


| 株式会社新星苑 サッポロビール園 代表取締役社長 別府 修氏 | |
| 生年月日 | 1972年9月28日 |
| プロフィール | 東京都世田谷区生まれ。実家は銀座で170年の歴史を持つ老舗うなぎ店。慶應義塾大学卒業後、1995年サッポロビールに入社。飲食店の繁盛支援を行う部署の立ち上げに携わり、約10年間その業務を行う。海外駐在、グループ外食企業の店舗開発等を経て、2023年4月株式会社新星苑 代表取締役社長に就任する。 |
| 主な業態 | 「サッポロビール園」 |
| 企業HP | https://sapporo-bier-garten.jp/ |
札幌駅からタクシーで7分。 赤レンガと巨大な煙突が現れる。タクシーを降りて煙突に描かれた赤星(五稜星)を見上げた。
今回ご登場いただいたのは、「サッポロビール園」を運営する株式会社新星苑の代表、別府修さんだ。
サッポロビールは1876年、サッポロビール園から徒歩5分ほどの場所(現:サッポロファクトリー)で創業している。サッポロビール園の赤レンガの建物は、1903年から1965年まで「札幌第2製造所(製麦工場)」として利用した後、1966年にレストランに改装されている。
「サッポロビール園には、ビールとジンギスカンが楽しめるレストランが4店舗あり、夏にはビアガーデンがオープンします。席数を合計すれば2,000席。そのほかグッズ等を販売するショップを2店舗経営しています」。
「近隣にはサッポロビール発祥の地であるサッポロファクトリーがあり、そこには『札幌開拓使麦酒醸造所』という醸造所を残しています。今でも当時の味わいを現代風にアレンジし、ビールを製造しています。当社は『BREWERY1876』というビアパブを醸造所の隣で経営しており、製造したばかりの開拓使麦酒を楽しんでいただけるよう、少量の飲み比べスタイルで提供しています。
ラム肉の鉄板焼き店『村はし』もその近くに出店しました。店名はサッポロビールの設立に大きな役割を果たした村橋久成からいただきました。ここでは日本で現存する最古のビールブランドである赤星(サッポロラガー)をどぶ付けでキンキンに冷やし、オープンキッチンの鉄板スタイルでラム肉をシズル感たっぷりに焼いて提供しています。当社はビール、ジンギスカン、北海道の食材を軸として、新しいスタイルにも挑戦しながら店舗展開をしています」。
サッポロビールの赤星(五稜星)をみると、口をつくのは、キャッチコピーである「丸くなるな、星になれ。」だ。
別府さんが生まれたのは1972年。第二次ベビーブームの世代だ。
2026年現在の出生数は70万人。
当時は200万人だったというから、その差に驚かされる。
「私は自宅近くにある、国立(こくりつ)の附属小学校に進みました。附属ですから本来は中学、高校と進学できるのですが、高校に進学できる上位50%に入ることができず、中学で脱落しました」。「高校まで進学するのは東大を目指すような生徒たちばかりですから、私なんかが凹むことはないんですが、あれはあれでちょっとした挫折でした」と、別府さんは苦笑する。
都内の私立高校へ進学するが、その3年間については「それまでとは比べ物にならないくらい、真剣に勉強をした」と振り返る。結果として慶應義塾大学に進んだことが「小さな成功体験になっています」と別府さんは笑う。
「大学で会計学を専攻していたこともあり、就職するときに当初志望したのは経営者と直接対話できる金融機関でした。今でいうメガバンクではなく、中小企業向けに融資をする金融機関です。こちらのほうがリアルに仕事をイメージできたんです」。「当時から、いつかは社長になりたいと考えていました(笑)」というから、中小企業の経営者に接することで、学ぶことも多いと思ったにちがいない。
しかし実際は、まったくの異業種であるビールメーカーに進む。その理由をうかがうと、「先に内定をいただいたので」と笑ったあと、話がつづいた。
「サッポロビールに決めたのはOB訪問でお会いした先輩でしたね」。
先輩訪問。ネットもない時代、情報収集はそれが一番だった。先輩に連絡を取り、会う約束を取り付けた。
「でね。その先輩が約束の場所に紺ブレ、しかもピンクのワイシャツで現れたんです(笑)。今はラフな格好の人も多いんでしょうが、30年前のOB訪問ですからね。『え? なんでピンク?』『これでいいの?』って(笑)。そうしたらその先輩が『サッポロビールに入ったら、旨いものが食べられるぞ』って殺し文句を言うんです。その一言に惹かれちゃって。『そうだな、ビールメーカーの営業になれば酒販店や飲食店の経営者と近い距離で仕事するんだろうな。これはいい経験になるな』って都合のいい解釈をして、サッポロビールを受験したんです」。
配属は千葉支店だった。
「市川や船橋エリアの特約店、酒販店、飲食店を担当しました。午前中は特約店や業務酒販店をまわって、夕方からメインの戦場である飲食店訪問を始めます」。
30年前の日本は、サッポロビールだけではなく、すべての会社の、すべての仕事がハードだった。
仕事は忙しく、やりがいも達成感もあったが体力的にも精神的にも厳しい仕事であり、「これは大変な会社に入ってしまったな」「この仕事、40代や50代になってもできるかな」と考えたこともあったという。
しかし「サッポロビールには実家の商売を知っている人もいたんです。父親の顔を潰すわけにもいかず・・・」。ただし、「言いたいことは言わないと気が済まない性格なもので、現場で感じたことを自分なりにまとめて上司に出してしまった」と別府さん。
入社2年目に会社の営業スタンスを問い質す意見書を書いたそうだ。
「随分と偉そうなことを書きました。目の前の売上をつくることに四苦八苦して、メーカーが本来するべきことから背を向けているように私には映っていたんです。だから思い切って書いたんです。そしたら、それをですね」。
そう言って 別府さんは苦笑する。
「上司がそのまま本社にFAXしてしまったんです。ちょっとした騒ぎになってしまい、なんと社長が直接支店に来ることになってしまいました。それも休みの土曜日に、私だけじゃなく営業担当者は全員出社です(笑)」。
どんな意見書だったのか、聞いてみた。
「簡単に言うと『飲食店経営者の最大の関心事は自分が経営するお店が繁盛すること。繁盛のお役に立てる営業マンを増やすことができれば、取扱店舗は増えていく。そのためにはまず飲食店に詳しい営業マンを育てるべきだ』という内容です。当時の営業スタンスに否定的な内容も含まれていましたから、社長が来る日はむちゃくちゃ緊張しました」。
「ただ、いらぬ心配でね。社長にも新しいことを推し進めていこうという気持ちがあったようです。でも、『言うはやすく』です。簡単に『ご繁盛支援』とか『お役立ちのご提案』なんてできません。まずは飲食店についてより深く学ばなければいけない。それで、私に出向命令が下りるんです」。
「そもそも飲食店にはどんな問題や課題があるのか?それを解決するためにはどんなことが必要なのか?そのお手伝いは我々が自分たちでできるのか、外部のパートナーを頼るのか?こういったことまとめ、組織にするのが私のミッションでした。出向した飲食店では客席を担当しましたが、最終的には会社の経営にも携わらせていただきました。飲食店については学生時代に短期の皿洗いアルバイトをしたくらいでしたから、何もかも新鮮でしたね」。
別府さんは2000年4月、サッポロビールへ戻り、繁盛支援業務に就く。
「濃密で充実した時間でした。『ご繁盛の提案』は、簡単なものではありません。私たちはお店の繁盛を真剣に考え、経営者のお役に立てるような情報を提供しますが、そのプロセスにおいては経営者にとって気分が悪くなるような調査結果を報告したり、これまでのやり方を変える提案をしなければならない時もありますからね。大変なことですが、ここにおいて経営者から信頼をいただくことができれば、『商品の取引先』から『飲食店経営のパートナー』あるいは『信頼できる相談相手』という存在になれますし、結果として社品取扱いにつながります」。
「当時の『黒ラベル』は、味は良いけど広告が下手」「40代、50代のビールヘビーユーザーは飲むけど、若者には選ばれない」という印象を長く持たれており、メイン顧客層の高齢化が大きな課題でした。我々は若手経営者が経営する店舗や20代・30代のお客様に支持されている店舗の繁盛支援を積極的に進め、『黒ラベル』を取り扱っていただきました。なかなかハードルの高い挑戦でありましたが、これが『黒ラベル』に対する市場の評価や評判を変えるものだと考えていました」。
サッポロビールといえば「ヱビスビール」があり、瓶ビールには「赤星」がある。麦芽100%の「ヱビスビール」も最高だが、マッチする料理を選ばず飲み飽きないという点では「黒ラベル」に軍配があがる気がする。贔屓するわけではないが、「黒ラベル」は麦の旨味と苦みのバランスが絶妙だ。
「今の『黒ラベル』に対するブランドイメージは、20年前のそれとは大きく違います。「大人が選ぶ」「洗練されている」「格好がよい」といったイメージを持っていただき、若者から支持されるビールとなっています」。飲食店への取組みが長く閉ざされていた扉を開け、商品のブランドポジションを大きく変えることにつながったのだ。
別府さんは2010年4月から海外に駐在。2018年9月に帰国してサッポロライオンを経た後、2020年9月から再び繁盛支援グループの責任者となって、指揮を執ることになる。
新星苑の社長に就任したのは2023年4月。3年間で年商を3割ほど引上げ、今期は40億円を見込んでいる。
サッポロビール園には年間60万人の来場者数がある。1日に2,000人にちかい来場者がある計算だ。特に観光シーズンである7月と8月は最高潮に盛り上がる。規模的には「飲食店」というより、「観光名所」としての色合いが濃いのかもしれない。そのためインバウンドのお客様が多いと思っていたが、そちらは10%ほどで、実際には国内旅行客が6割、地元の方々の利用が3割だそう。
「海外で8年間仕事をしましたから、外国人のお客様が北海道に旅行したくなる気持ちが手に取るように分かるんです。まだまだ、やるべきことは沢山ありますよ(笑)」と別府さん。
仰げば、サッポロビールのロゴと赤星が見える。
「創業の地だからでしょうね。地元の人からは特に『サッポロビール愛』を感じます」。
その愛をどう受け止めていくか。
それもまた別府さんにかかっている。今度はどんな扉を開けてくれるのだろうか。
![]() |
![]() |
|
| ベトナム時代 | ポスト |
この企業にご興味のある方、コンタクトを取りたい方、また代表にメッセージを送りたいといった方は、下記フォームよりご登録下さい。当社が連絡を取り、返信させていただきます(すべての取材先企業様、代表の方に連絡が取れるわけではありません。こちらから連絡がつく場合に限ります)。
例)テレビ番組用に取材したい、自社の商品をPRしたい、この企業で働いてみたい など