年代別一覧リスト
掲載時期別リスト
オススメ求人サイト
リンク
アプリラボ

第1149回 株式会社桐麺JAPAN 代表取締役社長 松井利也氏

update 26/05/12
株式会社桐麺JAPAN
松井利也氏
株式会社桐麺JAPAN 代表取締役社長 松井利也氏
生年月日 1996年2月16日
プロフィール 大阪府生まれ。立命館大学卒業後、飲食ベンチャー企業を経て2020年に実兄と株式会社doubleを設立。コロナ禍で地方戦略とSNSマーケティングを武器に、わずか6年足らずで年商100億円規模のグループへ成長させる。2023年、食べログ百名店5回受賞の名店「桐麺」を継承し、運営法人「桐麺JAPAN」代表に就任。職人の想いを守りつつ、国内50店舗や海外進出を目指している。
主な業態 「桐麺」
企業HP https://kirimenjapan.com

桐谷さんと、松井さん。

2023年の1月、大阪トップクラスの人気ラーメン店「桐麺」の経営者、桐谷尚幸さんが「桐麺本店」はじめ、「中華そば桐麺」「桐ちゃん製麺」の桐麺全店を同年7月末に閉店するとアナウンスした。
「桐麺」は2014年12月のオープン以来行列が絶えず、「食べログ百名店」にも毎年選出された名店だったから、その発表を聞いて「桐麺ファン」が騒ぎ出したのも頷ける。
今回、ご登場いただいたのは、現在、桐谷さんに代わり、この「桐麺」を運営している「桐麺JAPAN」の代表、松井利也さんである。
一体全体、どういう経緯なんだろう。今回も興味深いお話をうかがうことができた。
松井さんと桐谷さんが知り合ったのは、松井さんが16歳の時。
「そのとき、桐谷さんは『ラーメン人生JET』という大阪の名店で店長をされていました。私は常連客の1人。毎週ラーメン人生JETに通っていただけのその客に、ある日、桐谷さんが『お前、おもろいやっちゃな、うちで働けや』っていうんです(笑)」。
<そこからの縁ですか?>
「そうです(笑)。『ラーメン人生JET』が好きだし、桐谷さんもいい人でしたから、二つ返事で『ラーメン人生JET』でアルバイトを始めます」。
<ラーメン人生JETっていうのは?>
「大阪を代表するラーメン店で、店主は山本さんです。スープは鶏白湯で、数々の賞を取った名店です。桐谷さんはその店主の方に惚れ込んで店長として修行をされてました」。
とにもかくにも、これが、松井さんと桐谷さんの出会い。その後、松井さんは、大学を卒業し、飲食ベンチャー企業に入社する。
そして、2020年、兄の松井勝也さんとともに株式会社doubleを設立。同社は、このインタビュー時の2026年現在で、売上100億円に迫っている。
コロナ禍での奇跡。サントリーの年間新規出店数ランキングでは、2024年、2025年と2年連続で1位を獲得している。
さて、その松井さん。「桐麺」継承以前にも支援するかたちでラーメン店を経営している。これもまた2020年のこと。
その頃、桐谷さんのほうはというと。
「桐谷さんは、『ラーメン人生JET』を卒業し、2014年に『桐麺』をオープン。オープン後間もなく人気店に駆け上がり、2019年頃には『桐玉』という、自家製麺を冷水で〆て、生卵と特製塩ダレをからめて食べるシンプルなメニューが大ヒットして」。
「私がラーメン店を経営することになった2020年頃には、桐谷さんは、超人気ラーメン店の店主でした。桐谷さんにラーメン店を開業することを報告すると、その後もなにかと気にかけてくださって」。
<縁はとぎれない?>
「そうですね」といって松井さんは話をつづける。
「ある日、桐谷さんからLINEをいただきました。その内容というと、『相談があるんや』って。なんやろって、首をひねりながら待ち合わせの十三の喫茶店に行ったら、『加西に家、買ったで。俺はラーメンに100%向き合って生きたい』って言われてました(笑)」。

兄の勝也さんと、松井さん。

松井さんは1996年、今でいう飲食激戦区の大阪市福島区に生まれた。
「父は元料理人。祖父が残したお金でパチンコ店を開業するんですが、失敗してしまいます。倒産するまでは幼いころは裕福だったんですが」と苦笑する。
兄弟は、男3人。
「兄の勝也は中卒でしたが、私は特待生で私立高校に入ります。特待生は入学金、授業料、修学旅行代もいらなかったから、公立に行くより賢い選択かなと」。
その後、松井さんは立命館大学に入学。
高校は学費がかからなかったが、大学はそうはいかなかった。
「高校も、大学も両親には一切迷惑をかけたくありませんでした。ただ、私立大学ですから入学金などのまとまった費用がどうしても工面できなかった。それで、兄に電話を入れました」。
<電話でなんといったんですか?>
「『大学に行きたいねんけど、100万円貸してくれへんか』って(笑)」。
<どうなりました?>
「『ええよ』って。細かいことは一切聞かないでね」。
兄弟愛といえば、それまでだが、たぶん、これが、兄、勝也さんの生き様。
「今、『株式会社double』を、兄といっしょにやっているんで、仲がいい兄弟に思われがちなんですが、じつはあの時まで、ぜんぜん仲もよくなかった(笑)」。
「それどころか、私は高校も卒業していない兄を正直見下してました」と松井さんはいう。「それが、あの『ええよ』の一言で、すべて反転したんです」。
あの日を境に、松井さんは兄、勝也さんをリスペクトの目で見始めた。

最強の2人。

大学を卒業した松井さんは、勝也さんが役員をしている会社に入社。勝也さん同様、役員的な立ち位置で九州エリアを担当する。
松井さんは福岡をホームにして、つぎつぎと新店をオープンしていく。
「兄は大阪で、私は福岡です。2人で9店舗まで店舗数を拡大します」。
<破竹の勢いですね?>
「実際に、破竹の勢いとなるのは、その後、なんですが、とにかく、兄と私で9店舗まで拡大していきます。しかし、その後、コロナが始まってしまうんです」。
<それが一つの起点になった?>
「そうなんです。コロナで、どこもかしこも大変だったじゃないですか。コロナの正体がだんだんわかってきて。それで、余計に何が何かわからなくなって。私たちの店だって、だんだんお客様がいなくなって。でも、お客様はいなくなっても、私と兄を信じて入社してくれた仲間がいる」。
<でも、どうしようもない>
「そう、オーナー経営者じゃなかった。勝算のない中真っ暗闇に突っ込み、不安と戦っている自分達がいたんです。だから、全責任を背負って決断できるオーナー経営者になりたいと思い独立を決意しました。管轄店舗を9舗のうち7店舗を分割ですが買い取らせて頂いて、仲間といっしょに、コロナ禍で再スタートというか、改めてスタートを切ったんです」。
<それが2020年のことですね?>
「そうです。『株式会社double』を立ち上げて、私と兄の、互いの強みを活かして。暗闇のなかでアクセルを踏んで爆走していきます」。
「コロナ×地方」と、松井さんは勝利の方程式をそう表現する。
「都会といったら、大阪でいうとミナミとか梅田。そういう繁華街じゃなく、地方に戦略的に投資しました。都会じゃ『リモートだ、在宅だ』で、昼間の人口が減っていくわけですが、地方はそうじゃありません」。
地方でも、都会同様、抜群のロケーションで、かつ格安な物件が現れた。松井さんはつぎつぎと、それらの店舗の権利を獲得してオープンを重ねる。
財務は松井さんの担当。「いける!」と思えば、迷わずアクセルを踏んだ。
「おれらは背中を預けあった時は最強だと思っていたんです。もし、おれらがだめだったら、どこもだめだろうって」。
<ちなみに、2020年にはさきほどのラーメン店もオープンされていますね?>
「そうなんです、ええ男がパートナーでいたんで。独立支援という形でグループ会社化しました。コロナ禍でしたが、このラーメン店が大バズりするんです。コロナ禍にもかかわらず、連日、お客様が列をつくってくださったんです。もちろん、みなさん、マスクをして」。
「インスタが功を奏した」と松井さん。
「インスタが黎明期の、むちゃくちゃいいタイミングでした」。
片や最強のコンビが経営する「double」が驚異的なスピードで拡大をつづける。その一方で、小さく生まれたラーメン店が、コツコツと人気店舗への道を歩みだす。
ちなみに、最強のコンビといったが、スタンスは異なる。松井さんいわく「独立採算制」とのこと。「いざってときは兄弟ですからね。合体して、2人のパワーで切り開いていきますが、今は、それぞれが担当エリアと業態が独立していて、ライバルでもあります。その集合体が『double』という感じでやっています」。
今回、インタビューさせていただいた「桐麺JAPAN」は、松井さんが率いる独自の法人。創業者の桐谷さんは、取締役最高顧問でアドバイザー的な立ち位置で参画されている。
そして、兄の勝也さんは「株式会社food culture」を立ち上げ、東海エリアでマスターフランチャイジーとして「桐麺」の2店舗をオープン。弟の松井さんのフランチャイジー応援している。

「いっしょにラーメンしたいねん」。

「で、最初の話です。桐谷さんが『家、買った』っていう」。
<そうでした。そのつづきをお願いします>
「桐谷さんっていうのは、典型的なラーメン職人なんです。自分で食べたラーメンが旨すぎて、気絶したいって夢を持ってるくらいです。だから、あれだけ愛される麺をつくることができたんだと思います。そして、究極のかたちなんだろうと思いますが、兵庫の加西市ってところで一軒家を買って、好きなラーメンと、家族、とくにお子さんですね。『いままで十分に時間を作ってあげられへんかったから』といって。つまり、ラーメンとお子さんだけに100%向き合いたいんだと宣言されたんです」。
<桐麺をやめて、加西市で新たにラーメン店を開業されたわけですね?>
「そうです。多くても週2日から3日、1日40組限定で営業されていて、予約もなかなか取れない大人気店となっています」。
「その一方で、肝心な『桐麺』のほうですが、桐谷さんにとっても、大事なお店だったので誰かに託したかった。そして、私が呼ばれ『家、買ったで』のあとに、昔と同じトーンで、『お前といっしょにラーメンしたいねん』って」。
<快諾されたんですか?>
「セントラルキッチンをつくることや、桐谷さんにもチームに入っていただくこと、僕のラーメン事業のパートナーを取締役に入れる件など、いくつか条件をださせていただいて、それでOKならやりましょう、と」。
<もちろん、OKだったんですね>
「そう」と松井さんは、大きく頷いた。

すべてが加速する。

それにしても、コロナを乗り切ったというより、コロナのなかで見事に飛躍した、その経営手腕に驚くばかりだ。
「たとえば」といって松井さんは、飛躍のヒントを教えてくれる。
「福岡に、韓国料理『韓美』っていうブランドがあるんですが、これが、爆当たりしています。韓国ブームで、みんな韓国に行きたいのに行けない。SNSで、その人たちをターゲットにしてマーケティングをしました。時短営業の時期でしたが、レストランの利用でしたから、ランチとディナーでそれぞれ1回転でよかったんです」。
<つまり、風を読み、仕掛けるということですか?>
「そうですね。どこかに顧客のニーズのギャップがあって、そのギャップを埋めてあげる。そこにチャンスがあるんだと思います」。
<今後、『double』では売上500億円を目標にするとのことですが、『桐麺』のほうはいかがですか?>
こちらは国内50店舗、海外にも進出予定で、ベトナムに5月、オープンが決定しています。国内では、飲食経験者から意欲ある人を採用して、1年研修、2年店長として勤務いただいて、その後、『のれん分け』というプロセスで独立を支援していこうと。法人の『ライセンス制度』と併せて、国内50店舗になればいいかな、と」。
松井さんの手によって、すべてが加速する。

-----

18歳、まだ少年だった松井さんに声がかかる。
「おもろいやっちゃな。うちで働けや」。
そして、大人になった松井さんに、ふたたび声がかかる。
「お前といっしょにラーメンしたいねん」。
最強の2人の兄弟の活躍もすごいが、桐谷さんと松井さんの、奇跡的な出会いもすごい。この出会いの先にまだつづく物語をいつの日かまた聞いてみたいと思った。
もう一度、いう。すべてが、松井さんの手によって、そう、コロナ禍でも、加速する。

思い出のアルバム

 

この企業・代表の方にコンタクトを取りたい方

この企業にご興味のある方、コンタクトを取りたい方、また代表にメッセージを送りたいといった方は、下記フォームよりご登録下さい。当社が連絡を取り、返信させていただきます(すべての取材先企業様、代表の方に連絡が取れるわけではありません。こちらから連絡がつく場合に限ります)。
例)テレビ番組用に取材したい、自社の商品をPRしたい、この企業で働いてみたい など