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第1154回 株式会社コローリ 代表取締役 渡部武志氏

update 26/06/16
株式会社コローリ
渡部武志氏
株式会社コローリ 代表取締役 渡部武志氏
生年月日 1979年6月29日
プロフィール 東京生まれ。日本ホテルスクール卒業後、WDIで接客の真髄を学ぶ。2014年、料理人の山口高志氏と「2人で1人」の体制で創業。壮絶な闘病やコロナ禍を乗り越え、現在は「ルリイロ」「ニショク」など多彩な飲食店を展開。社名の「コローリ」の通り、個性を活かす経営でゼロイチの価値創造に挑む。
主な業態 「ニショク」「ルリイロ」「こがね」「マーブル」「ミルイロ」
企業HP https://colori-tokyo.jp/

いろの複数形と、2つのいろの最強タッグと。

単数形がcolore(コローレ)で、複数形がcolori(コローリ)。
「イタリア語です」。
教えてくれたのは、今回ご登場いただいた株式会社コローリの共同代表、渡部武志さん。
創業は2012年、ドゥエ・コローリ(イタリア語で2色という意味)という店名で共同経営者の山口さんと創業。2014年には法人化し、12年経った2026年4月現在、池尻大橋にイタリアン「ルリイロ」、 自由が丘に、ネオ居酒屋「ニショク」、外苑前にモツ酒場「こがね」、都立大学にニューレトロイタリアン「マーブル」、そしてキッチンカー「ミルイロ」をオープンしている。
いずれも、色をモチーフにした店名だ。
イタリアン「ルリイロ」をみると、ホームページにはおおよそつぎ のように書かれている。
<築80年の古民家をリノベーションした一軒家風のトラットリア。炭火焼の肉料理と、豊富なナチュラルワインをお楽しみいただけます>
グルメサイトの評価点も高い、高い。
「創業時から、料理は共同代表の山口高志が担当し、ソムリエでもある私がサービスを担当しています。私は料理がからっきしだめで、山口はコミュニケーションが苦手。2人で1人って感じでしょうか」。
料理のプロと、サービスのプロ。
最強タッグがつくったイタリアンは、地下1階だったが、オープンしてしばらくすると地上ちかくまで列ができたそう。
ふと、地上まで長蛇の列ができたというサイゼリヤの創業時の話を思い出した。

2つのいろの出会い。

渡部さんは、1979年生まれ。三人きょうだいの長男。西東京で育っている。
「父は歯科技工士です。青森出身で、母は静岡出身。私らが小さい頃は専業主婦でしたが、動物がとにかく好きでドッグトレーナーになります。父は父で、登山が趣味。月に数回、山に登っていました。2人の遺伝子を受け継いだのか、私も動物が好きで、アウトドア派です」。
現在、渡部さんは2拠点生活を送っている。ふだんは都内で暮らし、休日は、奥様とお子さんが暮らす河口湖の湖畔に向かう。
「動物を飼いたいんですが、残念なことに今は賃貸で。ただ、いま広い土地がみつかって、来年には家を建てることができそうなんです。広いぶん、動物もたくさん飼えそうかなと楽しみにしています」。
渡部さんの口調はちょうどいいスピードで、一定のトーンで話がつづく。
「小・中・高とバスケットボールをしていました。ただ、中学でマージャンを覚えちゃって、高校になるとバスケもそっちのけで(笑)」。
レートも聞いたが、こちらは内緒。
「けっきょく、バスケは高校の途中で辞めてしまいます。じつは、その頃から独立志向がありました」。
渡部さんは、専門学校に進む。独立に向けた一歩。
「日本ホテルスクールという専門学校で、サービスや接客を勉強します。同時にホテルレベルの高い接客スキルがマスターできる店でアルバイトを開始しました」。
接客とサービスのスキルをマスターした渡部さんは、ウルフギャング・ステーキハウス、ハードロックカフェなどを運営する外食事業会社「WDI」に就職する。
「じつは、山口もWDIで働いていたらしいんです」。
<その時は知らなかった?>
「ええ。ただ、その時の上司が、WDIのつぎに私たちが働く会社をつくり、創業時から私も山口もそちらに移り、いっしょに仕事をします」。

病魔とのたたかい。

奥様との出会いも聞かせていただいた。
「妻と出会ったのはスペインのバルセロナの語学学校です」。
「彼女は、高校のときから海外に留学しているような子で。当時、私はスペインに留学中だったんです。2人は、学校で偶然出会って交際がスタートしました」。
日本人がスペインの学校で出会う。まるで映画のようだ。
さて、それはさておき、話のつづき。
「7年、もとの上司の会社でお世話になって、私が山口を誘って独立します」。
それが、冒頭に書いた地下1階のイタリアン。
「初めて物件を見に行ったときのことです。ドアを開けるとキッチンとカウンターがパッと広がって。もう、ここだろって。すぐに契約し、オープンします」。
未来のトビラが開いたのは、外苑前にあった小さな物件。17坪で、家賃25万円。造作譲渡費用や工事などを含め、初期投資は1000万円弱。
「もともと2人で始めたんで、『2店舗はオープンしたいな』って話していたんです。創業店が、さっき言ったように業績も悪くなかったもんですから、すぐにつぎの店舗を探します」。
でもなかなかでてこない。
「ところが、灯台下暗しじゃないですが、すぐちかくにみつかったんです(笑)」。
話を聞くとたしかに、ちかい。
「創業店が地下で、その上の1階に2号店がオープンします。今度はナチュラルワインのお店です」。
順調だったときに、病魔が渡部さんを襲う。
「半年間、たっぷり入院しました。生死をさまようような壮絶な経験でした。病魔に負けるわけにはいきません。子どもも生まれたばかりでしたし、会社も今からというときでしたから」。
「もし退院できたらと、窓の外を眺めていた」と渡部さん。
「外の景色を眺めながら、もし退院できたら、『今年の忘年会は、いつも見ていた屋形船でやりたい』と思っていました。そういう想いもちからになったんでしょう。半年後、無事、退院できたんです」。
夏が、冬になっていた。
「12月の屋形船は、さすがに寒すぎて」と、そのときを思い浮かべる。
  スタッフたちは、口々に「寒い」「寒い」とクレームをいいながら、みなさん、心から笑っていた。クレームの一言一言が、渡部さんには「お帰りなさい」と聞こえたにちがいない。

5つのいろと、そのいろの未来。

「株式会社コローリは、2026年で12期です。業績でいうと、いいときもあれば、悪いときもありました。コロナが始まって、海外の知人から『地下はダメだ』と聞いて、すぐに創業店はクローズします」。
こうと決めれば、やることは早い。
「地下はダメ。じゃぁ、どこがいいかってわけですが、路面で、大きな窓があって。ふつうなら、なかなかそんな物件でてきません。でも、コロナ禍だったからでしょう。そのものズバリの物件があって」。
「それが、自由が丘の『ニショク』」と渡部さん。
コロナ禍だったが、支援金などはいっさいなかったので営業するしかなかった。だが、その決断が功を奏し、今までにないような業績を叩きだすことになる。
ピンチは、チャンスになった。
「新卒の採用もコロナ禍でスタートします。今もつづいていて、年に2名程度、専門学校などから入社してもらっています」。
離職率は極めて低い。
「個性を活かしているからだと思います」。
<colori(コローリ)ですね?>
「そうです。私は、朝礼も、夕礼も苦手というか、バラバラでいいじゃんってタイプ。右へならえってそういう習慣がイヤなんです。『髪の毛の色なんてどうでもいい。かわりに最高のサービスを!』って言っているんです」。
バラバラだけど、心はつながっている。ルリイロに、ニショクに、こがねに、マーブルに、ミルイロに。混ざり合っても、一つひとつのいろはその色彩をなくさない。
そこがいい。
<今からどうしますか?>と聞くと、「そうですね。私は保守的なタイプでもなく、ゼロイチが好きなんです。だから、新しい何かをつくってみたいですね」。
それは、どんなかたちをして、どんないろをしているんだろう。その未来をのぞいてみたいと思った。

思い出のアルバム

 

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