


| 株式会社光聖 代表取締役 冨田 学氏 | |
| 生年月日 | 1991年1月5日 |
| プロフィール | 野球一家の四男に生まれ、自身も高校まで野球に打ち込む。専門学校時代に長男に誘われ飲食店で働き始め、27歳で長男が経営していた店のうち1店舗から独立し、経営者となり、実績を積む。その後兄弟が創業した会社、株式会社光聖に移り、実績を積み、2021年社長に就任。現在は東京・神奈川で居酒屋、焼肉店を展開、熱いチームビルディングで社員の幸福度を向上させている。 |
| 主な業態 | 「焼肉とみ」「居酒屋とみ」「居酒屋しょうちゃん」他 |
4人兄弟。全員男で、全員野球選手。ちなみに、お父様は大手印刷会社に野球で入社。選手としての引退後はお客様第一の精神で、営業として実績を上げていき部長に昇進。50代で他社からヘッドハンティングを受け、その後、社長に就任されている。
兄弟4人にとっては父親であり、監督である。今回、インタビューに登場いただいた四男の冨田さんにとっては「一番の尊敬している人物」だと語る。
「父はすごい。足を向けて寝られない」と冨田さん。話を聞くと、たしかに、すごい。社長に就任されたことはもちろんだが、指導者としても秀でている。プロに進んだ息子さんはいないが、全員、野球で頭角を現し、次男、三男は名門浦和学院でプレーしている。
「次男は甲子園でベスト8です。最後の夏の大会は鳥谷さんのチームに決勝で負けました」。
父も、母も、兄弟たちもアルプススタンドで声援を送った。
ついでの話になるが、孫もまた、すごい。長男の息子さんはゴルフがうまく、小学生のときからスポンサーがついているそうだ。
<どんな監督でした?>と聞くと「星一徹みたいだった」と笑う。
なんでも、息子たちには特に厳しかったそうだ。
冨田さんは「とくに私ら兄弟には」といったが、チームメイト全員にとっても、監督は近寄りがたい存在だったそう。
「一度、むちゃくちゃ怒られたことがあるんです」と冨田さん。
<プレーで?>と聞くと、「いえ、違うんです。父が、みんなをバッティングセンターに連れていってくれたとき、私だけ隠れてジュースを飲んだんです。それを父が知って。大激怒です」。
協調性やチームメイトへの思いやりをとがめられたのだろう。冨田さんは半年間、謹慎を言い渡されたそうだ。
プレイボールが聞けない。
子どもだからよけいに辛かったんじゃないだろうか?
いつもの「プレイボール」がかからない。
お父様の厳しい一言が心に沁みたにちがいない。
兄弟4人全員、中学、高校と野球をつづけ、次男と三男は浦和学院に進学している。
長男にも、冨田さんは頭が上がらない。
「父親と同じように、長男も熱血指導で、尊敬する兄です」。
<そのご長男の会社で働かれるんですよね?>
「高校を卒業して、野球の推薦で2年制の専門学校に進みます。そのとき、長男が飲食店を東京でオープンすることになって、私の学校も東京だったもんですから、兄から『うちで働け』と指令が下りるんです」。
初めての飲食。「最初は、ぜんぜん楽しくなかった」と冨田さんは笑う。お客さんより、厳しい長男を見ていたからだろう。
しかし、飲食はたいていの場合、「つまらない」では終わらない。
「そうなんですよね。私もどっぷりと浸かります。20代の頃は、とにかく同級生より稼ぎたいと思っていました。でも、私らのような学歴では一流企業でサラリーマンなんてできません。でも、飲食は違うじゃないですか」。
<学歴なんか関係ない世界ですからね>
「そういう飲食の世界観に気づいて、23歳くらいからかな、マジになって取り組み始めるんです。そうすると、加速度的に飲食に惹かれ、『オレの天職だ』って思うようになるんです」。
目の前の人に喜んでいただく。
そこに全力で取り組む。
シンプルだから、だれにでもできるが徹することは難しい。飲食を天職と思える人は、その難しいことをつづけた人なんだろう。
「27歳で、当時店長をしていた店で独立させてもらいます」。
それが、飲食店経営のはじまり。
その後、紆余曲折を経て、兄弟が創業した株式会社光聖に入社する。
<思い切った決断ですね。いかがでした?>
「最初は思い通りに行きませんでした」と、冨田さんは苦笑する。
「当時、五反田と関内にお店があって、どちらももうないんですが、当時現場を任せていた店長との関係性がうまくいかなかった」。
<こんなはずじゃなかった?>
冨田さんは頷く。じつは、兄弟の会社の経営に携わった理由の一つに、冨田さんはスタッフの熱量を挙げていた。なんでも、当時冨田さんが経営している店にスタッフが何度か飲みにきていたそうだ。その姿勢に感化され、株式会社光聖に入社した。
「そう、そういうのもあって関わるようになったのですが、私の考え方が未熟だったんでしょうね。特に店長の心に寄り添うことができなかった」。
若い者同士、ぶつかると激しくなる。
冨田さんは今振り返り、「導く力がなかった」と漏らす。
「創業者の兄にお願いして、店を一つ出店してもらって、言葉ではどうしようもないんで、実績で黙らせてやろうと」。
冨田さんは特別な仕掛けはしない。「SNSと言ったってわからない」と笑う。戦略は一つだけ。目の前のお客様に喜んでいただくこと。店に入れば、全力でプレーする。
「すべてに手を抜かなかった」。
「その店長は、けっきょく退職してしまいました。ただその後、彼の結婚式でスピーチを任されるなど、今でも付き合いはあります」。
それにしても、冨田さんは人に対して、熱い。
今も、このときのことを「大変だったし、未熟だった。今ならちがった答えを出せるのに」と声を落とす。
「店の運営力は実績で示すことができたわけですが、大事なのはそんなことじゃなかった。やはり、人を導けないと、飲食もまた数字だけで語るつまらない世界になっちゃうんです」。
「生意気だったと思うんです。オレがいちばんだ!って。今もそういうところがないわけじゃないんですが(笑)」。
<ところで、そのお店はどうなったんですか?>
「オープンは2019年でした。とにかく、目の前のお客様を喜ばせまくって。スタッフが頑張る姿をお客様にも見てもらって。サラリーマンがメインで、客単価は6000円程度。35坪で月商は繁忙期で2000万円。こちらは東京と比べると家賃も極端に安いんで利益もでやすいです」。
<コロナ禍の時は?>
「閉めました。スタッフはみんな『やろう』って言ってくれたんですが。最初は、コロナウイルスの正体もわからなかったので、彼らの後ろには親御さんや奥さん、お子さん、彼女、彼氏がいるでしょ。最悪のことを考えたら、やっぱり営業はやめておこうと決めました」。
オープンして1年足らず。しかし、コロナも冨田さんにとっては大きな障害ではなかったようだ。
2026年7月時点では5店舗を運営している。
6月にオープンした新店はスケールがでかい。
90坪、家賃は200万円だそう。しかし、冨田さんは気負わない。
<今の目標は?>と聞くと「店長全員を年収1000万円にすること」という。「幹部全員、同じ方向を向いている」と言葉に力を込める。
「居酒屋とみ」と「焼肉とみ」の2ブランドで、神奈川3店舗、東京2店舗展開している。
新店がオープンしたのは横浜。
看板メニューは会津より冷凍することなく仕入れている新鮮な「会津 馬刺し」と「韓国東大門発祥のタッカンマリ」。
戦略的には「とみブランド化して展開していく」とのこと。
「現在、新たにオープンした新店を合算して、今年度の決算で8億円を計画しています。
前年度の決算は4億5000万円。新店のプラスがあったとしても、既存店で相当な数字を残さないときつい。
そう言うと冨田さんは首を横に振って、「成果をだすことで、皆んなの幸せが叶うと信じて突き進むだけです」。
新店に期待がかかるところでもある。
しかし、いつから数字を追いかけるようになったんだろう?
こちらの表情に気づいて、冨田さんは答えを語りだす。
「数字を追いかけるつもりは昔も今もありません。一緒に働く仲間を幸せにするためには結果が必要なんです。数字とは人作りです」。
冨田さんは、スタッフだけを見ていない。
「奥さんの誕生日には、花を。ご実家には、お中元を毎年お贈りするように心がけています」と当たり前のようにいう。感謝なんだそう。
社員だけでなく、アルバイトの親御さんまでお店に招待しているというから驚かされる。まるで授業参観だ。
そこがいい。照れながら料理を運ぶスタッフの姿が目に浮かんだ。
「社員は、まだ10名で、アルバイトが100名程度です。うちは、ちょっとかわっていて、社員は大半が元アルバイト。外部から中途で採用する手段もあるんでしょうが、うちでは、アルバイトさんがこの会社で社員で働きたい!と希望していただくケースがほとんどです、夢を叶えられる会社でありたいんです」。
ちなみに、結果を出している社員の給料は驚くほど高い。年収1000万円を超えている店長もいる。
<社員は厳選して登用しているんですか?>
「そうじゃないですね。うちは、学歴なんてもちろん関係ありません。学歴よりも自分の未来に向かって一生懸命になれる人を仲間に迎え入れているんです。ただ、人としてどうなんだってところはちゃんと見ています。家族のように思い合える仲間になりたいんです。私も店長もメンバーには、人間性についてよく指導しています。大事にしている考え方は、やり方よりもあり方。全社員が、自分自身を研磨できる環境をつくっています」。
<人間性?>
「はい、そうです。飲食ってチームプレーだし、お客様にちゃんと喜んでもらおうと思ったら、全力でプレーしないといけない。そこに人間性が表れるんです」。
「手を抜いてはダメ」ということを、口先だけではなく、深いレベルで伝える。
社員に対峙している冨田さんを想像して、星一徹を思い出した。
お父様のことである。
たぶん、冨田さんの原点はそこなんだ。
<1人ジュースを飲んだらいけないんですね?>
そう聞きたくなった。
ちなみに、自分の理想は、一緒に働く仲間の「親父」になり、道しるべになる。全スタッフの幸せを叶えられる親父になる、と意気込んでいる。スタッフをみる目は、兄の目であり、父の目であり、そう、星一徹の目でもある。
飲食は、最終的に「目の前のお客様をいかに喜ばせたか」というシンプルなことである。その試合は、今宵も始まっている。
プレイボール。
スタッフたちは一斉に守備につき、一斉に攻撃を開始する。
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