発で、気性が多少荒かった」とのこと。
岸壁を作る仕事をされていたお父様は、学校の先生や医者といったかたい職業についた兄弟のなかでは、異端だったのかもしれない。その血を継いでいる。
小学校でサッカーをはじめた原少年は、3年生でサッカーを辞め、中学からはテニス。高校では1年程度、硬式テニス部に所属する。その一方で、レジやガソリンスタンドでアルバイトを経験。
「大学は福岡のFラン大学」とのこと。実家の北九州から福岡の大学に通った。すでにご両親は離婚されていた。
「父と母は、私が小学3年生の頃に離婚。子どもは、3人とも母に連れられ出ました。でも、1キロ程度しか離れていなくって、父とも週に1回程度は会っていました。母とケンカして、父のところに逃げ込んだこともあって、離婚したあとも父とは付かず離れずといった感じで。その父が他界したのが、私が大学3年のときです」。
原さんは大学を辞めて、当時、アルバイトをしていた飲食店に就職する。
経済的な問題を優先してのことだった。
「その時、勤めていた飲食店の上司が事情を知って誘ってくださったんです。今もお付き合いがあるんですが、その後も、ずっとお世話になっています」。サン・ルートの生みの親の1人でもある。
結果として、その誘いが、原さんを飲食に導くことになる。

独立と3人の部下。

「独立志向はあったが、飲食でと決めていたわけではなく、ただ、「漠然と経営者になろうと思っていただけ」と原さんは話す。
実際、就職した飲食店では独立は頭になく、日々の仕事に没頭した。経営者の右腕となって、奔走する日々。「上が抜けていくんで」と原さんは笑うが、実力が評価されて、就職して2年で部長に抜擢されている。
「オープンも多く、刺激もありましたし、部長になったあとも、当然ですが、会社をのばそうと全力投球していました」。
店舗数は3店舗から、11店になった。24歳の若さで、事業を牽引する原さんは、部下の憧れだったのではないだろうか。
「ただ、」と、原さん。
「部長となって、組織の核心にちかづくと、理想とはかけ離れた現実がみえてくるんです。みえてきたのは、人として、商売人として、どうしても受け入れることのできない一線でした」。
原さんは批判するのではなく、去ることを選択する。「恩義もある人でしたから、批判するのはちがうかな」と。それが原さん、24歳のこと。苦悩の末、原さんは退職するのだが、苦悩していたのは原さん1人ではなかった。同年代の部下の3人が「辞める」といいだした。
ほっておくわけにはいかなかった。

サラ金、4人分と、もう一つの苦悩と。

「その3人と、いっしょにスタートしたのが、北九州の小倉にオープンした『うわさの小鉄』です」。
「うわさの小鉄」は、和食ベースの創作居酒屋。初期投資、500万円。42坪で家賃は28万円。
「4人でやるとなると、ある程度のスケールがないと計算が立ちません。リスクは高くなりますが、前職での経験があったもんですから、居抜きで出店コストを抑えればなんとかなるだろうと」。
ただし、資金がない。
「若いし、実績もない。銀行の融資も受けられません。私と共同経営者となる料理長で100万円ずつ。残りは4人、それぞれが消費者金融から50万円ずつ借り入れて。あと100万円は、さきほどいった転職先の社長からお借りした分+色々集めてなんとか500万円を用意することができました。運転資金もなく、すべてギリギリでした」。
資金はなかったが、自信はあった。
「家賃が安いのはロケーションがよくないからです。じつは、今も人通りがありません」と原さん。
人通りがなくても、原さんには広告戦略という、前職で経験済の強力な戦略があった。狙い通り、広告を打った2ヵ月目から予約も増え、月商も800万円をオーバーすることになる。
「やればできると喜ぶというより、サラ金に借りているんで、とにかく、いちばん年下から50万円ずつ返済していきました」。
全員が完済したのは数ヵ月のち。その頃から、共同経営者である料理長と意見が合わなくなる。
「料理長は2人の社員ともぶつかるようになり、けっきょく、話し合って辞めていただくしかなかったです」。
「ぼくたちをとるか、料理長をとるか」と、社員2人に迫られたそうだ。
仲間を大事にする原さんにとっては、これもまた、苦渋の決断。その一方で気になることがある。料理長というキーマンが抜けたことで業績はどうなったんだろう?
「3人で今まで以上に結束するしかありません。料理長がいなくなったからといって業績を落としたくなかったんで役割を再構築して。とにかく、お客様に喜んでいただこうと」。
結果として、1円も業績を落とさなかった。これが、つぎへの弾みと自信となった。2年後の2014年11月「百舌のしわざ」を、おなじ小倉にオープンしている(この時期に、3名のうち一人は独立するために巣立ち、今は人気店のオーナーとなっているそうだ)。
「百舌のしわざ」は「うわさの小鉄」のスケールをさらに大きくして、60坪、120席。コース料理を全面に打ち出し、宴会需要に特化した和食居酒屋としてオープンする。
「百舌のしわざ」は初月から大当たり。いきおいそのままに、翌月には個人事業主から株式会社サン・ルートへと法人化を果している。原さんは20代半ばにして、2店舗の繁盛店を率いる若き経営者となった。
創業メンバーの2人に、新たな仲間が加わり、風景もかわる。

ビストロ酒場『La・Bounds』、4ヵ月でクローズ。

原さんは「浮かれていた」という。
2015年11月、原さんは3号店となるビストロ酒場『La・Bounds』をオープンする。
「どこかでおごっていたんでしょうね。和食から慣れない洋食へ。だって、ビストロですよ。小倉にビストロなんてない。だから、そのぶん、オシャレで若い子に振り向いてもらおうと、はじめてスケルトンからつくりました」。
出店コストは跳ね上がり、慣れない分野へのチャレンジで料理も、オペレーションもうまくいかない。
「広告を打てばなんとかなると、成功体験に酔っていた」と原さん。
広告を打つことでロケーションのハンディも簡単に乗り越えた。その自信が裏目にでる。身の丈に合わない投資が重荷になる。広告を打っても予約が入らない。
今までの定石が通用しないことが原さんを苦しめる。
「小倉に若い子がいなかったというと、笑い話ですが、そういう緻密なマーケティングを怠っていたのは事実です。4ヵ月間、100〜150万円の赤字を垂れ流し、ビストロはクローズ。幸い、得意な和食ブランドに変更したことで業績はアップして、黒字が定着します」。
「La・Bounds」が苦戦するなかで、原さんはつぎの手を打っていた。「炉端と焼鳥 炭衛門」のオープンを計画し、「La・Bounds」の業態変更した3月に同時オープンしている。
「最初はこれで打ち止めと思っていたんです。4店舗あれば十分だと」。

北九州から博多へ、そして、大阪へ、仲間とともに。

コロナを乗り越えた2025年8月現在、グループ2店を含め、14店舗を展開している。北九州に10店舗、博多に3店舗、大阪に1店舗。福岡はコロナ中の出店。コロナの逆風に向かい、逆にアクセルを踏み込んだことになる。
「4店舗をオープンしたときに、もうこれで打ち止めと思っていたんですが、スタッフが増えるなかで彼、彼女のことを考えると、ここで打ち止めとも言えず『やりたい』というスタッフの声に応える感じで新店をつくってきました」。
その好例が大阪阿倍野にオープンした九州食材を堪能できる「炭ト羽釜 どげん」だ。
2024年10月にオープン。
「大阪出身のスタッフがいて、大阪で勝負をしたいという声を聞いて、やってみようと。九州からはじめて出るわけですが業績も悪くなく、そのスタッフのおかげで新たなフェーズに入れた気がしています」。
無理なオープンはしない。ただし、スタッフの声があればひるまない。「仲間」を大事にする原さんにすると当然のスタンスだ。
「つぎは神戸や東京へという構想も浮かんできました。ただ、それも手を挙げてくれる仲間がいての話です。そういう意味では、私じゃなく、もうみんなの会社になった証かもしれません」。
ちなみに、サン・ルートは太陽と根っこという意味。太陽が高く上がる。見上げる足元に根っこがある。未来と今、希望と、現実。その2つを表している気もする。希望に向かい、ただし、現実を見失うことなく、生きる。原さんの生き様を映し出した言葉でもある。

思い出のアルバム

 

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